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毘の華  作者: 逍遙軒
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出発

「直ぐにでも眠りたい」

「そか、なら新潟まで時間かかるから車で寝て行けばいいよ」

 心の中で果てしない舌打ちをしてやった。

 平和主義者は損かもしれない。

 急いで着替えを済ませ、少しでも睡眠を取りたかった俺は財布と携帯を持ったのみで家を出てきた。

 自動車で行くならシートを倒して熟睡できるだろうと車に乗り込むと、なんとそこは満員御礼。

 甲冑隊の参加者の皆さんが乗り込んでいた。

「おはようさん」

「よろしく」

「あんちゃんが広田君か、よろしくな」

 マジすか。

 そこには若者からそれなりのお年寄りまで年齢も幅広く乗り合わせており、この趣味は年齢層が広いな。じゃなくて、寝れなくね。

 はぁ。

「ども、宜しくおねがいします」

 俺は声も消え入りそうなほど小声になって挨拶をしていた。

「直君、久しぶり、今日はよろしくな」

 最後に声をかけて来たのは今日のお祭りの羽生方面の責任者である佐藤の父親だ。

 この人と会うのはずいぶん久しぶりだった。

「お久しぶりです。今日のお祭り、楽しみにしてますよ」

 心にもない社交辞令に我ながら驚くものの、佐藤の父親は上機嫌になってくれたようだ。

 そして一路自動車は新潟へ。

 狭いながらも睡魔には勝てず、うつらうつらしているうちに狭いシートでも熟睡できたらしい。

 気が付くとそこは夏の日差しもまぶしいお祭り会場の駐車場だった。

 会場?と言うよりお寺だな。

 俺たち一行はお祭り会場の係りの人に案内されて、そのお寺のような会場にある一室に通された。

 どうやら林泉寺という、本物のお寺だった。

 うゎ、お寺ってなんか不気味。などと罰当たりなことを思いながらも中へと進む。

 そこが俺達の更衣室らしい。

 もう予想を越えた展開に、ついつい佐藤を見てしまうのだが、佐藤は何食わぬ顔で準備していた甲冑に着替えていやがる。

 そして本来なら森が付けるはずだった甲冑を手渡され、本格的に直垂とか言う下着から着付ける事になった。

 森の代役に俺が選ばれた理由も、森のやつと体型が同じだったからだそうだ。

 まったく。

 ボクサーパンツ一枚になってから小袖を着て襦袢を付けさせられた。

 なんかこの格好、真っ白で三角の布を額に付ければ、昔々の棺桶に入った死人みたいだ。

 次はこれ、と出されたのが時代劇で偶に見かける事のあった和服みたいな着物。

 佐藤は鎧直垂だよ。とか言っていた。

「ヨロイヒタタレ?」

「説明面倒。そう言う名前だと覚えておいて」

 意外と佐藤はそっけない。

 次が、頭に帽子を被せられた。

「これは引立て烏帽子ね」

「コーヒーみたいだな。挽きたてなんて」

「それでいいや」

 相変わらずそっけない返事の割に佐藤の手際は良い。流石に何度も父親と参加しているだけの事はある。

 更に脛に巻かれる脛当てに、太ももあたりに付ける板の佩楯とか言う物、さらに両腕を通す籠手を付けられた。

 ここまでされると、何と無く気分も染まって来る。

 興味の無かった俺がわくわくしているのだ。

 これも一種の制服効果なのだろうか。

「あとはこれね」

 そういって佐藤が出して来たのは、緑色の紐が幾つもの板を繋げたような鎧だった。

「おぉ愈々鎧着るんだ」

「これは胴、背中から肩に乗せるからタオルでも当てといて」

「はいよ」

「あとそれ、左手から潜るようにすれば簡単に着られるよ」

 佐藤の言うとおりにすると、左側から右側へ体に巻き付くようにフィットした。

「後はこれ」

 すると肩に板が並んだものを付けて来た。

「これは袖ね」

 もう佐藤の声は聞こえなかった。自分では気付かなかったが、意外とこのコスチューム?好きかも知れない。

「次これ」

「おぉ!刀だ!」

「ちがう、太刀」

「まぁどっちでもいいや、これを腰に差すんだよね」

「太刀は佩くの。差すのは刀」

「うーん、難しい」

 この頃になると全員甲冑を着け終わっており、甲冑武士団が出来上がっていた。

「しかし思った以上に軽いな。鉄でできてるんじゃないの?」

「お前、慣れないやつが本物着込むつもりかよ。あれ20キロ以上あるぞ」

「じゃこれは?」

「これはプラスチックのレプリカ。でも本物そっくりだろ」

 佐藤の言う通り、確かに糸は綺麗で板?には光沢があってかっこいい。しかも軽い。

 俺は甲冑を付けて動きまわりながら太刀を抜いてポーズを作ってみた。

 なんだろうこの高揚感は。新しい自分を発見。などと面白がっているうちにお祭りイベントまであと10分程になっていたようだ。

「広田、最後に兜を付ければ終わりなんだけど、面頬忘れてきちゃったよ」

 寝不足もあったのか大興奮していた俺は、もう顔を隠すことも面倒になっていた。

「大丈夫、このまま行くよ」

「おぉ、そうか、やっとやる気になってくれたか」

 気分はワクワク、出陣前の若武者だ。まぁ25歳で若武者も無いもんだが。

 全員が甲冑を着込んだ所でタイミング良くお祭りの進行役の人が更衣室になっていた一室に入って来た。

 そろそろ出陣式を始めるので準備してほしいとの事だ。

 まず各地から集まった甲冑隊が寺内のスタート位置に集まって、お祭りの主催者、市長、商工会の会長などを先頭に、上杉謙信のコスプレをした人から順に武者行列が会場に行進するようだ。

 その中にもお目当ての御姫様と侍女グループもいる。

 俺の目はもちろんそこに釘付けとなっていた。

「広田、これも背中に指すんだよ」

 そう言われて渡された旗みたいなものは、毘と書かれていた。

 他の人は龍の文字もあったようだ。各地の甲冑隊で目印が違うんだろう。

 しかし暑い。

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