ルミネシア王国
──1000年前に、この世界は一度終焉を迎えた。怒らせてはならないモノを怒らせてしまったからだ。
深い悲しみはやがて、怒りと憎しみに似た炎を生み出し、世界の全てを包み、焼き尽くした。
生き残ったのは、それを炎の中でも信じ続けていた少数の民族と、生物たちだけだった。
ルミネシア。
それが、その民族の名前であり、歴史ある我らが王国の冠する名前である。
「汝、我らが神なる竜よ。汝の悲愴に我らは渇き、汝の怒りに我らは祈る」
「汝を奉りて、我らが犯した七つの罪を礎に、汝の世界を守護ると誓いを立てる」
『ルミネシア王国史第七章 人と竜の縁より』
「本日も快晴ですわね」
そう言われたので空を見上げると、確かに雲一つない青空が広がっている。
隣を見れば、男なら誰もが魅力的に感じるだろう艶やかな体付きをした女性がいた。
まさに、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるという、同性が羨むようなものだ。
あまつさえ、その顔立ちは国一番と称えられているほどの美しい顔立ちをしている。
肌は白くてきめ細かい。睫毛は長く、ピンクの唇はぷっくりしている。
瞳は優しげな水色で、髪はふわふわな金色という、彼女の一族に多い金髪碧眼だ。
その女性の、机を挟んだ向かいの椅子に座っている少年もまた、整った顔立ちをしていた。
彼女と同じ金髪は無造作だが、むしろそれが似合うさらさらした髪質だ。
シンメトリーのとれた顔立ちは、精密に作られた人形のように見えるくらいだ。
十代の少年特有の華奢な肢体は、一発で高級だと分かるくらい肌触りの良さそうな衣服に包まれている。
温かい日差しの中、優雅に紅茶を飲んでいた女性は向かいにいる彼が、先程から何も食べていないことに気付き、お菓子を勧めてみた。
「ほらほら、貴方も召し上がってくださいな」
「遠慮しとく」
若干ながら少年が困ったように言うと、美味しいのに、といった表情で彼女がそれに一つ摘まんだ。
白いお皿に綺麗に並べられた焼き菓子を、彼女はなんとも幸せそうな表情で頬張る。
「本当に甘いものが駄目なのね、ナイト」
「姉さんは、むしろ甘いものを控えた方が良いんじゃない?」
「あら、生意気ですわよ」
嫌味ったらしく言った姉は、少年──ナイトからの視線を華麗に交わしながら微笑んだ。
彼の名は、ナイト・ラル=ルミネシア。彼の女性、メイメル・アリア=ルミネシアとは姉弟である。
二人がいるのは、現国王と第一夫人、つまり二人の両親がとても大切にしている庭園である。
つまり、二人は王族である。しかも、ナイトに至っては第二王位継承者という地位を持っているのだ。
小さい頃から教育されてきた政治学を含め、様々な面でその立場の者として難しい勉強も行われている。
今日は珍しく、それを学ぶための授業が午後から無かったので、こうしてのんびりしていられるのだ。
姉が呼ばれなければ、今頃ゆっくりと昼寝でもしているはずだったのにといった感じで、ナイトは欠伸した。
「あー、眠い」
「頭が溶けてしまいますわ。しっかりして下さいな、ナイト」
「はいはい」
メイメルはだらしなく返事をする弟に、美しい顔を歪ませて、ふぅと溜め息を吐いた。
自分達の兄は、あんなにも・・・と考えたのである。そう、メイメルにはナイト以外にも兄弟姉妹が居るのだ。
兄が一人に姉が二人、弟がナイト以外に一人、妹が一人。要するに、六人兄弟姉妹である。
兄は、より深く学ぶために父に付いて回っていて、現在は隣国に居る。
そんな彼を見習って欲しいものだと、メイメルは思う。だがナイトは、どうもそうする気はないらしい。
再びメイメルが溜め息を吐くと、ナイトが何だかふいっと手元のカップに視線を落とした。
メイメルより4歳年下で、現在まだ18歳のナイトだが、その中途半端な年齢差のせいか、どうも考えていることが分かりにくい。
「(……晴れている空が、ちょっとだけ羨ましい)」
もう一度空を見上げると、さっきまでは無かった雲がふわふわと浮かんでいて、風で微かに動いていた。