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改ミライ  作者: 音哉
12/12

解ミライ

本編を補完する、ミステリー解説編となります。

西暦20××年 秋

 今日はトカゲを一匹捕まえました。

 火で炙って食べてみると、意外に美味しい事実を発見!

 ただ、食べられる部分が少ないので、小野田君達なら一人五匹は必要かもしれません。

 昔は小柄なのが嫌いだったけど、こんなに小さく生んでくれた両親に感謝です。





西暦20××年 冬

 明日、この山を出ようと思います。

 冬になって食べ物が少なくなったし、焚き木も取れないので寒いし、とても暮らせません。

 少しでも暖かい場所が良いので、とりあえず南へ行きます。

 街は怖い人がいるかもしれませんが、もしかすると昔のレトルト食品を見つけられる可能性があります。

 ドリア、グラタン、パスタ、……今日は眠れません。




西暦20××年 夏

 暑は夏いです。

 そう園山君が言うと、小野田君が無言でラリアットをしていたのを思い出します。


 他に輝美ちゃんがいて、木部君がいて、三杉君がいたときは、夏でも暑いなんて感じませんでした。


 でも、今は頭の上に太陽が乗っかっていると感じるくらい、とても暑いです。


 水に浸した布を口に当て、その上を分厚い布で覆う。こうすれば、水を節約して歩き続ける事が出来ます。もしここに小野田君がいたら、教えてあげてお礼にコロッケを要求したいです。


 ふう。汗だくです。プールに入りたいな。そう言えば、シャワー室で撮られた私の裸、輝美ちゃんは消してくれたかなぁ。もう輝美ちゃんもいないし、そのスマホも無いのに、とても心配です。



 瓦礫が地面に突き刺さっているような変な場所を越え、更に五キロくらい歩いた時、人影が見えました。怖い人だったら嫌だなと思いながら恐るおそる近づくと、ずっと昔に死んだ人でした。驚かない自分に少し悲しくなりました。


 どこかで見たような茶色の背広(スーツ)を着た人は、遠くを指差しています。振り返ってみると、陽炎の向こうに建物跡が見えました。神様が教えてくれたのかなってうきうきしながら行ってみると、残念ながら屋根の無い廃墟でした。ただ、ここまで来る途中に見たのと同じような、瓦礫が地面に突き刺さっている場所があります。


不思議に思って調べてみると、どうやら地下フロアがあるようです。すると、さっき見た場所も、もしかすると地下への入り口だったかもしれません。ここを探索した後、明日にでも戻って調べてみようと思います。


 地下フロアに下りてみると、照明が灯って明るいのに驚きました。非常用電源でも働いているのかな?


 この階の雰囲気、置かれた機械、残っている薬品からすると、どうやらここは病院だったようです。一番嬉しかったのが、ベッドがあるのでしばらくは硬い地面で寝なくて済む事です。


 私はすぐに横になり、いい夢を期待して目を閉じました。






 私は、万歳をした状態のまま目を覚ましました。


 理由は、夢に小野田君が出てきたからです。初めてのデートで、最後のデート、二人で映画を見に行った日の夢でした。あの日は、小野田君の笑顔を見るたびに「好きです」と口から零れ落ちそうになったのを思い出します。言っちゃえば良かったなぁ……。


 せっかく輝美ちゃんや木部君が気を利かせてくれたデートだったのですが、小野田君との仲は進展しませんでした。そして残念ながら、私には次の機会が訪れませんでした。



 それは、次の日が、あの日だったからです。



 食堂からの帰り道、私は、小野田君と輝美ちゃんが二人っきりで体育倉庫へ向かう後を付けました。輝美ちゃんは園山君が好きだし、私の気持ちを知っているし、絶対安心なのですが、万が一、億が一を考えてストーカーをしてしまいます。


 その時、学校にミサイルが落ちました。


 起き上がると、靴箱のそばにいたはずの園山君と輝美ちゃんの姿は消えていました。


 戸惑いながら小野田君の後を走って追うと、小野田君へ向かって右から壁が倒れてきました。そして、私の目の前で小野田君は死んでしまいました。


 何度も考えます。


 あの時、戸惑わずに全力で走れば、小野田君を助けられたんじゃなかったかなと。私が壁に潰さようと、小野田君が生きていてくれたらどんなに嬉しかったのかなと。


 いくら考えても、あの日には戻れません。だけれど、いくらでも考えてしまうのです。




 次の日、また小野田君の夢を見ました。

 私の希望通り、あの日の、あの時間です。


 私は輝美ちゃん達に見向きもせず、小野田君へ向かって走り、彼を突き飛ばしました。代わりに壁の下敷きになったのですが、この小さな体が幸いして、隙間で潰されずに済みました。ただ、何かにぶつけたのか、熱い瓦礫が当たったのか、顔の左半分がとても痛かったです。


 夢から目覚めても、不思議と顔に引きつるような違和感が残っていました。鏡で自分の顔を確認した私は、吐き気と共に目を背けました。


 顔が……ボロボロでした。ゾンビのメイクをされたみたいに、顔の半分が腫れ、色が黒ずみ、火傷のようなケロイド状態です。まだ夢が続いていたらどんなに良かったかと思ったのですが、現実でした。


 丸一日、私は部屋に篭って考えました。


 私は、小野田君を看取ってから十年間を一人で生きてきました。だけれども、そんな私が小野田君を助ける夢を見る。その際の怪我が、何故か顔に残っている。


 もしかすると、ここにあるMRIのような機械から発せられる磁波が、記憶に影響を与えたのでしょうか。


 

 そうしていると、ふと、地上から誰かが下りて来た気配がしました。


 私以外に生きている人間を見るのは久しぶりなのですが、生き残った人間は心がゆがんでしまって怖い人が多いのです。私は手早く荷物をまとめて生活感を消すと、バッグを持って薬品庫に隠れました。


 下りて来た人は、地下フロアを見て回っています。私も最初は同じことをしました。息を潜めて様子を伺っていると、その人はこの薬品庫にまで来ました。私はゴミ箱の陰から相手を伺います。


 彼の顔を見て、私は心臓が止まりそうになりました。


 小野田君……です。


 あの日、生きている彼を確認してから私は逃げ出し、十年ぶりになります。


 えっ? ううん……違います……。それは夢の話で、小野田君は死んだはず……あれれ? でも実際に目の前に……?


 その時、私の中で突拍子も無い考えが浮かびました。


 もしかして……あの機械は、過去を変える機械だった?


 小野田君は生き返り、現実が変化したの?


 私は部屋から出て行く小野田君に後ろから抱きつこうと思いました。しかし、薬品棚のガラスに映った自分の顔を見て、思いとどまりました。


 そう、あの日も……この顔を見せられなくて、小野田君から去ったのだった……。


 


 私は、彼が寝ている隙に病院の地下フロアから出ました。


 ぼろきれを纏い、当ても無く歩きます。


 小野田君が生きていてくれて……本当に良かった。もう、私は死んでも大丈夫。

 水も持ち出してこなかった私は、渇きの余り暑さも気にならなくなってきました。


 小野田君、一度だけで良いから、抱きしめて欲しかった……な……。



 そんな私の前に、地面にぽっかりと空いた穴が現れました。どうやら、地下への階段のようです。


 あれ……? 確かここは、平らな瓦礫が縦に刺さっていた変な場所だったはずじゃ……?


 不思議に思いながら、私は階段をふらふらした足取りで下ります。


「あらぁ! 大丈夫っ?」


 正面のお店から飛び出してきた女性は、手に持っていたグラスを差し出してくれました。私はそれに液体が満たされていると認識できた瞬間、奪い取るようにして飲み干していました。


「良かったね! ゆっくりして行ってね! まだ飲み物も十分あるからさ!」


「…………」


「あっ? 声が出ない? 喉がやられちゃったのね。そんな人は多いから、気にしないでね! 女の子?」


 まだ女性は笑顔で聞いてきます。


 ですが、私の声が出ないのは、病気でも何でも無く、驚いたからでした。


 目の前の女性は、間違いなく輝美ちゃんです。美人なのはそのままに、十年経って大人っぽくなっています。


 でも、輝美ちゃんはあの日に死んだはずじゃ…………、


 まさかっ!


 私の顔を覗き込んでこようとした輝美ちゃんに、私はフードを深くかぶって嫌がり、首を横に振ります。私の顔の傷が少し見えたのか、輝美ちゃんは頭を下げて謝ります。


「ご…ごめんなさい! つい同じ女の子だと思って馴れ馴れしくしちゃって……。体に傷を持った人は多いから、大丈夫よ! ずっとここで暮らしてね!」


 輝美ちゃんはお店に戻ると、肘から先が無いお客さんに飲み物を渡してあげています。


 輝美ちゃんは……生き返ったんだ。でも、私が助けたんじゃない。


 考えられるのは……小野田君だ。


 やっぱり……あのMRIは、未来を変える道具だったんだ。あれを使って過去へ戻った小野田君は……輝美ちゃんを助けた。だから、輝美ちゃんはここにいる。


 そう閃いた私は、すぐに顔の左半分に現れた火傷の痕を押さえます。


 でも……駄目だよ小野田君! あの機械は……危険なの。体験した過去で怪我をすれば、現実世界でも怪我をしたことになる。もし夢の中で死んでしまえば……本当に命を失ってしまうかもしれない。


 それを……どうにかして小野田君に伝えないと……。でも、小野田君にも、輝美ちゃんにも会わずにどうすれば……?





 数日後には、地下街に三杉君の姿があった。


 突然現れたと言うのに、輝美ちゃんを初め、皆はさも昔から三杉君がいたかのように振舞っている。もちろんそれが普通で、三杉君がいなかった記憶を持っているのは私だけなのだろう。


ううん、もしかすると……、違う、多分小野田君もだ。小野田君は、これから次々と昔の友達を生き返らせるつもりだ。小野田君の身に何かが起こる前に、止めないと……。




 そんな時、輝美ちゃんのお店の天井が崩落する事故が起こった。


 死に行く輝美ちゃんに私はフードの中で涙を流している時、小野田君が駆けつけてきた。彼は三杉君に啖呵を切ると、輝美ちゃんを看取らずに病院へ戻った。きっと、過去を変えに行ったんだ。


 私は迷った。輝美ちゃんは親友だし、死んで欲しくない。でも、小野田君も同じくらい……ううん、輝美ちゃんゴメン、小野田君はもっと死んで欲しくない。


 行かないで小野田君。輝美ちゃんや三杉君、私の命なんて放り出して、自分だけのために生きてください……。


 涙を拭って顔を上げると、三杉君、周りの人、全ての時間が止まっている事に気が付いた。唖然としていると、私の目の前で時間が高速で動き始めたようだった。


あっという間に輝美ちゃんのお店は復元され、しかも前以上に綺麗になっている。地下街全体も、まるでリフォーム業者さんが手を入れたかのように壁の亀裂は塞がれ、天井も綺麗に塗りなおされている。


 未来が変わったんだ。


 突然、地下街に大声がこだまする。私が身を縮こまらせていると、声の主は地下街の修復作業員に指示を出している現場監督だった。あの声、大きな体、優しそうな細い目、園山君だ。その園山君に寄り添うようにして立っているのは、輝美ちゃんだ。


そうか、小野田君に生き返らされた園山君は、崩れない地下街を作り上げる。そのお陰で輝美ちゃんが死んでしまう未来が消えたんだ。



 小野田君の身を案じる私の前に、彼は無事に姿を現した。そして輝美ちゃんのお店で話しこむ四人は、まるで高校時代のあの時の様子だった。私も加わりたいが、この顔は見せられないし、まだ過去を改ざんする際に何が起こるかわからないので秘密にしておきたい。


私の人生は捨てたような物なので、我慢して小野田君が死なないように策を講じなければと思う。




 時折グラスを見つめながら考え込む小野田君の様子から、木部君を助けるのはかなり難しい事が予想出来る。


一度過去へ戻った私には良く分かるけど、つまり、木部君は校舎のどこにいるか分からないので、小野田君は探している間にミサイルで死んでしまうかもしれないと考えているんだと思う。そんな危険な行為をなんとか止めさせないと……。


 あ……もしかして、優しい小野田君なら、死んだと思っているだろう私も助けに行こうとしているかも。私はコンクリートの壁に挟まれたけど、そこから自分で逃げ出せるから大丈夫だよって小野田君に伝えておきたい。でも、姿を見せずにどうやって……。




 とりあえず、私は病院へ行って小野田君にメモを残してきた。内容は、『木部和也を助けに行くな』なんだけど、ちょっと弱かったかなぁ。


『助けたら殺すぞ』って書いた方が良かったかなぁ。でも、小野田君を殺すとか言いたくないから、『助けたら怒るぞ』とかにすれば良いのかな? もうそこまで来ると、輝美ちゃんに私だってばれそうな気がするけど……。



 

 小野田君は、私の言いつけを守ってくれたようで、一ヶ月経った。


 私は、地下街に隠れて小野田君の横顔を見守る毎日を送り、とても幸せだった。でも、そんな日々をまた悪い人達が邪魔をする。


 再び日本をミサイルが襲ってきた。


 地下深くのシェルターへ避難しようとしたところ、小野田君と輝美ちゃん達が何やら揉めていた。急に皆笑顔になると、四人で地上へと上がっていく。


 まさか……病院へ? 今からタイムマシンを使う気なの?


 私はフードを剥ぎ、大声を出して地上への階段を上がる。


 正体がばれても良い。醜い顔を知られても良い。

 こんな爆弾の雨の中を歩けば、小野田君は絶対に死んでしまう。それよりはましだ。


ドガァーン


 爆発で階段の出口が塞がった。


 小野田君は? 輝美ちゃんは? 園山君は? 三杉君は? 皆……無事なの?


 その時、私の足元にレンズの入ってないゆがんだ眼鏡が転がっていた。これは、三杉君の眼鏡だ。爆風と一緒に飛ばされて来たのだろう。


 私は、それが三杉君からのさよならのメッセージだと感じ、その場でずっと泣き続けていた。




 そうしていると不意に、どこからか小野田君の声が聞こえてきた。


 かっ…川崎っ!


「えっ?」


 気のせいだと思う自分と、何かを思い出す自分の、二人が私の中に混在する。もしかすると、また別の記憶、新しい未来が生まれ始めているのかもしれない。


「待っていろ! すぐに助ける!」


 小野田君は、私の上におぶさっているコンクリートに手をかけた。


「ダメっ!」


 私は叫び、彼を止めた。


 私のこの顔を見られるのは……絶対嫌だ。


 あれ……これは……?


 場所はあの日の学校で、私は倒れてきた壁と廊下の間に挟まれている場面だ。


 なにこの記憶……? やっぱり……。過去が違ってきている。


 あの日、私は小野田君を助けた後、一人で瓦礫から抜け出して終わる。だけれど、私が逃げ出す前に、小野田君が戻ってきて私を発見した未来に変化している。


 そうだ。


 小野田君は、木部君を助けに過去へ戻ったんだ。その途中、私を……見つけた?

 ならダメ、小野田君。私はどうせ助かる。だから、爆弾が落ちてくる未来を変えるなら、木部君を助けに行かなければいけない。


「木部君を助けに行くんでしょ! 行って! 時間が無いよっ!」


 私が強く言っても、小野田君は動かない。だって、小野田君は、とても優しいから。


「お願いっ! すぐに木部君を助けに行って! もう戻れないっ!」


 絶対私を助けてはいけない。そうして現実世界に戻っても、戦争は変わりなく続いている。


 それでも小野田君は、目先の損得を考えずに私を救おうとしてくれる。だから、私は彼が好きなのだ。


「いやぁ! 見ないでっ! お願いだから……木部君を助けに行って。私は大丈夫だから……お願い、お願い小野田君!」


 この顔を見られたら、私の心は折れ、もう生きていけない。小野田君の中では私は昔のままだからこそ、私は小野田君を想って生きていける。


「小野田君……私は小野田君が生きてさえいれば良いの……。お願い……行って……」


「分かった川崎。必ず……俺はお前を迎えに(・・・)行く」


 ようやく、小野田君は行ってくれた。


 良いの。私の一生なんて、小野田君が死んだ時に終わったのだから。


 後はこの神様がくれたロスタイム、ずっと小野田君を遠くで眺めているだけで十分だ。


 瓦礫から這い出た私は、非常口から出て学校の外へ出る。その時、学校にミサイルが二発落ちてきて、私達の思い出の校舎は消え去った。






 我に返った私を迎えたのは、華やかに彩られた地下ショッピングモールだった。十年前の物と少しも遜色が無い。


 木部君が助かっただけで……、木部君はこんなにも世界を変えるの?


 確かに木部君は変わり者だった。成績は中の下なのに、優等生の三杉君さえも木部君に一目置いていたし、小野田君も園山君も木部君を良く頼っていた。私達のリーダーであり、作戦参謀だ。私も小野田君とのデートを仕立ててくれて感謝していたけど……まさかこれほどとは……?


「お嬢さん! それ見せて! それっ!」


 私を呼ぶ声が聞こえた。見ると、そばにあった携帯ショップの女性店員だ。しきりに指差しているのは、私の手の中にあるスマホのようだ。


「状態が凄く良いね~。知っての通り、携帯電話については十年前の技術にはまだ追いつけないんだ。これ、売ってくれない?」


 私はスマホをぎゅっと握りなおし、首を横に振った。


「これは、大事な物なので……」


 断って私はスマホをポケットに戻す。いつの間にか私の着ている服も時代に合わせて綺麗なジャケットとパンツに変わっていた。ただ、もちろんフードは目深にかぶっている。


 店員さんはしつこく食い下がってくるかと思ったけど、優しい目で謝ってくれた。


「ごめんね。思い出が詰まっているんだよね。じゃあこれ、サービスね」


 店員さんが差し出してきたのは、真新しいスマホのバッテリーだった。




 私が地上へ出ると、驚くほどの人々が広場にいた。数千人どころか、数万人はいるはずだ。空中には、新しい技術で浮かぶ巨大モニターがある。


 確か今日は、大統領の就任式があるはずだ。……と、私に上書きされた記憶が教えてくれる。


 小野田君は、警察長官として警備を任せられているので、この会場のどこかにいるはずだ。


園山君は政府の仕事を一手に請け負う建設会社社長で、輝美ちゃんは園山君の会社の繁華街部門を受け持つ副社長だ。


三杉君は大病院の院長ながら、最前線で執刀を続ける今世紀最高の名医だって噂を良く聞く。皆、高校生の時に持っていた夢を叶えたんだなぁ。



 私の夢と言えば……お嫁さん、そう言うと、よく皆に笑われたなぁ……。



 私はスマホの電源を入れた。映し出されるのは、カラオケ帰りに六人で撮った写真。最低得点を出した小野田君が、罰ゲームとして私を後ろから抱きしめている。これは木部君が命令してくれたんだったかな。



 私は人垣をすり抜け、大統領が演説するという壇上へ近づく。背丈から子供だと思ってくれるのか、皆道を空けて私を通してくれた。お陰で、左の隅だけれど、最前列に近い場所まで来られた。


 小野田君だ……。


 壇上の陰に、小野田君、輝美ちゃん、園山君、三杉君、そして正装した木部君がいた。


 全員生きている。私の目から、涙がぼとぼとと流れ落ちた。


 ……?


 不意に、小野田君の視線がこちらへ向いた。


 もしかして……私を見ているの? でも、ジャケットも小野田君が見たことの無い新しい物なのに……私だって分かるはずが……。


 私は俯き、フードをぎゅっと押さえながら列を離れた。


 いたっ! ついに見つけたっ!


 目の端に映る小野田君は、そう言った気がした。私を見ながら、彼は壇上から飛び降りた。


 私は逃げ出した。一生懸命走り、大通りから狭い路地に入る。すぐ後ろには追って来る足音が聞こえる。私は一か八かで、目の前にあった小さな階段の陰に隠れた。


 ……小野田君は路地に入ってきたようだけれど、私には気が付かないみたいだ。またこの小さな体に助けられた。



ルルルル ルン ラララララ


 あわわっ!


 突然スマホが鳴り出した。着信相手は、『小野田君』と表示されている。そうだ、この世界では携帯電話は限定的に首都だけで使えるようになっていたんだった。


慌ててマナーモードにしようと思ったが、十年ぶりなので操作が良く思い出せない。そうしているうちに、近い距離から小野田君の声が聞こえてきた。


「この曲……。よく覚えているよ。映画を一緒に見に行った記念だって、すぐにダウンロードして着歌に設定していたな」


 忘れないでいてくれたんだ。


 私は涙をいっぱい出しながら、小野田君に背を向けて立ち上がる。逃げないといけないのに、足が小野田君から遠ざかりたくないって言っている。迷っているうちに、小野田君の暖かな手が私を抱きしめた。







 私の薬指に、白銀に輝く指輪が通った。私はそれが絶対に指から落ちないように、精一杯の力で手の平を握った。そんな私に、小野田君はキスをしてくれた。


 教会の鐘がなる中、私達は純白のスーツとドレスに身を包み、赤いバージンロードを歩いて外へ出る。


 おかしな事に、私達を祝福してくれる人たちの半分は黒スーツにサングラスだ。


「何笑ってんだよ、川崎」


「えぇ~。だって、変なんだもん」


「警護の奴らは仕方ないだろ。参列者に大統領がいるんだから」


「大統領って……ぷっ!」


「ほんと、子供だよな」


 他の参列者が引くほど大騒ぎをしている四人の中の一人が、この国の大統領だったりする。


「杏! 綺麗よぉ~。世界で一番で綺麗よぉ~。二番目は、もちろん私よぉ~」


「小野田ぁ~! すぐ女は尻に敷いてこようとするから気を付け…ぐぇっ!」


「小野田、川崎に釣り合うように整形したくなったらいつでも来い。無論無料(ただ)だ」


「小野田のあほ~。実は俺もちょっと狙っていた川崎を持っていきやがって、このおたんこなす~」


 言った後、木部君はあっかんべーをしながら踊り狂っている。テレビカメラやマスコミが、この式へ入れないように手配した小野田君の考えがよ~く分かってしまった。


「高校生時代の六人に戻ったみたいだね!」


 私が小野田君に言うと、彼は何かを思い出したように指を鳴らした。


「そう言えば、たまに茂先生も誘ってカラオケとか飯食いに行ったよな? ある意味七人でもあったな。担任を連れまわすなんて、あの頃の俺達は怖いもの知らずで無茶していたよな」


「茂……先生……?」


「あれっ? 忘れたか?」


「ううん。よく覚えているんだけれど……」


 私はその名前を聞いて何か引っかかった。


 一年六組担任、中村茂先生。私はあの人に、「生きなさい」と強く怒られた場面の記憶がある。でも、茂先生は温和で、悪い事をした生徒相手にも怒る人では無かった。記憶違い……なのかな?


 記憶と言えば、私は小野田君や輝美ちゃん達に、始まりの記憶を訪ねられる事が良くある。


始まりの記憶とは、一番初め、小野田君が私の目の前で死んでから、どのように私が生き抜いたかの話しなのだが、それを思い出そうとすると、私の記憶に欠損あるのに気が付いた。


 私はあの日、死んだ小野田君のそばにずっと座り続けていたはずだ。それなのに、校舎が吹き飛ばされた時には何故かそれを遠くから眺めていた。小野田君と一緒に朽ち果てようとしていたのに、無意識にミサイルから逃げ出したのだろうか……?


 でも、誰かが私を連れ出してくれたような気もする。


 あれは一体……誰だったのだろうか……。他に生き残りがいたなんて……?


「いてぇ!」


 小野田君が声を荒げたので見てみると、彼の手の中に糊のような物で固めた米の塊があった。


「これはライスシャワーじゃねーだろ! 園山ぁ!」


 小野田君が叫ぶと、園山君は木部君を指差す。


「だって木部がこれを投げろって…」


「チクんなよ園山! もういいや! ほら三杉もライス隕石(コメット)を投げろって!」


 騒ぐ木部君の隣で、輝美ちゃんが大きく振りかぶってから何かをこちらへ投げた。すると、ソフトボールくらいのライス隕石(コメット)が小野田君の(ひたい)を直撃する。


 わなわなと肩を震わす小野田君は、鬼のような形相で言う。


「もう許さん! 過去に戻ってお前らの性格をスパルタで直してきてやる!」


「あほ~、あほ~! あれは大統領権限で凍結だぁ! 絶対使わさんぞ!」


「じゃあ今叩きなおしてやる!」


 小野田君は拳を振り上げて木部君達を追っていった。またいつものように、鬼ごっこが始まる。



みなさん……本当に良かった……


「えっ?」


 覚えのある声が聞こえた気がした。小野田君達は気が付いていないようなので、私の幻聴なのかもしれない。


 でも……、


「ありがとう、神様!」


 私は、空へ向かって大きな声で言った。


 すると、私の友達達は、笑顔で同じように空を見上げた。



                       〈了〉

 


これで『改ミライ』は完全終了です。ありがとうございました。  @音哉

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