改憶4
「つっ……」
俺は右腕に激しい痛みを覚え、部位を見る。巻かれた赤いハンカチから血が滴っている。
「動かさない方が良いよ」
元原だ。学生服姿の彼女は、心配そうに俺の腕をじっと見ている。
な……どうなっている? この夢は、前回の続きだ。
まさか……この過去の世界も時間の概念があり、進んだ時間よりも前には戻れないのか? 実際の所は不明だが、爆撃の前に戻って学生全員を非難させる作戦は使えないようだ。
「元原、ここで待っていろ。俺の経験的に、この場所は当分安全だ」
「えっ? 小野田君はどこへ行くの?」
俺は、校庭脇の茂みに元原を残し、半壊している校舎へ戻る。元原の場所は確かに安心なのだが、校舎はこれから落ちてくる数発のミサイルにより、数十分のうちに全壊してしまう。急がなければ……。
俺は手近な窓を乗り越えて校舎へ飛び込み、三杉陽一を探す。
食堂から帰ったあいつは、間違いなく三階の自教室へ戻るはずだ。一年六組の教室は校舎の角にあり、ミサイルの爆心地より比較的に遠い場所にある。生きていてくれれば良いが……。
校舎の中は、ひどい有様だった。鉄筋作りのために炎は少ないが、何処が教室だったのか区別がつかないくらい壁や天井が崩れている。動かない生徒もそこらかしらに転がっており、死体は見慣れたと思っていた俺だったが、知った奴から流れ出す血溜まりを見ると、まだ吐き気が襲ってくる。
途中で途切れた階段を飛び越える。上がった三階は、俺達の教室周辺以外は崩れ去っているようだった。
「三杉っ!」
扉も窓も、天井も無い教室に飛び込むと、床一面に生徒達が倒れていた。窓側の床は崩れ、教室は半分以下の狭さになっている。
「その声……小野田か?」
教室の後ろから誰かが答えた。見ると、崩れかかった教室の壁に、寄りかかって座っている生徒が一人いる。それは、トレードマークの眼鏡を失った三杉だった。
「三杉! 無事だったのかっ?」
「無事……じゃないけどな」
俺が駆け寄ってみると、三杉の右膝が何かに押しつぶされたようにひしゃげていた。だが、自分で手当てをしたのか、右足の根元に紐が強く巻かれており、出血は少ない。
三杉は、俺を見ながら安心したように口元を緩ませて言う。
「そうか……元原も生きているのか……」
「えっ? どうして分かったんだ?」
俺が問うと、三杉は俺の腕に巻かれた元原のハンカチを指差した。確かにこのハンカチは元原のお気に入りで、彼女の物だと俺達なら誰でも分かる。
「だが、場所が悪いな……」
三杉は元原のハンカチを解くと、俺の二の腕に結び直した。腕からの出血が見る間に止まっていく。
「三杉、木部や川崎は……?」
俺は、ついそんな事を聞いてしまった。三杉以外動くものが無い教室だって言うのに……。だが、俺の視線からそれを読み取った三杉が答える。
「木部と川崎は教室にいなかった。生きている可能性は捨てきれない」
「いなかった?」
一瞬二人が生きている希望を持ったが、俺は全員が死んだ未来を知っているはずだ。この街に一ヶ月以上残って仲間を探したが、誰も見つかりはしなかった。
現段階では、元原と三杉以外は生きている仲間はいない。
「とにかく……ここは危険だ。校舎から出るぞ」
「馬鹿を言うな。この足でどうやって……、おいっ!」
俺は三杉に肩を貸し、強引に立たせる。
「やめろ小野田! お前だけでも逃げろよ!」
「そうはいかないんだよ。なんせ、俺はお前を助けに来たんだからな」
俺はそのまま三杉を背中に担いだ。グループ内で一番の長身だけあって、細身の割に中々重い。
「痛い! 右膝を触るな!」
「贅沢だなお前は」
俺が後ろを向いて言うと、三杉はにやりと笑っている。わざと文句を言って、リラックスさせたつもりか? 相変わらずクールな奴だ。
俺は教室から出て、三杉をおぶって階段へと向かう。
あの途切れた階段をどうするかだな。隙間は一メートル、三杉を足した重量で飛び越えられるか? 失敗すれば、どちらも階下に体を打ち付けられ、動けなくなった所をミサイルで吹き飛ばされる。
崩れた階段へ差し掛かり、俺達の前に隙間が現れる。一人で見たときはそうでも無かったのだが、三杉を背負った不安定な体では、飛び越える自信がまるで無い。
「うわっ! 小野田マジか!? これは聞いてないぞ!」
「神に祈れっ!」
俺は、階段が無くなるギリギリの場所で踏み切った。想像以上の負荷がかかり、筋肉がぶちぶちと悲鳴を上げる。
ドタッ ゴロゴロゴロ
俺達は二階のフロアでもつれ合って転がる。全身がものすごく痛むが、『背負い走り幅跳び』の世界記録が出たならそれも良いだろう。
「大丈夫か三杉!」
「だから、大丈夫じゃないって」
三杉の膝は、更にひどい角度に曲がっていた。平然と表情を崩さないが、脂汗を大量に流した三杉の痛みは相当なものだろう。
「我慢しろっ! 死ぬよりましだ!」
三杉を背負おうとした俺だが、左肩に激痛が走った。左腕もまったく動かない。その様子を感じた三杉が、俺の左肩に手を触れて言う。
「恐らく、脱臼か肩甲骨にヒビが入ったな。さあどうする? 俺を置いて…」
「行くわけ無いだろ!」
俺は右腕一本で三杉を立たせ、背中に奴を背負う。右腕を後ろに回し、三杉のベルトを掴んでずり下がらないように固定する。
背中の三杉は、ため息をついて言う。
「俺が生き残って医者になったなら、お前の治療費を一生分タダにしないと駄目だな」
「その言葉、忘れるなよ!」
三杉のベルトを持つ俺の手が液体で滑る。元原を助けた時の傷が開き、血が吹き出したようだ。だが、それには構わず階段を一気に駆け下り、一階へ出ると崩れた壁から校舎の外へ俺達は飛び出した。
◆ ◆ ◆
……俺は目を開けた。
いつものように覆ったMRIの足元から抜け出し、ベッドから降りる。
俺は三杉を確かに助けた。これで、未来は変わったのか?
喉がカラカラだった俺は、とりあえず喉の渇きを潤す事にした。水道へ行き、蛇口を回す。
「痛っ!」
左腕を蛇口にかけようとした時、肩に痛みが走った。ゆっくりと下げ、右手で蛇口を回して水を飲む。
「これは……まさか……」
俺は右腕を見る。元原を助けた時の大きな傷が残っている。そして左肩、恐るおそる回してみると、なんとか回るが時折針で刺すような痛みがして動きが悪い。
やはり、夢の中で体が損傷すれば、それはそのまま傷となって残るんだ。
じゃあ、俺が夢の中で死ねばどうなる?
三杉を背負って飛んだ時、失敗して命を失っていれば……あのMRIのベッドの上で息絶えていたって事になるのか?
もしくは、過去で死んだ事となり、未来が全て消失した?
俺は、右手で水をすくって顔を洗う。そして、鏡に映る自分の顔を見た。
未来を変えるんだ。それぐらいの危険が無くてどうする。
俺は身支度を整えると、地上へ出て地下街へと向かった。
地下街に下りると、昨日より人が多い事にすぐ気がついた。店の数も明らかに増えている。たった一日でこの変化はあり得ない。やはりあのMRIが見せる夢は、未来に影響を及ぼすものだったのか?
とり合えず、俺は正面の元原の店へ向かった。
店主である元原の正面の席に俺が座ろうとすると、隣の席でコーヒーのようなものを飲んでいる男がいた。彼の右手には杖がある。
「左肩の調子はどうだ?」
男が言うので、俺は左腕を目線ほどに上げて答える。
「これ以上は、辛いな」
「ふっ……。それって、四十肩じゃないのか?」
「じゃあ、治療費がタダの医者にでも治してもらうか」
「大変な約束しちゃったね~、三杉君ってば!」
元原は、カウンターの向こうでけたけたと笑っている。
「構わないさ。あの時の礼は、一生を使って返す」
三杉は、眼鏡を指で押し上げながらそう言った。すると、正面の元原も神妙な顔で俺に言う。
「私もだよ! 命を助けられた恩は絶対に忘れないからっ!」
俺は置かれた桃のジュースを一気に飲み干してから言う。
「深く考えるな。友達だろ」
元原の顔がほころんだ。三杉の奴も、何やらごまかすようにコーヒーに口をつける。
「それはそうと……、三杉、薬は足りているか?」
「ああ。抗生剤で全員介抱へ向かっている。それに、この間に持ってきてもらった抗凝固剤のワルファリンで殺鼠剤を作ったところ、効果はてき面で奴等は姿を消した。もう大丈夫だ」
「さすがだな」
「まあな」
俺達の会話を聞いていた元原は、こらえ切れないように吹き出した。
「あははっ! いつ聞いても、小野田君と三杉君は真面目とクールで面白いっ! ボケ役の園山君と、突っ込み役の木部君がいないから、シリアス過ぎて逆に笑えちゃうっ!」
元原は、おなかを抱えてカウンターをばんばん叩いている。
そうだ。あの日から、俺と元原、そして三杉の三人でこの荒廃した世界を生き抜いてきた記憶がある。もちろん、俺一人だけ生き残った記憶や、俺と元原二人だけだった記憶も残っている。やはりあの機械は、原理は分からないが過去を変える力があるようだ。
だが……俺達のメンバーで、残る園山、木部、川崎はどうする?
元原を助けた時も、三杉を助けた時も、俺は一歩間違えば死ぬところだった。命の危険を冒しても、残った友達を助けに行くべきか?
正直、怖いのもある。だが、それよりも、俺が死んだら助かった元原や三杉がどうなるのかが気になる。二人の命を救った俺が消えれば、元原や三杉の存在も消滅するのじゃないだろうか?
残りの三人を、今生きている三人の命をかけて助けに行くのは余りにも冒険が過ぎるかもしれない。俺は考えたが結論が出せず、しばらく様子を見ることにした。
一ヶ月が経った。
外はやや涼しくなり、地球に四季が残っている事に今年も安心をする。
俺は、今日もいつも通りの時間に地下街へと向かう。
「ほら、頼まれていたものだ。確認してくれ」
俺がカウンターでコーヒーを飲んでいた男にそう言うと、奴は中を見もしないで鞄を受け取った。
「お前が間違った事なんて無い。ただ、あんな廃墟から良くこんなに薬を見つけ出して来られるな」
「……お前と違って目が良いからな」
俺が答えると、三杉は黙って眼鏡を指で押し上げた。
三杉にしても元原にしても、この世界の二人は俺が住む病院跡へ行ったことがあるらしい。だが、二人の見たあの場所は、ただの病院の廃墟で、地下はこの地下街以上に崩れてボロボロだったと言う。だから二人はこの地下街に移り住めと俺に良く薦めてくるのだが、俺にはあそこは損傷程度の低い綺麗な場所に映る。
恐らく、時空のパラドックスが干渉壁を作っているのだろう。
それにもし、あのMRIの形をしたタイムマシンが何者かに壊されたなら、俺が死ぬのと同じように変えた未来が元に戻ってしまうかもしれない。俺は見張りの仕事を兼ねて病院に住み、毎日片道一時間かけてこの地下街へ来る。
「しかし、三杉は凄いよな。この間なんて、外科手術をするんだから」
「足のオペなど簡単なものだ。衛生管理された場所さえあれば、体を開いてもっと大きな病気も治せるかもしれないんだが……」
俺と三杉が同時にグラスとカップを傾けると、相変わらずカウンターの向こうの元原は、背中を揺らして笑っている。
「ありゃっ?」
元原が何かに気がついたように、天井を見上げた。俺が見ると、天井の亀裂からパラパラと粉が落ちてくる。
「ヒビが大きくなってないか?」
俺が言うと、隣の三杉も頷く。
「店の場所を変えたほうが良いかもしれない」
三杉はそう提案したが、カウンターの向こうでは、元原が笑顔で手をぶんぶんと横に振る。
「いつもの事だから、大丈夫だよっ! そりゃ、園山が生きていたら、リフォームでも頼むけどねっ!」
腰に手を当てて笑う元原の目は、いつもよりずっと寂しげに見えた。確か二人は、付き合う寸前にまで仲が良かった事を思い出す。
元原の言う通り、土建屋の息子の園山なら住居の事で頼りになっただろう。でかい図体とは裏腹に手先が器用で、奴は意外に土建屋としての英才教育を施されていた。
「園山がここにいて欲しかったか?」
俺が聞くと、元原は顔を赤らめて口を尖らせる。
「何言ってんのよっ! あんなラブレターも直接渡せないような小心者なんて、この世界なら邪魔になるだけよっ!」
「ラブレター?」
三杉が不思議そうに訪ねると、元原は笑ってごまかした。
元原は、あの時の事を十年経った今も鮮明に覚えているんだな。逢わせてやりたいと強く思うが、園山のいた下足場の辺りは特にひどく壊れていた。溶けたスチール製の靴箱は残っていたが、それが無ければそこが下足場だったのかも分からなかったほど木っ端微塵だった。あれでは園山は即死だ。助けるも何も、三杉の時とは状況がまるで違う。
「しっかし、古くて香りも何も無いコーヒーなんて、ただ苦いだけじゃん! よく三杉君は飲めるよね?」
「気分の問題だ」
三杉は元原をまったく相手にせず、ブラックのコーヒーを口に含んだ。
俺はそんな相変わらずなやり取りを楽しみながら、今日一日を楽しく過ごした。
……元原の身に、明日起こる厄災を知る由も無く。