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改ミライ  作者: 音哉
2/12

改憶1


 照りつける赤い太陽。

 薄汚れた瓦礫の山。



 時折襲い掛かってくる突風を、俺は体に巻きつけたぼろ布に顔をうずめてじっと耐える。怒りの矛先を探す土ぼこりの気配が消えた時、ようやく目を開いた。


 もう何日目だろうか。


 水筒を投げ捨てると、乾いた音をさせてコンクリートの上を転がった。


 渡り鳥。子供の頃に、俺は良く彼らを心配したものだ。

 海の上を渡る彼らは、途中に疲れてしまったらどうなるのか? 運よく羽を休める島があれば良いのだが、無ければ海に墜落して藻屑となってしまう。


 俺にも、その時が迫っているようだ。


 砂を詰められたように、口の中がかさつく。


 まさか水に飢えて死ぬなんて、あの時代の日本では考えられなかった事だ。



 

 ついに俺は歩く事を止めた。


 足元の割れたコンクリート、その隙間の闇をじっと見つめる。

 倒れてしまいたい。そうすれば、この苦しみから解放されるだろう。


小野田(おのだ)さん)


 俺は顔をゆっくりと上げる。


 何処からか、俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。もちろん、この時代に俺を知る人間がいるはずがない。風の音を、錯覚したのだろう。


「…………あれは?」


 五十メートルほど先に、建物の壁の一部を残す瓦礫があり、その陰から誰かがこちらを見ているような気がする。

 俺は気力を振り絞り、足を動かした。



 たどり着いた場所には、腰ほどの高さの瓦礫があり、反対側で休んでいる茶色のジャケットの人がいた。俺は瓦礫を回りこみ、肩を覗かすその人の正面に回り込む。


「水をもらえま……」

 

 死体だった。風の吹き溜まりで腰まで土に埋もれた彼は、瓦礫にもたれて座ったまま白骨化している。


 驚く事は無い。この時代では見慣れたものだ。

 なら断りは入らないなと、俺は彼の懐を探る。


 ……水はもちろん、口に入れられる物は何一つ持っていなかった。誰かがすでに持ち去ったのかもしれない。


「N A K A M U R A . S ……中村か」


 彼のくたびれた背広(スーツ)の内側に、英字でそう刺繍があった。日本の何処にでもあった名前だ。


 俺は立ち上がる。

 自分の姿を見ているようで、ここにはいられなかった。


「……?」


 地面に落ちていた彼の左手の骨が、どこかを指差しているように感じた。俺は、人差し指が向けられている方角を振り返る。


 遠く……陽炎の向こうに、低い建物が見えた。全てが砕かれ尽くしたこの時代に、建物だったと認識出来る残骸が残っているなんて珍しい。俺は一縷の望みを抱き、そちらへ歩き出した。



 そこは、転がるコンクリート片から突き出る鉄筋の太さから、相当に大きな建物だったようだ。だが、十年の月日によって、バベルの塔ごとく遺跡のようになってしまっている。


 俺は、建物の中に足を踏み入れる。と言っても、扉はもちろん無い。正面と左側の壁の一部がなんとか残っているだけの、天井すら無い風通しの良い平屋作りだ。大量に出たはずの瓦礫は、爆発によって遠くに飛ばされたのか、はたまた粉々に砕かれて辺りの土と混ざり合っているのか。


 足で地面を掘ると、洒落たタイルが見えた。ここはロビーと言った所か? その、ロビーだけが、瓦礫の海にぽつんと取り残された無人島のようにある。


 なぜ、これだけが残ってしまったのか?


「もしかすると……」


 俺は、割れたコンクリート片を縫って歩き、ロビーを注意深く観察して進む。すると、巨大な瓦礫がいくつも地面に沈み込むように密集する場所があった。隙間から覗くと、地中に深い穴が開いており、その底から瓦礫が積み上がっているようだった。


 やはりそうか。これはエレベーター跡だ。エレベーター昇降路(シャフト)は建物の中でも特に頑丈に作られていると聞いたことがある。爆風に晒されても、頑強な建物の更に強固なエレベーター昇降路(シャフト)周辺だけは吹っ飛ばされずに残ったんだな。


 今いる場所が一階だとすれば、どうやらこの建物には地階があったようだ。もしかすると、そこに水や食べ物が眠っているかもしれない。調べに行きたいが、下への階段は土に埋もれて隠れてしまい、何処にあるのか見当もつかない。


「……!!」


 エレベーター昇降路(シャフト)の右奥、角の部分だった。大きな瓦礫同士の間に空間が出来ており、ひと一人が十分に降りられる場所があった。そこからの下を覗くと、適度に積み上がった瓦礫が丁度良い加減で足場を作っている。


「誰か……使っていたのか?」


 そう思ってしまうほど都合が良すぎた。しかし、猛獣の巣穴だったとしても俺には入る以外に余地は無い。どうせここにいても乾ききって死ぬのだ。



 地階に下りた俺を出迎えたのは、十年ぶりの照明だった。

通路もまったく荒れておらず、壁にもひびは無い。地階全体が白一色で統一され、時折ある部屋も一様に同じ色だ。作りから何かの施設には間違いないが、病院の地下フロアと考えるのが一般的だろう。なら非常用電源設備があるのも納得出来る。


いくつか部屋を回ってみると、MRI(核磁気共鳴画像法・撮影装置)のような医療用装置も確認出来た。


 しかし……電源の燃料はどうなっているのだろうか? 固形や液体燃料なら十年の間に尽きているはずだ。ソーラーか地熱? 地上のどこかにソーラーパネルでも設置していたのか? そう仮定したなら、この病院跡を誰かが大戦後に改修して使用していたのは間違いが無い。



 水気のある物を探して回ったが、ペットボトルや缶詰は無いようだ。だからと言って、保管室に残っていた薬品をさすがに飲むわけにはいかない。


 俺はまさかありえないだろうと思いつつも、万が一の可能性に掛けて目に付く蛇口を回して歩く。すると、驚く事に手術室そばの蛇口から綺麗な水が出た。それが無臭だと感じるやいなや、俺は蛇口に吸い付いて飲み干す。プール一杯分の水を飲んだかと思った時、ようやく俺は膨らんだ腹を撫でながら蛇口から離れた。


 これは恐らく、雨水をろ過して水道につなでいるんだろう。ただ、何も無い時代の今とは言え、元あったライフラインを修復して使うのは俺にでも時間をかければ可能だろうし、電気にしても水道にしても、それほど驚く事では無いのかも知れない。


 ここの主の姿が無いようなので、しばらくの間、この地下フロアをねぐらにさせて貰おうかと思う。もしかすると、外で死んでいたあいつが前の住人かもしれないな。


 渇きが潤って生命の危機を脱したようで、次に強烈な睡魔が襲ってきた。まだ腹は減っているのだが、俺は体が欲する優先順位に従い、眩暈がするほどの眠気の中で横になれる場所を探す。


 さすがに手術室のベッドは気持ちが悪いので、先ほどのMRIがあった診察室へ戻った。


診察台で横になろうとした時、MRIの電源ランプが目に入り、不思議と電源が入っている気配がした。しかし、眠気に勝てず、構わず俺は診察台に寝転ぶ。頭の上にはロールケーキのような、稼動すればベッドを覆って隠す穴の空いた.巨大な筒状の装置があるが、MRIは人体を輪切りにした映像を撮影するだけで、物理的に切り刻む機械では無いので誤作動をしても安心だ。


 目を閉じた俺は、奈落の底へ落ちるように意識を失った。






「……小野田(おのだ)君。……小野田君ってば!」


「んぁ?」


 机から顔を上げると、スカートが見えた。制服を上に辿っていくと、腰に手を当てて頬を膨らました川崎(かわさき)(あん)がいる。


「授業中、ずっと寝ているなんてダメだよ」


「お前には迷惑かけてないだろ?」


「かけてるよぅ」


 川崎は、セミロングで茶色の髪を後ろに流すと、俺にノートを突き出してきた。俺はそれをいつものように受け取る。


 俺がノートを机に仕舞っても、川崎は一向に俺の正面から動こうとせず、そわそわとしながら教室の時計を気にするように何度か振り返る。時間は十二時をとうに過ぎており、昼休みに入っているようだ。寝ぼけていて忘れていたが、さっきの授業は四時間目だったのか。


 俺は席から立ち上がって川崎に言う。


「食堂だろ? 行くか」


「コロッケおごってくれてありがとぅ~」


 ノートの礼にコロッケを奢る、それがいつの間にか俺と川崎の暗黙の了解になっている。俺達は教室を歩き、前の扉へ向かう。すると、黒板の前で騒いでいる奴らがいた。


「聞いたぞ(しげる)先生! またお見合いダメだったんだってぇ?」


「ち…違いますよ! あれは会う前に断ったんですよ」


「まったぁ。選り好みできる立場じゃないでしょぉ~? 茂先生もうすぐ五十歳でしょっ! 一生結婚出来ないよ!」


 元原(もとはら)輝美(てるみ)が両手で茂先生の胸を押すと、小柄で痩せ型の茂先生は後によろめき、背後にいた体格が倍ほどある園山(そのやま)(だい)()にキャッチされた。


「襟がよれよれだよ、茂先生。背広(スーツ)を新調しなよっ!」


「いや……これで十分ですよ。それほど裕福じゃないもので……」


 園山の手から離れた茂先生は、くたびれた背広(スーツ)の襟を正した。


 そこへ、クラスのリーダー的存在の木部(きべ)和也(かずや)が通りがかる。


「お前ら、程ほどにしとけよ。一応、先生なんだから」


 木部はそう言いながら、茂先生の髪に手を当て、手櫛でさっと薄毛の髪を直してあげた。それを見た俺はぷっと吹き出す。


「担任に普通そんな事するかよ? 木部が一番舐めてんじゃないのか?」


「小野田こそ、茂先生の授業を睡眠補給の時間にしている癖によ!」


「あれは睡眠学習って言うんだよ」


「お前、先生の目の前ではっきり言いすぎだろっ!」


 木部が突っ込むと、元原や園山は爆笑する。川崎も顔こそ見せないが背中を揺らして笑っている。


 すると、俺達のグループで一番の長身である三杉がやって来て、眼鏡を押し上げながら言う。


「お前ら馬鹿にしているけど、茂先生は有名国立大出身だって聞いたけどね。おまけに博士号を持っているって噂もある」


「嘘ぉ! 茂先生ってエリートなのっ?」

 

 元原が長い髪を揺らして茂先生の背中を叩いた。先生は風に吹かれるようによろめく。


「それは……」


「な訳ねーよ! それが本当なら先生なんてやってないで、毛生え薬を開発したほうが良いって!」


「言いすぎだ」


 俺が園山にラリアットを食らわすと、奴は「うわわぁぁ」と良いながら白鳥の湖を舞うかの如く回転して廊下へ出て行く。元原はそれに付いて行き、俺と川崎も廊下へ出る。木部と三杉も教室から出てきた。


「茂先生、まったね~!」


 元原が教室の中にいる茂先生に投げキッスをすると、先生は顔を真っ赤にして俯いた。

 俺達は木部を先頭に、いつものように揃って食堂へ向かう。





     ◆     ◆     ◆





 …………はっ!


 夢……か。高校生時代の夢を見ていたようだ。だが、別段珍しくも無い。あれから十年の間に、何度か近しい夢を見ている。


「痛っ!」


 体を起こそうとした俺は、何かに額をぶつけた。


 寝転びながら額をさすっていると、目覚めたばかりの俺の視界が次第にはっきりしてきた。

辺りは白一色だが、余りにも焦点が近すぎ、壁や床では無い様だ。手を動かして体の回りを探ると、どうやらベッドをプラスチックの何かが覆っているようだった。誰かに閉じ込められたと早とちりした俺だったが、足元に隙間があり、そこから部屋の壁が覗いているのに気がつく。

俺は体を蛇のように動かしてずり下がり、筒状の物から這い出した。


 起き抜けだったからか一瞬焦った俺だったが、ベッドを振り返ると、何のことも無い事態だった。


 どうやら、MRIが勝手に動き出してベッドを覆い、スキャンをしている状態のまま停止してしまったようだ。十年も前の機械なので、何かのきっかけで動いてしまったのだろう。だが、MRIは確か磁気を利用して体を探る機械なので、放射線を使うX線と違い、動作中のままだったとしても体に害は無いので心配いらない。


 俺は、MRIをそのままに、自分の腹の音に急かされて部屋を出る。


 十分渇きは潤った、ぐっすり睡眠を取って頭も冴えている。後は、三日ほど何も入れていない腹の訴えをどうするかだな。


 俺は地上へ戻り、食べ物を探しに徘徊する事にした。





 瓦礫、瓦礫……。旧文明が作り上げ、自ら破壊した文明の跡がいたる場所に転がっている。


 今から十年前、俺が高校一年生だった時に、世界大戦が巻き起こった。きっかけはアメリカと中国のいざこざで、アジア諸国と欧米の戦争に発展した。日本はアジアに属していながら当然アメリカの肩を持ったので、いの一番に核攻撃を受けた。後はどうなったのか知る由も無い。テレビ局も、ラジオ局も、携帯会社も、プロバイダも無くなり、俺達は江戸時代さながらの鎖国状態に戻され、情報が何も入って来なかったのだから。


 核の冬をどう乗り越えたのかだって?


 簡単さ。地下にもぐり、食べ物は缶詰や瓶詰め、レトルト食品だ。飲み物もペットボトルから缶ジュースまで、当時は沢山残っていた。奪い合いなんて無かったさ。なぜなら、殆どの日本人は死んでしまったからな。もちろん、高校の同級生達も全員だ。



 川崎(かわさき)(あん)。茶色のセミロングで、少し内気(シャイ)な可愛い奴だった。


 元原(もとはら)輝美(てるみ)。美人のくせに男勝りな性格で、誰とでも仲良くなる社交的な奴だった。


 園山(そのやま)(だい)()。短髪にでかい声が特徴で、がさつかと思いきや手先は器用だった。


 三杉(みすぎ)陽一(よういち)。クールな長身眼鏡男。医者の息子で勉強が一番良く出来た。


 木部(きべ)和也(かずや)。変わり者で天才肌。俺達のリーダーで、人を惹きつける男だった。



 奴等はあの日、粉みじんに吹き飛ぶ学校と運命を共にした。それを、偶然校舎の外にいて免れた俺は、一人で眺めていたんだ。ミサイルによる高温、高破壊力で、奴らの屍を見なくて済んだのが救いだった。





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