死のロザリオ
世界のどこかににあるという噂のロザリオがあるのを、ご存知だろうか。
それは、噂なぞではなく、現実に存在している。
だが、それは極めて危険な物。
それゆえに、教皇博物館の奥深く、地下15階にある、安置室にて封印されていた。
そして、私は安置室室長として、教皇猊下より見回りを任されていた。
部屋の前には、厳めしい格好をして見張っている歩哨がいる。
「お待ちください、枢機卿。教皇猊下より、書状をお預かりしておられませぬか」
こちらに槍を突きつけながら、二人いる歩哨の片方が聞いた。
「我が魂こそが、その書状。だが、記しを欲するのであれば、これこそが記し」
私が見せたのは、純銀でできたロザリオだ。
首から下げれる鎖も、純銀である。
そのうち歩哨には、本体の4cmほどの十字架を見せる。
交差しているところには、直径5mmのブルーサファイアがはめ込まれている。
なお、裏には教皇の紋章が彫られている。
「失礼いたしました。どうぞ、お通りください」
敬礼し、歩哨が槍を収める。
「神の祝福を……」
十字を切って、私は鍵がかけられていない部屋へとはいる。
最初の部屋は、逃げられる心配がない物が置かれているためだ。
その最初の部屋を通り抜けると、小さめの扉がある。
そこの扉の中央に、私は先ほどのロザリオをはめ込む。
設計通りにピタリと納まったロザリオを、右に90度、それから左に180度、最後に右に90度回す。
カチリと、鍵がかみ合う音がすると、解錠された。
私は聖句を唱えつつ、扉を一気に開ける。
とたんに、異端な物どもが襲いかかってくる。
ロザリオをかざし、LEDライトを一気に当てる。
やつらは瞬間的に引き返し始める。
「我は、ローマ教皇の代理人である。我を襲いし者は、教皇を襲うと同じこと。罪を重ねるべからずや!」
私が叫ぶと、彼らは闇と一体になる。
部屋に入った途端に、私を襲う魂胆だろう。
だが、それについて、私は心配はしていない。
ライトをつけたままにして、部屋へとはいる。
扉が閉まると同時に、彼らは襲いかかってきたが、私に危害を加えることは、一切できなかった。
神の力は、信仰の力。
これほどの強大な力であろうとも、動じない心を持つことができる。
しかし、そこへ部屋の中から声をかけられる。
「いやはや、あんたも懲りないねぇ。好きこのんでこの部屋に来るんだから」
それは、安置室唯一、人語を話すものである。
別名、紅のロザリオと呼ばれている彼は、真っ赤な髪の毛をなびかせながら、ダークスーツにメガネに革靴という姿で私に近寄ってきた。
「1年なんてあっという間だな」
女たちからは、おそらく黄色い声で声援を受けるだろう。
二枚目俳優としても成功するに違いない。
だが、今はこの安置室に封印されている。
「それで、そっちはどんな調子なんだ」
「変わりない」
私は紅のロザリオに答えつつも、本体へと近寄る。
紅のロザリオは、私を静かにそこへ通した。
「さすがに昔の教皇が直々に施した結界だけあって、なかなか破れねえがな」
そこは、金の祭壇があり、四隅には銀でできたゴブレットが置かれている。
祭壇には聖句がこれでもかというほどに彫られていて、さらに秘伝の結界陣が描かれている。
私の役目は、その中心に位置している紅のロザリオが、しっかりと収まっているか。
ゴブレットに注がれている聖水を補充し、その他のものたちが暴れないように、部屋自体の結界をチェックすることになる。
ただ、ここにくるたび、30カラットのルビーがはめ込まれているロザリオを見るたびに、手に取りたくなるという衝動にかられる。
「…手にとって見ても、俺は構わねえんだぜ?」
彼は、私のすぐ後ろで、ささやき始める。
「人によって好みはいろいろだが、俺ならその全てを叶えることができる。全てだ」
強調するように、繰り返す。
「お前の緋き衣とよく映えると思うんだがな」
そうつぶやかれると、頭には、つけてみた後の姿を想像してしまう。
そして、全てを手に入れた私を思い浮かべる。
「ローマ教皇……」
「いいんじゃねえか?」
悪魔のささやき声は、大きくなる。
それと比例するように、私は紅のロザリオに魅入る。
「なあ、お前はこれまで何人に仕えた」
本能に抗うように、悪魔へ理性が尋ねる。
「14世紀以来、ざっと100人ちょいかな」
そして、その全ての人が、発狂し死んでいる。
ロザリオ職人が万感の恨みを込めて、紅のロザリオを作った、そう伝わっている。
紅いルビーがはめ込まれているが、悪魔はこれに宿っているそうだ。
人から人へと伝わって行くうちに、透明な宝石が紅くなったとも伝わっている。
それは、人の血を吸ったからだとも。
これを割ってしまうと、悪魔が世界へ解き放たれてしまうということで、ここに封印されている。
私は無意識に手をピクリと動かす。
悪魔がそれを見て、さらに一押し。
「あんたはカーディナルでおさまるような人じゃないだろ?」
欲がないといえば、それは嘘になるだろう。
だが、それは悪魔と一緒にするべきことではない。
「天にまします我らが主よ。御名が崇められますように……」
私は最後の抵抗として、主への祈りを唱える。
胸にある青のロザリオが、わずかに震えるのがわかる。
「っち、どうも失敗のようだな」
悪魔は最後に呪いの言葉をはきかけていったが、もはや私に通用するようなものではない。
信仰は力である。
聖水の量を確認し、それぞれの場所にあるべきものが収まっていることを確認し、最後に部屋全体に施されている結界を確認した。
そして扉を開け、一歩外に出て、振り返る。
何も動かない部屋へ、祈りの言葉を唱える。
「父と子と精霊の御名によって、アーメン」
そして再び扉は固く閉ざされた。




