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毘の華  作者: 逍遙軒
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転変

 どのくらい倒れていたのだろう、ふと気が付くとそこはお祭り会場ではなく、どこかの草原のような所にいた事に気が付いた。

「あれ?何で俺こんなところに寝てるんだ?」

 8月とは思えない寒さに目を覚ましたんだが、どうしたんだろう。季節が変わってしまったみたいだ。

 周りを見ると遠くに山々を望む村落の一角にある、刈入れの済んだ田んぼ?畑か?の様な所に俺はいた。

「佐藤」と名を呼ぶものの、周りには誰もいない。

 確か、お祭り会場の、何とか言う神社内で倒れた筈だよな。

 放っておかれたとしても、何でこんなところに居るんだ俺?

 少しだけでも眠った事で、熱中症の頭も冴えて来たみたいだ。

 鉄砲で頭を撃たれた所まで思い出した。

「あの鉄砲実弾が入ってたのか?」

 玉が当ったと思われる兜の部分に触ってみると、見事に凹んでいる。

 どうやらこの鎧は全てがプラスチックでは無くて、兜の一部分はステンレスでできていたようだ。

 丁度玉の当った眉毛の位置にある帽子の鍔みたいなところだ。

「ここだけ金属でできてたのか。危なかったな俺」

 運が良いのか悪いのか。判然とはしなかったが、ぞっとしながらも怪我する事も無かった事に胸をなでおろした。

「しかし佐藤の奴、倒れた俺を病院に運ぶならまだしも、どこに連れて来やがった」

 周りを見渡してみたが、何もない田舎の村みたいじゃないか。

 佐藤に多少の怒りを覚えたが、この古風な映画撮影にでも使うような村のセットに興味が無いでもない。いや、体の調子が良くなってきた俺は興味が沸いて来た。

「しかし、いくら歴史絡みのお祭りだからって、こんな大掛かりなもの造るのかねぇ」

 周りに誰もいない事を良い事に、田んぼの様な所に倒れていた俺は、起き上がって近くにある茅葺の農家作りの家に入ってみた。

 庭には鶏が放し飼いになっており、田舎の農家の雰囲気を良く出している。

「上手く作ってあるなぁ」

 ついつい感心しながら農家住宅へと入って行くと、家の中は蛍光灯もなく薄暗い。

 柱と柱の間に掛ける梁もうねうねと曲がっているが、それを上手い事組み合わせてあり、建築者の技を見るようだ。

「おっほ。これ凄いなぁ、築何百年ていう古い家に見える。セットにしては勿体ないくらいの造りの家だわ」

 囲炉裏には火が入り、そこから立ち上る煙で良い加減に茅葺の屋根が燻されているようだった。

 物珍しさにきょろきょろしながら土間に入り、上がり框に腰を掛けてしきりに家の中を眺めていると不意に人の気配がした。

 はっとそちらに視線をやると、奥の部屋との仕切りになっている板襖が重く引き摺る様な音を立てて開いて行く。

 そして開き切ったそこには、随分と古めかしい服を着た老人が立って俺を睨みつけていた。

 しかもその手には長刀なぎなたが握り込まれている。

 撮影に来ていた俳優さんかな?それともお祭りに来ている農民役の人かも?

 こんな年寄りまで使うなんて、余程人材が不足しているんだろうか。

「こんにちは。この家のセット、ずいぶんと凝った造りですねぇ」

 俺は挨拶の心算でその老人に声をかけてみた。

 その人は俺に挨拶を返す訳でもなく、ただじっとこちらを睨みながら長刀の刃の方を俺に付きつけてきた。

「ちょっと、あぶないですよ。いくら摸造刀でも当れば怪我しちゃいますよ」

 俺は笑ってその老人に声をかけた。

「おめぇ、オレの家に何しに来た」

 その老人、いや老人なのか分からなくなってきた。

 見た目は年寄りだったが声が若い。

「いやね、春日山でお祭りがあったでしょ、そこに参加してたんですけど、熱中症だと思うんですけど、それで倒れちゃいまして。気が付いたら直ぐそこの田んぼかな?で倒れてたんですよ」

 老人は春日山と聞いて更に目を険しくしてきた。

「で、目が覚めたら目の前にこんな立派な農家のセットが有ったんで、ついつい見学させてもらおうかと思いまして。御爺さんもお祭りに参加されてた方ですね」

 そこまで言った時、老人は長刀を振りかぶっていた。

「はれ?」

 老人の顔が異常に歪んでいる。

 こいつは本気なのか?

 目には素人の俺でもわかる殺気が籠り、しかもいきなり奇声を上げて足を踏みこんできた。

「おわっ」

 振り下ろされた長刀が勢い余って家の床板を断ち割った。

 俺は間一髪長刀の間合いを避ける事ができたが、鎧の下にぶら下がっているチャラチャラした板みたいなのがぱっくりと切り落とされている。

 あの長刀本物だ!

「いいいいきなり何してんですか!それ本物?あっぶねー」

「おめぇ春日山から来たんだな、この悪党足軽め!」

 なんだって?この爺さんイカれてるのか?なんだ悪党足軽って。

 さっきの不意打ちで倒れてる俺に向かって、床から引き抜いた長刀を再び振り回しながら近寄って来た爺さん。これは怖い。

 皺々の顔なのに目だけは異様にぎらついている。

 何回か人を殺した事があるのかと思えるほど殺気があった。

 やばいぞこれは、ちょっとどころか、かなりイカれた爺さんだ。

 俺は後ろも振り返らずそのセットのような家を転がるように飛び出した。

 背中の旗が出口の鴨居に引っかかって焦ったが、なんとか脱出成功。

 じゃらじゃら音を立てる甲冑が邪魔だったけど、この時はほんと、鉄でできた本物の甲冑じゃなくて良かったと思った。

 本物の長刀持ったイカレ爺に追われて、20キロもある様な代物を背負ってたんじゃ逃げるに逃げられない。

 家を出ると獣道みたいな細い通路しかないが、この細い道を行けば大通りに出るだろうと、とにかく適当に走って逃げた。

 2~300メートル程も全力で走り、切れた息を整えようと足を止めて振り返ってみると、そこにはまだイカレ爺の姿が。

「うっそ、あの爺まだ追い掛けて来る」

 こうなるとある意味ホラーだ。

 どこかでカメラが回ってるんじゃないの?

 ドッキリとかでさ、勘弁してくれ。

 再び走る事を余儀なくされた俺だったが、奇声を上げて追い掛けてくる爺とは反対の方向に、馬に乗ったお祭りの人が居るのが目に入った。

 出陣式の時に周りにいた毘の旗指物をした徒歩の人と、馬に乗っている人たち。

 なんだかお祭りの時より人数がものすごく増えている気もするが、俺は助かったと思って手を振って叫んだ。

「おぉーい!助けてくれー!」

 するとそのお祭りの人たちは動きをピタリと止めてこちらを窺っているように見えた。

 この緊急事態に何をしてるんだか。

 イカレた爺に本物の長刀で追いまわされているってのに誰も助けに来てくれないのか?

 走っているうちに背中にある旗が風を受けて邪魔になってきた。

 もしかしたら手を振っているのが見えないのかも。

 そう思った俺は背中の旗を抜き取って大げさに振り回してみた。

「おぉーい、助けろって!変な爺が刃物持ってるんだよ!」

 そう言えばこの振り回している旗に書かれた毘の文字、馬に乗っている人たちの周りにたくさん並んでいるのと同じだな。

 そんなどうでもよい事を思った瞬間、5~6人が馬を走らせて近付いて来るのが見えた。

 やっと助ける気になったか。

 馬で走り寄り、俺の脇をあっという間に擦りぬけた騎馬武者。

 かっこいいなぁなんて思っていると、さっきのイカレ爺め逃げ出して行きやがった。

 安心した俺は振っていた旗を降ろし、その爺がどんなふうに逃げるのか興味をもって眺めてみた。

 するとその騎馬武者、爺に近づいたかと思ったら持っていた槍を突き刺したのだ。

 遠方で起こった一瞬の事件とは言え、たかだか100メートル程しか離れていないから良く見える。

 槍に貫かれた爺は騎馬の勢いでそのまま引き摺られ、馬が止まった時にその場に崩れ落ちた。

 これは驚いた。リアルな殺陣だ。ちとリアル過ぎる程。

 騎馬の侍の演技も上手い。流石俳優と言ったところかな。

 カメラはどこだろ。

 どうにも目の前で起こっている事が現実離れしているので、ドッキリの撮影としか思えない。

 きょろきょろとカメラを探している俺に向かって、騎馬武者が引き返して来た。

 槍の刃が付いている根元の段々に血の様な赤い液体がこびり付いているところは中々リアルだ。

「ありがとうございます。あの、皆さん映画の撮影か何かですか?すいません撮影現場に入ってきちゃって」

 騎馬武者たちは其々に顔を見合わせはじめた。俺の声は聞こえたはずなのだよな。

 なにか気に触った事でも言ったかな。

「その方何れの人数じゃ」

 おっ、台詞も良い具合じゃん。

「あ、すいません、俺エキストラじゃないんですよ。さっきの爺さんも俺が役者か何かと間違えてたのかな」

 愛想笑いを振りまく俺に、馬から2人が降りて来た。

「お主、妙な言葉を使うが、国は何処じゃ」

 降りて来たうちの片方が不思議そうな顔をして俺に話しかけて来た。

 不思議な気分なのはこっちだよ。なんなのこれ?

「あの、俺仲間とはぐれちゃったんでそっちに行かないといけないから、これで」

 何か雰囲気が違うこの人たち。

 撮影にしては何か、どこか妙に感じ始めた俺は一先ずこの人達から離れようと、一度助けてもらった感謝のお辞儀をしてその場から遠ざかろうとした。

 再び嫌な予感。

 くるっと振り返ったその正面には、もう一人が先回りして立って居やがった。しかも摸造刀を抜き身にして身構えてる。

 こりゃ、こいつらもあの爺と同じくイカれてるのかも。

 そう思った時、背中に冷や汗が流れた。

「待て、怪しい奴じゃ。我らの詮議を避けて逃げようとしておるな」

 いやいや、怪しいのはあんたたちだって、と、心では思うものの、それを口に出したが最後、摸造刀で叩かれそうな雰囲気になってしまった。

「いや、あのですね、どこかでカメラが回ってるのかもしれないですけど、ほんとに俺、エキストラじゃないんですよ。撮影現場に入って来ちゃったのは申し訳なかったですけど、そろそろ帰してもらえませんかね」

 なんとか言い逃れしてこの場を去らないと頭がおかしくなりそうだ。

 こいつ等と言いさっきの爺と言い、なんなんだ。撮影じゃなければかなりイカレタ甲冑馬鹿だ。

 焦る俺を見透かしたかのように騎馬の人たちも俺を囲み始めた。

 冗談じゃないよまったく。

「ますます怪しき奴よのぅ、その方、名は何と申す」

 何と申すだって?この歴史オタク達、自分の世界にどっぷり漬かってるぞ。

 とりあえず、ここは合わせておいて逃げるチャンスを窺おう。

「俺?あ、俺の名前は広田直繁って言います。広い田んぼにちょくにしげるで直繁。ちょっと古めかしい名前でしょ。ははは」

 やばい、何か本格的に癇に触れたようだ。

 騎馬武者の一番派手な鎧着けてる人の目がつり上がった気がする。

 なんで?

「己は式部大輔であったか!これは手柄首じゃ、者共、この者を取り押さえよ!」

「え!?なんでなんで?俺何か悪い事したっけ?」

「黙れ直繁、己が何故一人でこの様な所に居るのかは知らんが、我らに会うたが運の尽きじゃ。大人しくせい」

「うそーん」

 俺はなんだか分からない内に縄で後ろ手に縛られ、猿轡を噛まされると、この騎馬武者の人たちの仲間と思われる大勢の人達の方に連れて行かれる事になってしまった。

 繋がれた縄を持つ騎馬の人の後ろを徒歩で歩かされる俺。

 今日は厄日か、何この昔の罪人みたいな格好。縛られた手は痛いし口はなんか汚いものを噛まされるし。

 撮影スタッフ見つけたら土下座させて謝らせてやろう。

 とか考えているうちに、白い布を頭に被った騎馬武者の所に連れて来られてしまった。

 周りは厳つい戦国マニアの巣窟のように、高そうな甲冑を付けている人たちが大勢いる。

 そんな人たちに囲まれてしまった。やばいよね。

 そんなとき、ふとある事に思い当たった。

 白い布を被っている偉そうな騎馬武者、どこかで見覚えが。

 どこで見たんだっけ。

 白布の人をじっと見ると、その人もこちらを見返して来た。

 布は被っているものの、色白で眉毛がきりっとしている。目元もまつ毛が長くて、男にしては不思議なほどに艶めかしい雰囲気があった。

 俺この人見た事あったかなぁ。

 あ!

 お祭りの時、後ろ姿で見た上杉謙信役の人もこんな布被ってた!

 その人の顔は覚えてはいないけど、確かおっさんだった気がするからこの人も別に謙信役をやってるのか。

 なるほど。と納得したとき、俺をこんな所まで引っ張って来やがった騎馬のおっさんが大声をあげやがった。

「御屋形様、手柄首が舞い込みましたぞ。このもの、式部大輔にございます」

 しきぶのだいぶって誰よ。俺の名前を勝手に変えるなと思いつつ、その親父を睨んでやった。

「そうか、苦労であった。敵の大将首を手中に収めたなればこの城攻め、既に落としたも同然。今宵はここに陣幕を張り野営するとしよう」

 白布の人がなんだか難しい事言ったぞ。

 敵の大将とか首とか。

 しかしあれだな、この人声が高いな。

「城の人数が寄せるかもしれぬ、物見は多く放っておけ」

 て、言うか、叫び過ぎて喉が割れちゃった感のある可愛らしい声優さんみたいな声だ。

 その人がこっち向いた。

「轡をはずしてやれ」

 その白布の人の一言で、口に入れられてた変なものをようやく外してくれたよ。まったく。

「お宅ら、なんでいきなりこんな事すんですか」

 縛られたり猿轡噛まされたり、なんだか無性に腹が立ってきた俺は縄で縛りあげて来た騎馬のおっさんに文句を言ってやった。

「俺あんたに何かしましたか?あなたねぇ、人を誘拐するみたいに縄で縛りあげるなんて非常識でしょうが。そもそも撮影してる所に入ってきちゃって悪かったって謝ってるでしょ。それをなんだって言うんですか。何度もエキストラじゃないって言ってるでしょうが!」

 キレた俺を見ていたこの連中、なんだかホントに俺の言ってる事が分からないのか?

 全員がきょとんとした顔をしており、中には隣通しで顔を見合わせている奴もいるぞ。

「御屋形様、なにやらこの者、先ほどから奇妙な言葉を使っており、今一つ何を言っておるのか分かりませぬ。もしかすると武蔵の国でも羽生のこの地では、このような国訛りがあるのかと」

 え?今何て言った?羽生とか言わなかったか?

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