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毘の華  作者: 逍遙軒
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暑い夏

 2013年8月、今年も暑い夏がやって来たようだ。


 早朝から日差しも強く、額から流れる汗をハンカチに吸わせながらも俺は毎年の恒例となっている米沢旅行の為に荷物を纏めて東部伊勢崎線の加須駅に滑り込んできた区間急行に乗り込んだ。

目的地は山形県米沢市。


 これから幾つか列車を乗り換えて目的地に到着するまでは10時間ほど掛かるだろう。

 車内のエアコンが心地よく、あまりの快適さ加減に朝早く起きた事も手伝ってついウトウトしてしまう。

 列車の単調なリズムも眠気を誘うもので、ふと睡魔に襲われたとき夢を見た。

 また今日も、長いようで、短いような、覚めて欲しくない夢を見るのだろう。




「おい直、起きてるか」


 夕べ遅くまで残業をしていた俺は、半分寝ぼけながら土曜日の早朝に掛かって来た電話に起こされる事になった。

 先日買ったばかりの卓上電波時計の針は午前7時を指している。

「誰?」

 既に夏の日差しがまぶしく、室内には光と影のコントラストがくっきりと浮かび上がっていた。

 気温も汗をかく程に上昇しているようだ。

 ただ、俺が夕べ寝たのは、確か午前3時を回っていた気がする。

 寝不足のせいで頭がやけに重い。

「佐藤だよ佐藤」

 あぁ、佐藤か。

 こいつは近所に住む同級生だ。

 しかし25歳になった今、其々が社会人となっていた為に殆ど連絡もしていなかったのに、何の用だろう。

「おぉ久しぶり。元気だったか」

「あぁ俺は元気なんだけどよ、森のやつが車で事故っちまって」

 この森と言うヤツも俺の同級生だ。つまり三人とも同級生。

 しかしそいつともしばらくは連絡もしていなかった。

 そういえば仕事が忙しくて誰とも連絡してなかったな。

 眩しすぎる光の為に、俺はブラインドシャッターを閉じた。少しは環境に優しい光量に落ち着いたようだ。

「森、事故ったのか。で、怪我とかはないのか?」

「あぁそれが右足を単純骨折しただけでピンピンしてたよ」

「なら良かった」

 俺は一度、耳から携帯を離して大欠伸をしながら伸びをした。

「今日は休みだし見舞いに行ってみるよ。病院はどこか知ってる?」

 どうやら佐藤の話しだと、自宅から30分程度で到着する市民病院に森は入院しているようだ。

 それほど遠くない。直ぐに行ける距離だ。

 俺は森が入院している病院を教えてもらうと電話を切り、重い頭を抱えながらも病院に向かう事にした。

 自分も掛かり付けの病院だったので迷うことなく到着。

 受付で森の名を伝えて病室を教えてもらって入院病棟へ。

 一昔前の病室には、入口に名前がでかでかと書かれていたものだが最近は違うらしい。

 患者を番号で管理しており、名札にも管理番号が書かれている。

 まぁ個人情報保護法とかいうものが病院にまで押し寄せた結果なのだろう。

 病室に入ると一番奥のベッドに足を吊られて寝ている男が直ぐに目に入って来た。

 髭面で短髪、色黒な男で、趣味は寺巡りとかいう、若い癖に年寄りのような趣味を持つやつなのだ。

 俺としては寺巡りなんぞには全く興味がないが、死ぬ前までにはやっておかないと墓石を置くところが見つからないかな、と思っている程度の世界である。

 こいつは多分、自らの墓穴を早々と見つける為に寺巡りしているのだろう。

 と、これは病院内では不謹慎だったか。

「よぉ!ずいぶん元気そうだな」

 病室に入るなりの俺の一言に、びっくりしたように振り向いた森。

 差し入れられたシュークリームでも食っていたのだろう、口の周りをクリームで汚した顔を向けて来た。

「おっ、広田じゃん。見舞いに来てくれたのか」

 色黒な顔で口の周りにクリームをだらしなくつけたその顔はどこかの原住民みたいだ。

 そんな原住民が嬉しそうな顔をしていた。

 おれはベッド脇まで進み、ここに来る途中で仕入れて来た見舞いの品を手渡して隣の椅子に腰かけた。

 森は俺が買ってきたケーキを嬉しそうに見ている。

「サンキューな。俺が甘いものが好きな事、良く覚えてたな」

「お前くらいだろ、ビールの摘みにシュークリーム食ってたやつは」

「あれ、そうだっけ?」

 森の変わった食習慣を笑ったときに、俺に電話をくれた佐藤もやって来た。

 こいつはコンビニ袋一杯にケーキの類を持ってきたようだ。

「森、骨はくっついたか?俺が広田に連絡したから来てくれたんだ。有難く思えよ」

 そういいながらベッドに仰向けになる森の腹の上に、ケーキの詰まったコンビニ袋を乗せていた。

「悪い悪い、わざわざ連絡してもらって悪かったな。なんつっても病院じゃ携帯が使えなくてな」



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