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チャプター8

ーラインボルトの村 ローリンゲン裏通りー



 宿の近くにある表通りは騒がしかったが、この辺りは静まり返っている。リザードが移動して来たのだろうか、距離と鎧戸が邪魔をして警鐘が聴こえないのか。それでは意味がない気がするが、今はどうでもいい。そんなことは、この村の事情であり、自分たちの事情ではないのだから。それよりも、もしこの界隈の住人が表通りの騒ぎを聞きつければ、あるいはリザードの来訪に気付いてしまえば、今は静かにしているようだが、きっと騒ぎ出すのに違いない。解決するなら、今のうちだ。三人ともが、同じことを考えていた。

「エルちゃん、危ないよ。 ここは下がって」

 ツァイネが指示を出すも、エルリッヒに聞き入れる気はなく、一切耳を貸さずにいる。経験豊富な戦士である男二人から見て、目の前の魔物に動じない様子は見事だが、いくらリザードといえど、エルリッヒが闘ったのでは無事では済まないだろう。低級モンスターと言っても、ただの女の子のはずのエルリッヒには荷が重すぎるというのが、二人の見解だった。エルリッヒはああ言ったが、こちらもじっと、踏み込んで行く隙を窺っていた。

「二人とも、心配性だなぁ。大丈夫だって。……もう一度言おう! この漆黒のフライパンが、目に入らぬかー! それに、こいつ程度の相手に勝てなくて、ドラゴン退治のお供なんか務まらないっての! 安心して! 怪我なんかしないし、きっちり倒すから!」

「ちょ! バカ言ってないで!」

「そうだよ! いくらリザードが低級モンスターだからって、仮にも竜の眷属なんだ、危ないんだよ!」

 ゲートムント達はいくらでも闘った事があるため、苦戦せず倒せる算段だったが、エルリッヒが相手をするとなっては、きっとそうはいかない。魔物と闘った事なんてないはずの、一介の女の子なのだ。どんなケガを負うか分からない。本人の言い分がどうであれ、こんなところで危険な戦闘をさせるわけにはいかなかった。

「ほら、俺たちが討伐するから! 下がって!」

「そうだ! こんなところで怪我でもされたら!」

 迂闊に近づいて、にらみ合いを続ける状況が動いても危険だ。あまり大きく動けない。

「だぁ〜かぁ〜らぁ〜、大丈夫だって、言ってるでしょ! それとも何? 二人は女の子の言う事、信じられないわけ? そんなんじゃ、モテないぞ?」

「そ、そういう問題じゃ……なぁ」

「ああ。って、エルちゃん! 危ない!」

 油断丸出しで会話していた一瞬の隙を突いて、ついにリザードが動き出した。勢いよく踏み込み、噛み付き攻撃を繰り出す。そこまでのスピードはないため、当たらなければどうということのない攻撃だが、顎の力は侮れない。あくまで、「きっちり避ける」か「きっちり防ぐ」ことを前提に、「大したことのない攻撃」と認定できるのだ。

「はっ!」

 ゲートムントの言葉に慌てて振り向くと、ギリギリのところにリザードの顔があった。慌てて回避する。間一髪、間に合った。だが、これはもう睨み合いは終わったと言う事だ。戦闘開始である。

「ほら、二人とも、皆を安全なところに誘導して! 向こうのパニックも収めなきゃなんだし!」

 事態が動いたのを見て、エルリッヒが主導権を握り出した。リザードの攻撃を回避しつつ、指示を飛ばす。このような状況では、迂闊に手出しができない。ゲートムントはツァイネを残し、一人エルリッヒの指示に従う事にした。その言い分は、確かに間違っていないのだ。エルリッヒ自身の、実力に対する見積もりを除いては。

「じゃあ、何かあったら、いや、何も起こらないよう、いざとなったらお前がエルちゃんを守れ。いいな!」

「当然だって! 俺だって、何かあってからじゃ遅い事くらい、百も承知さ!」

 後ろ髪を引かれるような思いで、渋々ゲートムントはこの場から退却した。言われた通り人々の混乱を収めなければ、後で何を言われるか分からない。

 その様子を脇目に見ていたエルリッヒは、我が目を疑った。

「よし、これなら思い切り……て、ツァイネ君! なんで残ってるの! 二人一緒にって言ったじゃん!」

「それは聞けない相談だよ。エルちゃんのことが心配なんだから、俺とゲートムントのどっちかは残るに決まってるじゃないか! 少しでも危険になったら、何か起こる前に、手出しするからね」

 これは想定外だった。ツァイネがいては、思い切り闘えない。ただでさえこの小路はさほど広くないのだ。リザードと闘うのに不自由な条件が、あまりにも多い。

「そういう問題じゃなくて! あーもぅ、やりにくいったら!」



 執拗なリザードの攻撃は、噛み付きにタックル、飛びかかりなど、様々なものがあった。だが、エルリッヒは巧みな身のこなしでそれをことごとく回避していた。とはいえ、回避しているだけでは、相手の体力は奪えず、いつまで経っても討伐できない。せいぜい、疲れさせることができるくらいだ。なんとか、攻撃をしなければ。攻撃さえ出せれば、後はどうにでもなるのだから。

「このエルリッヒちゃんが、リザードごときに苦戦するわけないんだからっ!」

 噛み付き攻撃をひらりと右に回避すると、その勢いを殺さぬままにフライパンを振るい、土手っ腹に一撃を与えた。

『グェエエエエエ!!』

「おお! 効いてる!」

 その意外な効果に、思わずツァイネは拳に力が入る。しかし、それでもまだ一撃目が入っただけだ、討伐には至らない。やはり、油断できない事に変わりはなかった。

「だから言ったでしょ? 私一人で十分だって! まだまだ行くからね!」

 今度は脚を狙う。身を伏せ、上体を屈め、そのままフライパンを大きく振りかぶる。すると、今度はリザードが脚を掬われ転倒した。攻撃の流れが、こちらに傾いていた。

「転んだ隙に! おりゃあ!」

 今度は、まるでハンマーを撃ち下ろすかのように、フライパンで叩き付ける。そして、立ち上がるタイミングを見計らい、頭部への重い一撃を放った。

 教会の鐘の音を低くしたような、鈍い音が響き渡り、ついにリザードは昏倒した。脳天への直撃だったのだろう。

「行ける! これなら行ける!」

「ちょっと〜! ツァイネ君が油断してどうするの! まだ気絶してるだけだよ。トドメを、刺さなきゃね! 刺すって言っても、これは鈍器だけど……ねっ!」

 気絶が解けないうちにと、目の前で武器を構え、力を溜める。

「エルちゃん、一体何を……?」

「必殺技の、真似事! 前にお客さんから、護身用で教わったんだ!」

 ツァイネには感じられた。エルリッヒの力がどんどん高まって行く。とてもではないが、普段知っているエルリッヒのそれではない。よほど専門的に教えてもらったのだろうか。

「これで、終わりだよっ!」

 気合いを十分に混め、思い切りフライパンをスイングさせた。

『ギエェェェェェェェェェェッッッッ!!!』

 派手な断末魔を上げ、リザードは盛大に吹き飛んだ。そして、無造作に地面に叩き付けられた後、小さなうめき声を上げたかと思ったら、そのまま動く事はなかった。

「よっしゃっ!」

 小さくガッツポーズを取るエルリッヒ。対して、ツァイネの方が興奮していた。

「やった! すごいよエルちゃん! まさかこんなに一方的に勝てるなんて!」

「まあまあ。じゃ、ゲートムントが戻ってくるまで、ここで待とうか。一応、仲間がいるかもしれないから、見張りも兼ねて」

 のんびりとした様子で、二人は石畳の道に腰掛けた。おそらく、もうこの村は平和だ。

「とりあえず、ゲートムントと合流したら、さっさと寝たいよ。くたくた〜」

「ははっ。こっちとしては、聞きたい事一杯あるんだけどね。その身のこなしとか、今見せてくれた必殺技の真似事? とか、その自信とか」

 そんな事を言いながらも、町を守る事ができた安堵の気持ちの方が優っていたし、何より、こうしてエルリッヒと二人でのんびり座っている、このシチュエーションだけで十分だった。月明かりが、二人を優しく照らす。




〜つづく〜

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