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改ミライ  作者: 音哉
10/12

改憶9




 俺の目の前には、歓声を上げる数万の群衆が広がっている。


 空には、壇上を映したスクリーンがいくつも浮かび上がり、それを赤や黄色の飛行機雲が彩っている。


 人々が(まと)っているのは、ボロ布ではなく清潔な洋服。建物も、二十一世紀初頭よりも美しく作られている。


 木部、元原、園山、三杉、そして俺は、昔地下街があったこの場所を記念式典の会場に選んだ。ここは、新たな日本文化の発祥の地として、未来永劫に語り継がれていくだろう。



 そろそろ初代大統領の挨拶の時間が近づいてきている。人々の喜ぶ声がますます大きくなり、雲をも振るわせるようだ。


 木部は、俺に影武者として挨拶を頼んできたが、きっぱりと断ってやった。第一、カメラで顔を大きく抜かれた映像が空に映し出されると言うのに、どうしてごまかせと言うのだろうか。


 俺は、会場の警備責任者として気を張るが、今の日本に木部を悪く思う奴はいない。なんせ、あの惨状からたった十年で日本を復興させたのだから。


 土壌が放射能で汚染? 除去が大変なら、消えるまで地下で食べ物作ろうぜ、そう言い出した木部には驚かされた。もちろん、繁華街を発展させた元原、建設の指揮をとった園山、最先端医療で人々を病から守った三杉、全員の力が必要不可欠だった。あえて言うなら、警察長官の役割を与えられた俺が一番役に立たなかった気がする……。


 一億人近くいた日本人だが、今はこの数万人しか残っていない。だが、三杉の手により不妊治療方法も確立し、これから徐々にだが増えていくだろう。恐らく最初の一人は、元原のお腹にいる子になるかな。



 後は……川崎だけだ。


 俺は、スマホの画面をタップする。すると、笑顔の川崎が映し出された。これは、二人で行った映画の帰りに撮った、クレープを前にして目を輝かせる川崎だ。


 俺は、ため息をついてスマホをポケットに仕舞う。


「どうしたの? 燃料が足りない? はい、いつもの」


 壇上の陰に立つ俺に、氷の入ったグラスが差し出された。白色に濁った液体が入っている。


「こんなところまで来たのか……。暇人達め……」


 俺はグラスを手に取り、桃ジュースを一息で飲んだ。


 空になったグラスを受け取った元原は、いつものように明るく笑う。その横には園山、三杉もいる。


「だって、小野田君の晴れ姿じゃない?」


「俺? 木部のだろ?」


「い~や、お前だ。だから演説もお前に任せるって言ったのに、拒否しやがって」


 あつらえた高級背広(スーツ)を着た木部が、元原達の後ろから現れて言った。


「またその話しか。俺がした事なんて、大した事じゃないんだよ」


「始まりこそが、肝要に決まっているだろ」


 三杉が、眼鏡を押し上げながら言ってくる。


「始まりねぇ……」


 俺が答えると、木部は群衆を指差して言う。


「この人々は、小野田が助けたようなものだ」


「そうそう、小野田のお陰だって! 俺を、元原を、三杉を、木部を、日本を、世界を救った!」


 園山が、檀下にも聞こえそうな大声で笑う。だが、俺は小さく首を横に振る。


「俺の……お陰なんかじゃないさ」


「照れちゃってぇ! この、俺のお陰じゃないんだってマン!」


 元原の声で、皆は笑った。木部が「そのまんまだよ」と突っ込むのを大統領になってまで忘れない。



 ふと……いつかと同じ視線を感じた。



 俺がそちらを向くと、壇上の陰から見える群衆の端に、フードを目深に被った人間がいた。奴は、俺が気付いたのを知ったのか、すっと群衆から離れて逃げ出した。


「いたっ! ついに見つけたっ!」


 俺は走り出す。後ろから園山の声が聞こえる。


「誰がいたんだよ?」


「脅迫者だっ!」


 俺の答えに、園山達は息を飲んでいた。


 俺は壇上から飛び降り、脅迫者の逃げた方へ走る。会場を出た所で周囲に首を振ると、道路からわき道に逃げ込む背中が見えた。


「絶対逃がさないっ!」


 俺がわき道に入ると、誰の姿も無かった。隠れる場所の無い一本道で、時間的にこの長いわき道を抜け切れたとは考えにくい。


 見間違えだろうか……?


 俺はわき道を歩く足を止め、引き返そうかと思った。


「……ん?」


 何かの匂いが鼻をくすぐった。この香りは……どこかで……。


 そうだ……。あの日、映画を見に行った時に川崎がつけていた香水と、非常に良く似ている……。


 俺はポケットからスマホを取り出した。そして画面をタップして、『アイツ』に電話をしてみる。


ルルルル ルン ラララララ


 わき道のどこからか、音楽が流れ出した。すぐ先にあった隣のビルに入る小さな階段の陰から、ごそごそと慌てるような物音が聞こえてくる。


「この曲……。よく覚えているよ。映画を一緒に見に行った記念だって、すぐにダウンロードして着歌に設定していたな」


 俺が階段の前にまで歩を進めると、小柄な人間が背中を向けて立ち上がった。先ほど俺が見たフード付きジャケットを着ている。


「迎えに……来たよ。川崎」


 名前を呼ばれると、脅迫者の背中はぴくんと揺れた。


「ひ……人違いですよ!」


 そう答える脅迫者の声は、懐かしい……あの透き通るような川崎の声だ。


「人違い? しかし、そのスマホは川崎の物だ。それは間違いがない」


「うっ……。拾った……拾ったんですっ! 持ち主は……死んだんじゃないですかっ?」


「川崎のスマホは、川崎と一緒に焼失したはずだ。この世界にそのスマホが存在するという事は、川崎も間違いなく生きている」


「分からないじゃないですかっ! あれから十年も経っているんですよ! 事故とかもあるし、死んでないって言い切るのはおかしいです!」


 それを聞いた俺は、一呼吸置いてから答える。


「どうして十年前の話って分かったんだ? 俺は焼失だって言ったが、大戦中だとは言ってないぞ」


 川崎が、息を飲むのが伝わってきた。


 俺は立ち尽くす川崎に近づき、背中から抱きしめた。


「意地悪を言ってすまない。川崎、全てお前のお陰だ。ありがとう……」


「か…感謝されるような事なんて……」


 俺は、川崎を抱く腕に力を込めて言う。


「俺は……本当はあの時に死んでたんだろ? 始まりを作ったのは……お前だ。川崎が最初に俺を……助け、蘇らせた」



 始まりは、俺なんかじゃ無かった。


 学校で一人生き残ったのは……川崎だ。俺は恐らく、あの倒れてきた壁の下敷きになって死んだんだ。川崎はそれから一人ぼっちで生き、十年後、病院の地下で例のMRI型タイムマシンを使って過去に戻り……俺を助けた。



「俺は皆を蘇らせ、ヒーロー気取りだった訳だが、……本当のヒーローは、川崎、お前だった」


「違うっ! 私はヒーローなんかじゃないっ! 私が生きていて欲しかったのは……小野田君だけ……。だから……死ぬ危険を冒してあなたが過去に戻るのを止めたかった……。小野田君は……輝美ちゃんや皆を蘇らせようと頑張っていたのに……私なんて……自分の事ばっかりで…………」


 川崎は、被ったフードに手を差し入れて、涙を拭ったようだった。


 俺が慰めようとすると、通りの先から声が聞こえてきた。


「女の子はさ、それで良いんじゃない? 私が同じ立場なら、旦那だけを助けたかもしれないし!」


 元原と園山だ。二人は、こちらへ並んで歩いてくる。後ろからも足音がするので振り返ると、木部と三杉が立っていた。


 木部は、俺の肩に手を乗せて言う。


「話は聞かせてもらったが、一つ分からない事があるな。小野田を助けた川崎は、どうして姿を消したんだ? 二人で生きたら良いじゃないか?」


「それは……」


 川崎は口ごもると、両手でフードを掴んで更に深く被った。


「そういう事か……」


 納得した様子で三杉は歩いて行き、川崎の前に立つ。


「俺は医者だ。見せてみろ」


 川崎は顔を上げなかったが、三杉がフードを下から覗くのは拒否しなかった。少しの間見ていた三杉は、俺に言う。


「それで小野田は、俺に復元オペの技量を上げておけってうるさく言ったのか。お陰さまで、この程度なら大丈夫だ。治療期間は長いが、最新形成技術で必ず元通りに治してやる」


「俺を助ける時に出来た傷だ。……だからもちろん、タダだよな?」


無料(タダ)だ」


 三杉は俯き、眼鏡を押し上げながらぽつりと答えた。だが、もちろん口元は緩んでいる。


 そんな三杉を指差しながら、元原は川崎の不安を残らず拭い去ろうと明るく言う。


「三杉君て、超名医だから大丈夫よ! なんせ、自分の足だって、自分で執刀して、人工関節を埋め込んで治したのよ! もはや変態名医でしょっ!」


 お腹を押さえて爆笑する元原に、三杉は何か言いたげに眉間にしわを寄せた。それを見た川崎は、フードで顔を隠しながらもくすくすと笑っているようだった。


 ようやく昔のように和んでくれた川崎に俺が言う。


「川崎、最近になって仲間内でよく使われる言葉があるんだ。それは、命を救って貰った恩は、一生を使って返す。いつも俺が言われていた言葉だが、ようやく恩人に言えたよ」


「大統領の上の上だから、川崎は女王だな!」


 園山が言うと、全員がどっと笑う。


 高校時代に戻ったような空気の中、川崎が俺を見ながら何やらもじもじしている。俺が不思議に思っていると、元原がため息をついてから俺に言う。


「女王様の最初の命令よ。私を、正面から抱きしめてってさ」


 川崎は凄い速さで恥ずかしげに俯いたが、そのままちょこちょこと俺の前へ寄ってくる。俺がそんな川崎をぎゅっと抱きしめてやると、周りから歓声が上がった。


「そ……そう言えば木部、大統領の挨拶はどうしたんだ?」


 照れごまかしに俺が聞くと、木部は空を見上げながら言う。


「副大統領に場をつないどけって言ったんだけど……そろそろ戻ってやるかな……」


 空中に浮かぶ大型スクリーンでは、話すことが無くなった初老の副大統領が、汗だくで何やら自分の生い立ちまで話している。


「ほんと木部って、やることはやるけど、すぐ飽きるタイプだよな」


 俺が川崎の肩を抱きながら言うと、木部は腕組みをしながらそっぽを向いて言う。


「良いよなぁ川崎は。末永く小野田に愛してもらえそうで」


「てめぇ! 愛してとか、恥ずかしい事を口に出してんじゃ…」


 すると俺の肩を、ちょんちょんと元原が突っつく。


「え~、愛してるとかも良いんじゃないの? 私達って、もう二十六歳だよ?」


「そうそう、いつまでも高校生のノリじゃダメだって。元原、愛してるよっ!」


「あんたは暑苦しいから言わなくていいのっ!」


 元原の肘が、園山の腹にめり込んだ。


「ひでぇ! どう思う、三杉?」


「ふっ……青いな」


 三杉は、園山達を鼻で笑いながら眼鏡を押し上げる。それを見た木部は、大げさに肩をくすめて言う。


「何をクールぶってんだよ! じゃあ教えてやるけどな、三杉って俺の秘書官といつの間にか良い仲になって…」 


「木部っ! 黙れっ!」


 三杉が掴みかかると、この国の大統領はひらりとかわし、追っ駆けっこが始まった。


「やれやれ。みんな同レベルじゃないか」


 俺が川崎に笑いながら言うと、川崎はフードから目を覗かせて俺に言う。


「小野田君、私に一つ疑問が残っているの。あのタイムマシンって……誰が作ったのかな?」


「えっ? 川崎じゃなかったのか?」


「ううん、あんなの作れないよ! 最初からあそこにあったの。地下は掃除されていたし、水道も使えた。一体誰が何の目的で……?」


 俺は騒がしい声の中、空を見上げて言う。


「神様……じゃないかな。いつも俺達を見守ってる人さ」


「……そうだねっ!」


 川崎は、俺の腕をぎゅっと抱きしめた。





 新日本国、初代大統領、木部和也氏は、

「俺は偉くない。俺の上には、影の番長と女王陛下がいる」と、

 実にユニークかつ謙虚な演説をしたと言う。






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