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チャプター9

ーシュタイヒェン街道ー


 馬車は街道を東に走る。朝から出発して数時間、道中は比較的穏やかだった。もちろん、途中ではゴブリンやスライムなど、いくらかの魔物は出現したが、所詮は低級の小型モンスター、ゲートムント達二人の相手ではなかった。そのせいか、御者はのんびりとした気持ちで馬を駆り、エルリッヒに至っては、片隅ですぅすぅと安らかな寝息を立てていた。どうやら振動が心地よいらしい。

 ハインヒュッテの村への到着予定は日没頃、時間はたっぷりある。

「なあ、今朝の話、本当か?」

「本当だって」

 エルリッヒが寝ているのを見て、向かい合って座る二人は話を始めた。エルリッヒがいては、話し辛い話題だ。

「俺にはどうにも信じられないんだけど」

 いくらさほど強くないモンスターと言えど、緑色のリザードは中型モンスターだ。鍛え抜かれたゲートムントでも、鎧を着ずに攻撃を受けてはそれなりのダメージを負う。無傷で倒すのも、そう容易い事ではない。

 そんな相手を、エルリッヒが一人で倒してしまった。それも、あのフライパンで。

「一万歩譲って、あのフライパンが殴打用の武器として使えるのは認めよう。あの半端ない重量がすごいダメージを生むのも認めよう。だけどなぁ、あいつの攻撃、そう簡単に回避できるか? 的確に頭を狙うのだって、楽じゃないだろー」

「だけどさー、俺もその意見には賛成だけど、この目で見たんだよ? リザードの攻撃を全部避けて、あのフライパンを軽々と振るってたんだから。で、最後は気絶してる間に力を溜めて脳天に直撃! それで絶命さ。殴り飛ばしてるから、俺たちの攻撃と違って返り血も浴びないで、綺麗なまま勝っちゃったんだ」

 普段着なのは身動きがしやすいから。と言っていたが、ツァイネの話が本当なら、あながち誇張でも、鎧を用意できなかった言い訳でもなさそうだ。にわかには信じられないが、リザードの攻撃は直線的で、それを知っていれば回避もそう難しくはない。自分を納得させるのは難しかったが、一応いくらかの説明は立つようだった。

「だけどなぁ……」

「ほら、エルちゃんて流れ者で、どこから来たか教えてくれないでしょ? 多分、どこかで遭遇した事があるんだよ。だったら、動きを知っててもおかしくないし。ていうか、俺だって目の前で見てても信じられないんだから」

 記憶の中にある夕べのエルリッヒは、女戦士顔負けの動きをしていた。下手をすれば自分たちよりもいい動きをしていたんじゃないかと思えるほどに、的確な攻撃の回避と、的確な急所への攻撃。どこかで遭遇した事があるというのは、口からで任せ以上の説得力があった。

「けどなー、そもそも、なんであんなとこに一人でいたんだ? 警鐘が聴こえてたとしても、普通は危ないからじっとしてるだろう。いくらあの性格でも、あまりにも無謀だと思わないか?」

「そう、それは俺も疑問だったんだ。寝間着でもなかったしね。もちろん、自分で返り討ちに遭わせてやろうって思ったのかもしれないけど、それにしても行動が早いよね。うーん……そこはちょっと謎のままだよ。いや、リザードを簡単に倒しちゃった攻撃力が一番の謎なのは変わりないんだけどさ」

 ガラガラと音が響く中、二人は自分の納得できない思いをぶつけ合う。その場で見ていたツァイネですらそうなのだから、話を聞いただけのゲートムントが納得できないのは無理もない。目の前で安らかな寝息を立てているエルリッヒはとても穏やかで、まるで女神か天使のようだと思ってしまう二人だが、この真白い細腕には、もしかしたらとてつもない筋力が秘められているのかもしれない。

「……実は、ムキムキとか?」

「ゲートムント〜、女の子にその発想は悪いよ〜。それに、本職の俺たちが負けてたら、どうするわけ?」

 それこそプライドズタズタである。いくら寝ているからといっても、気安く触れる事はできない。決して触れられないという存在が、実は意外とそれでいいのかもしれない、と思った。

「ま、まあ、毎日あんなに重たいフライパンやら鍋やら振るってりゃ、力も付くよな!」

「そ、そうだよ。鍋なんて、俺たちの武器にも負けない重さだし!」

 二人は顔を見合わせ、乾いた笑いを浮かべた。まさか、自分達より力が強いなんて言う事は、あるまい。いや、あってはならない。

「ん……」

 笑い声が思いの外大きかったのか、エルリッヒが起きそうになっていた。

「やば」

「起こしちゃったかな」

「ん……ここ……どこ?」

 いざ目が醒めかけると、今度は振動が気になるのか、ゆっくりと目をこすりながら体を起こした。油断し切った寝起きの顔は、男二人には眼福物だった。

「お、おはよ、エルちゃん。まだ街道だよ」

「まだ寝てていいのに。もしかして、起こしちゃった?」

 一応気遣う素振りを見せるが、先ほどの話が聞かれていないかドキドキし、寝起き姿にも違った意味でドキドキしていた。二人の心は、まさしくぴたりと一致していた。

「ううん、大丈夫。って、私寝ちゃったんだ。はっ! 二人とも、変な事しなかったでしょうね」

 身を竦め、尚一層、今度は逃げるようにして車内の端に寄る。若い娘が一人、狭い空間で男二人といる中で、うっかり眠ってしまったのだ。その間に何をされてもおかしくはない。二人はきょとんとしていたが、無防備過ぎる自分が恨めしい。

「着衣チェック、よし! 体に違和感……なし! 髪の乱れ、なし! じゃあ、大丈夫……かな? ねえ、どうなの? 何かした?」

「な、何にもするわけないだろ? 俺たちを信用してくれよ」

「そうだよ! いくら俺たちがエルちゃんの事好きだからって、そんな事したらいっぺんで嫌われるじゃん! そしたら、俺たちの方が後悔するって。そういうのは、もっと仲良くなってからがいいんだから」

 何か、非常に恥ずかしい事を口走っているように思ったが、自己弁護のためだ、やむを得ない。とにかく、今は自分たちの無実を主張しなくては。

 この、疑われても仕方ないような状況の中、エルリッヒの疑うような視線が、どうにも痛い。

「ちょっとゲートムント、ツァイネ君の話、本当でしょうね。本当に、二人はなんにもしてないんでしょうね?」

「だから、信じてくれって! 俺たち、そんなに餓えてるように見えるか?」

「そうだよ。いくらなんでもそんな下劣な事、するはずないだろ? 悲しいなぁ」

 状況的には仕方ないが、こればかりは真剣に否定する意外ない。

「ま、まあ、それなら信じてもいいけど……」

 本心では、二人が無実だという事は分かっていた。セルフチェックの上では問題なく、二人の眼は真剣そのもので、必死に首を振っていた。これ以上疑いの眼を向けるのもかわいそうなので、ようやく信じたような素振りを向けた。

 悪趣味かもしれないが、屈強な戦士二人を手玉に取るというのは、意外と楽しいと気付いた。

「ホントか!」

「よかったー!」

 二人の嬉しそうな様子に、ついつい笑いが出そうになるが、ここはぐっとこらえる。本当はもうとっくに無実だと見抜いていた事は、決してバレてはならない。

「そこまで全力で否定されちゃーねー。でも、ホントは唇くらい奪ったんじゃないの? ねぇ、どう?」

「な! 何言ってるんだよ!」

「そうだぜ! そんなうらやま……じゃなくてもったいな……じゃなくて大それた事、いくらなんでも俺たちにできるわけないって! それに、今信じてくれるって言ったばっかりじゃないか!」

 不意に話題を混ぜ返され、男たちは再び慌てふためく。大胆にも後先考えずそんな事ができたら、どれだけ気楽か。だが、幸か不幸か、二人の理性は女性に嫌われない程度には強力に働いていた。

「冗談だって。こんなところで何かしたら、バレバレじゃん。信じてるって言った言葉は、嘘じゃないよ。でも、もし何かしたら、後からでもぶっ殺すから、覚悟しておいてね」

「え、笑顔で言わないで……」

 ツァイネの顔が引きつった。これがエルリッヒの持つ言葉の力だ。ゲートムントも、これには頷くしかなかった。二人の間に、戦慄が走る。

「お、俺たち……何もしなくてよかったな」

「あ、ああ。命あっての物種だからね」

 引きつった笑いこそ、安堵の証拠。

「よろしい。私に限らず、女の子は大事にするように! っとと、何!」

 突如、激しい振動とともに、馬車が止まった。

「おっちゃん! 何事だ!」

「盗賊? モンスター?」

 二人は武器を手に馬車を出る。御者の方を見ると、険しい顔つきで前を見据えている。落ち着きのない様子でいななく馬の向こうにいるのは、赤い魔物。四つ足で立っているのは……

「フレイム……リザード!」

「なんでこんなところに! 生息地はもっと南じゃ……」

 高さは人間の膝丈くらいで、どちらかというと子竜のようだったが、炎を吐くと言われるフレイムリザードは、昨晩相対したリザードとは、何もかもが違う魔物だった。

「ねーえ、なんなのー?」

 開けっ放しのドアから、エルリッヒが身を乗り出して来た。

「エルちゃん、危ないよ! 中にいて! おっちゃん、こいつ火を吐くんだ、俺たちが引き付けるから、少し離れて待っててくれるかな。後、ツァイネ、俺は今から馬車に戻って鎧を取って来るから、少しだけ相手をしててくれないか? できるだけ、街道から外れるようにして」

「分かってるよ。いつもの事でしょ? ただ、俺が着替える間は、ゲートムントが一人で相手してよね」

 武器の関係上動きの遅いゲートムントがまず鎧を着に戻り、ツァイネの鎧を持ってくる。その上で戦線交代し、ツァイネが着替えて戦況を整える。これもまた、いつもの立ち回りである。急いで馬車に戻ったゲートムントを見届けると、ツァイネが一人前に出た。

「さあ、俺が相手だよ。昨日のエルちゃんより、いいとこ見せないとね!」

 その瞳には、一点の恐怖も見られず、挑戦的な光が輝いていた。



〜つづく〜

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