代理
「さて、じゃぁ折角広田に来てもらったんだ、本題を聞いてもらうかね」
コンビニ袋から色々なケーキを嬉しそうに取り出す森が、目はケーキに釘付けのまま話し出した。
「本題?」
何と無く嫌な予感がする。
佐藤と森の両方で何か謀りやがったのか。
佐藤が俺の隣の折りたたみ椅子を広げて座りながら予定を聞いて来た。
いや、聞いてきたと言うよりは予定を開けろと言ってきたように聞こえるのだが。
「さっきの電話じゃ言わなかったんだけどさ、来週の26日、日曜日なんだけど空いてないか?て言うか空けてくれ」
いきなりそう言われると、予定など入っていないのに難しい顔をしてしまう。
「うーん、その日は用事があったような、無かったような。どうだったかな?で、何の用よ?大事な用事なら考えなくもない」
「実はな、こいつがこんな事にならなければ良かったんだけど」
そう言って佐藤が森の足のギプスを拳で叩いて見せた。
森も申し訳なさそうにしている。
「来週の26日な、新潟県でお祭りがあるんだよ、で、お前も知ってると思うけど、家の親父のからみでさ、森と俺もそれに出るはずだったんだ。ところがコイツの下手くそ運転のお陰で1人欠員になっちまったって言う訳だ」
そういえば、この佐藤の父親は何とか云う甲冑隊の会に入っていて、この羽生市からも何人か、いつもどこかのお祭りに参加させる人数を請け負っていた事があったな。
確かに俺達が小さい頃からあっちこっちのお祭りに参加していたような覚えもある。
「えー、お祭りの人員確保かよー」
俺はあからさまに嫌そうな顔をしてやった。
「そう嫌そうな顔すんなよ。確かにお祭りの数合わせなんだけどさ、そのお祭りのスタッフ、どうにも人材確保が出来なかったんだ」
はっきり言って面倒臭い。
興味もないし断りたい。
俺に断りもなく白羽の矢を立てるな。と、寝不足の頭で考えていた。
「でだ、そのお祭りにはお姫様の行列もあるんだけど、どうよ?これは控室とかが近くになるから綺麗どころとお近づきになれるチャンスかもよ」
佐藤は思わぬ好条件を持ちだして来た。
鼻の穴をヒクヒクさせているのが何ともうっとおしいが、独身で彼女無しの俺には女性と話のできるチャンスなのは間違いない。
なんとも心憎い交換条件を持って来やがったが、俺は下心を知られぬようにそっと否定の言葉を述べてやった。
「綺麗どころったって、どうせ俺らが入れるのは男子更衣室の一角を借りられるか、どこかのホールの会議室の大部屋だろ。お近づきになれるわけねぇだろ」
「そこは広田の努力次第。がんばってくれたまえ」
無難な返答が返って来た。
確かに俺の努力次第なのは間違いない。
「広田、俺の代わりで申し訳ないけど、宜しく頼むよ。俺、去年も出てるけど、このお祭り結構面白いぜ。鉄砲隊も出るし地元の人も集まってる中で、俺ら甲冑武者行列をやるんだよ」
森はベッドで横になりながら目をきらきらさせていた。
なるほど、スタッフとは裏方さんではなくて、表に出る武者行列の内の一人の事だったか。
森は余程そう言ったものが好きなのだろう。
しかし俺は、そんな祭りには興味がなかったが女性には興味がある。
甲冑を着てても綺麗どころとお近づきになれるならばと、ちょっとだけ乗り気になって来ていた。
「でもなぁ、鎧なんて俺着た事ないし」
「あぁ大丈夫、それなら佐藤が一から指導、じゃなくて、もう時間もないから着付けしてくれるよ」
「でも恥ずかしくね?大勢に見られるんだろ」
「お祭りなんだから大勢に見られるのは当たり前。大丈夫だよ、誰も顔なんか見てないから」
「でもなぁ」
「なら面頬つけろ」
「面頬ってなんだ?」
「顔を隠す兜の道具だよ。これを付ければ顔は見えない」
俺は渋々といった風情で佐藤の出した好条件を呑み、お祭りに参加することにした。
本来そんなお祭りに出る心算もなかったのだが、やはり下心と言うものは優れた原動力にもなるようだ。
一通り会場と時間、参加人数等を教えてもらったが、それほど深く考えた訳でもないので、あとはそんな事も忘れて面会終了までひたすら喋り続け、時間と共に帰宅した。
俺はその後の一週間、お祭りの事など思い出す事もなく仕事に追われ、くたくたになるまで働き詰めになっていた。
そして24日の金曜日、山積みの資料が所狭しと並べられたオフィイスの一角で漸く残業も終わりかけた頃、課長が不意に現れた。
毎日やってくる嫌な予感は予感ではない。決定事項の通達だ。
「広田、来週月曜日のプレゼンの資料、ここに置いておくから上手く纏めといてくれ。頼んだぞ」
そんな幻聴が聞こえたような気がした。
結局翌日の25日の夜まで掛かって仕事を仕上げた俺は、ふらつく足取りで自宅に帰る事になるのだ。
この仕事はもう辞めたいと何度考えた事か。
しかし今は噂に聞く平成初めのバブル崩壊から20年以上続くと言われている不景気だ。
物心付いた時には既に不景気だったので、こんなものだろうと思っているのだが世代が上の人は違うらしい。
役職に付いてないとある中年の先輩は、収入が半減しているのに偶に聞くテレビのニュースでは景気が上向きしか言わない。今の報道なんぞ信じられるか。とか言っていたのを思い出す。
まぁ就職先がなかなか見つからない友人達の事を考えればその通りなのだろうと漠然とは思っているのだが。
さて、加須駅から深夜の道を一人歩き、何とか無事に帰りつけた。
俺は家のカギを開けようとポケットに手を入れたのだが、そのとき偶然に携帯電話を掴んだので時間を確認しようと序にポケットから取り出してみた。
するとそこには何件もの着信履歴が表示されていた。
発信元は佐藤。
これにはぎょっとした。
そうだ、佐藤達と約束したお祭りは明日だったっけ。
しかしこの残業続きの疲れは一度寝たら明日は起きられそうもない。申し訳ないがお断りの連絡を入れようとしたその時、再び佐藤からの連絡が入った。
これはお断りするには丁度良い。
「もしもし」
明日のお祭りを断る気マンマンで電話に出た。
「お、広田?やっと捕まったよ、明日のお祭りだけど俺たちは早めに到着して準備しなきゃならないから朝4時に出発するけど、一緒に乗り合わせで行く?」
うむ、こちらの都合を聞かないやつだ。
「佐藤すまん、俺残業続きで今日も今帰って来たばっかりなんだよ。悪いけど」
「そうか、なら一人で新潟まで行くのは大変だ。乗せてってやるから準備しとけよ、4時に迎えに行くからな。じゃな」
電話は切れた。
マジか。
勘弁してくれよ。
ぶつぶつ言いながら部屋に入ると、疲れもあって何も考えたくなかった俺は、スーツの上着を脱いでベッドに倒れ込んだ。
「はぁ~。ベッドの上だけが幸せ空間だねぇ」
この、目を瞑る瞬間が幸せ。
すると直ぐに玄関のチャイムが聞こえた。
誰だこんな夜中に。
ホント勘弁してくれよ。
目をあけると、何時の間に眠ってしまったのだろう、時計の針は午前4時を回っていた。
何度も鳴らされるチャイムが憎らしい。
余りの疲れに一瞬で眠りに落ちて3時間程過ぎていたようだ。
佐藤が迎えに来たんだろう。
ある種のタイムトラベルを体験してしまったかのような錯覚を覚えながらも、眠い目をこすって俺は急いで玄関に出た。
そこには早朝にもかかわらず元気そうな佐藤がいやがった。
「おはよう!」
朝からハイテンションなやつだ。
俺は寝癖がついたであろう髪の毛を手串でとかしながら挨拶を返した。
「ずいぶん眠そうだな」
こいつは電話で俺が言った事を聞いてなかったんだろうか。