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チャプター7

ー旅の途中ー




ーラインボルトの町ー

 その日の夜、一行はハインヒュッテの村への途中にある、ラインボイルトの町に到着した。平原のど真ん中にあるこの町は、これと言った産業や特産品はないものの、ボルト川がほど近い場所に流れており、貿易の中継地点としての役割をにない、小さいながらも栄えていた。

 村に入ると、まず四人は宿に赴き、宿泊の予約を入れた。夜通し馬を走らせるのは、馬も乗っている人間も疲れがたまり、まして道も暗く夜盗や狼などの活動も活発になり危ない。そのような危険を冒すのは得策ではない。できるだけ野宿を避け、近隣の町や村で宿を取るのが冒険の慣習となっていた。

「それじゃ、俺とツァイネで一部屋、エルちゃんとおっちゃんはそれぞれ一部屋ずつって部屋割りでいい?」

「オッケー」

「文句なーし」

「ははっ、私の分まで用意してくれて悪いね」

 普段から相部屋の多いツァイネはもちろん、一人部屋でくつろげるエルリッヒに、自分で部屋を取るつもりだったのがうせずに済んだ御者も、当然文句が出ようはずもなかった。

「じゃあ、部屋割りはそれでいいとして、この後どうする? どっかで飯にするか? 宿の食堂でもいいけど」

「それぞれ別々に過ごしてもいいし、一緒に過ごしてもいいしね。俺はせっかくだから、四人で食事に行きたいけどな〜」

「私と一緒でいいの? 私、こう見えても食堂の主だよ? 料理に文句言っちゃうかもしれないし、コックさんに弟子入りしちゃうかもしれないし、めんどくさいかもよ?」

「ははっ、エルちゃん、面白い事言うねぇ。私も王都に生まれ育って長いけど、エルちゃんのお店にはあんまり行った事なかったからなあ。噂は色々聞いてたけど、まさかこんな娘さんだったなんてね」

 そもそも、御者はゲートムント達とは顔見知りであった。遠方へ旅立つ時には、馬車が欠かせないからである。そして、冒険者が乗るようなお手頃価格の馬車を扱う御者は、その人数も限られている。だから、過去にも何回も利用して来たというわけだ。

 全くの余談だが、この国の馬車を取り扱う業者は、顧客の経済状態に応じて、料金別に数台の馬車を使い分けている。王侯貴族用の高級な馬車、冒険者や商人用の、ほどほどのグレードのもの、そして、お金のない者にも利用できるよう用意された、粗末な馬車。それを引く馬は同じ馬だが、乗り心地はかなり違っていた。

 いつか王侯貴族用の馬車に乗ってみたいというのが、民の憧れの一つとなっていた。依頼主に王侯貴族が多く、その際は紋章を提げるのが決まりになっているという事以外は、特に利用の取り決めはなく、お金さえあれば、誰でも利用できる。

「そもそも、エルちゃんが加わるって聞いた時は、驚いたよー」

「だろ?」

「俺たちも、止めきれなくてねー」

「ちょっと、ひどくない? 最後は納得してくれたじゃん!」

 四人は和気あいあいと話しているが、度々危険な冒険に随伴している御者からしてみれば、エルリッヒの申し出は異常としか考えられなかった。冒険の果て、魔物や盗賊と闘った結果で命を落としたり、治癒不能の怪我を負う戦士を数多く見て来た。もちろんギルドに登録してある傭兵の中には女性もいるが、女性と言えど経験を積み、きっちりと装備に身を固めて、その上で依頼に挑むのだ。武器はフライパン、しかも鎧ではなく一般の服に身を包んだ少女の同伴など、聞いた事がない。

 そして、もしエルリッヒが戦力として役に立ってしまえば、全国の女傭兵達の面目が立たないだろう。

「まあ、あのフライパンを持っちゃうとねー」

「不覚にも、頼もしく思ってしまったんだよ、俺たちも」

「ふふん」

「本当に? じゃあ、明日持たせてもらうよ。私もね、馬の世話をずっとしてるだろ? 力には自信があるんだよ」

 大きく胸を張った、エルリッヒの自信に満ちた笑顔は崩れない。それでも、やはり御者には理解できなかった。実際にフライパンを持つまでは、結論を出せないだろうが。いや、それだって、二人がおもしろおかしく話を盛っているだけかもしれない。王都では名の知れた二人が持てないほどの重たいフライパンなど、存在する事すら信じられないのだ。

「そんな事より、夕飯、どうする? 俺、正直腹ペコなんだけど」

「俺も俺も〜。じゃあ、どっか酒場を探そうか。この町はあんまり来た事ないから、そんなに詳しくないんだけど」

「さんせーい。四人で探せばいいお店に出会えるよ!」

「という事は、私も一緒で、いいんだね? じゃあ、そのお店でエルちゃんのうんちくを聞こうかね」

 四人はめいめい部屋に荷物を置くと、ロビーで落ち合い、揃って町へ繰り出した。




「それで、どんなお店にするの? 私は料理が美味しかったらどこでもいいけど」

「俺は腹が膨れればそれで十分だな」

「ゲートムント、そんな味気ない事を。せっかくこんな遠くの町まで来たんじゃない、もう少し情緒のある事言ってよね」

「まあ、ゲートムント君らしいけどね。さ、美味しいお店は足で探そう」

 四人は意外なほどバランスのいいチームとなって、舌もお腹も満足できるような店で夕食を摂る事ができた。はじめに宣言した通り、エルリッヒがうんちくをたれたりレシピを聞きに厨房に顔を出した事は、言うまでもない。

 だが、それにしても楽しい夜だった。




ーその夜、宿屋『リバーサイド・アイ』にてー


 カンカンカン カンカンカン

 楽しく食事をし、いい気持ちで眠っていたところに、小さく鐘の音が聴こえて来た。

「なんだ? おい、ツァイネ、起きろ。この警鐘、なんだろう」

「ん……ゲートムント。これ、野盗か何かかな。気をつけた方がいいかもね。エルちゃんと御者さん、起こす?」

 二人はすぐにも目を覚まし、気配を研ぎすます。傍らの武器を手に、窓の外にじっと耳を澄ますと、なるほど外は騒がしい。

「そうだな、野盗なら宿の客は狙われるし、気をつけてもらう事だけは、しておかないとな」

「じゃ、ちょっと行って来るよ。ゲートムントも、気をつけて」

 ツァイネが静かに部屋を出て行く。一人残ったゲートムントは、いつ野盗が襲って来てもいいように、じっと身を潜めた。

「全く、気持ちよく寝てたってのに」

 その愚痴には、想像以上の恨みが込められていた。




「エルちゃーん。御者さーん」

 一方のツァイネは、それぞれの部屋に静かに声を掛けて廻った。

「……ん、ツァイネ君、どうしたんだい?」

 しばらくすると、御者が部屋から出て来た。急に起こされても機嫌を損ねる素振りはない。こういう事は、慣れっこなのだ。しかしながら、部屋が裏手に当たるためか、警鐘の音に気付いてはいないようだった。事実、ツァイネたちの部屋でもその音はかなり小さく聴こえていた。

「さっきから、警鐘がなってるみたいなんだ。おじさんも、気をつけて」

「そういう事か。だけど、それなら私より、馬と馬車が心配だ。馬車の中には、まだまだ荷物が残っているしね。君たちのも、私のも。だから、そっちが心配だよ」

 寝間着のままに、慌てふためいた様子で階段を降りて行く御者。一人残ったツァイネは、今度はエルリッヒの部屋の前で、現れるのを待つ。鍵が掛かっているだろう事を差し引いても、足を踏み入れるわけにはいかない。

「もしかして、寝入ってるのかな。女の子だし仕方ないけど、一応は教えておかないと……」

 軽くノックする。が、返事がない。

「ちょっと気が引けるけど、返事がないんじゃ危ないよな。ごめんなさーい」

 安全のために施錠を確認すると、鍵は開いていた。

「え? 開いてる? もしかして、トイレかな……」

 今度は、意を決してドアを開けてみる。もしこれで中にエルリッヒがいようものなら、気付かれた時に何をされるか、どんなひどい目に遭うか分からないが、町に危険が迫ってるとなれば非常事態だ、やむを得ない。

 キィ、という音を立てて、ドアを開ける。わずかに開いた窓ガラスからは、緩やかな風と月明かりが差し込んでいた。

「いない……?」

 これはどういう事か。一瞬にして、戦慄が走る。慌てて自分の部屋に戻った。

「ゲートムント!」

「どうした、そんな慌てて。野盗に気付かれたらどうする」

 冷静なゲートムントは、事情を知らないのだ。これは仕方ない事だが、ツァイネはそれどころではない。

「いないんだよ、エルちゃんが。多分トイレか何かだろうけど、危ないから二人で探しに行こう」

「だな。ていうか、もっと焦れよ! エルちゃーん!!!! 今行くぞー!!!!!!」

 話を聞くなりゲートムントは大声を上げながら走り出した。

「やれやれ。って、美味しいところをやれるかっての。俺も行くからねー!!!!」

 すぐさま後を追うツァイネも、王子様になろうと必死だった。




ー宿の外ー

 相変わらず鳴り響く警鐘。何を意味しているのかはよく分からないが、この時間、住人達は大方寝静まっているようだった。警鐘に気付かないのか、警鐘が多くなれっこなのか、うらやましいほどに鈍感だ。だが、そんな中、エルリッヒは一人フライパン片手に、目抜き通りを歩いていた。当然、月夜の散歩ではない。

「この気配……人間じゃないみたいだけど……モンスターかな……私の手に余らなきゃいいけど」

 誰も騒いでいないのは、相手が人間でない証拠かもしれない。警邏隊が警鐘を鳴らすのは当然だが、相手がモンスターとなれば、それどころではない。そして、気付かず寝ている住人も多いだろう、村が思いの外静かなのも、無理からぬ事か。

「一応、護身用に持って来たけど……」

 黒く闇にとけ込むフライパンの底を見遣りながら、気配の主を探る。こんなところで戦闘なんて、本当に乗り気じゃない。早く、ゲートムント達が来てくれればいいのに。

 そう思っていたところで、何者かの声が聞こえた。やはり、人間ではなく、小さな雄叫びのようだった。

『キギャアァァァァァ!!!』

 月明かりに照らされたそれは、緑色をしたリザード。体高は人間の大人より頭二つ分くらい大きい感じか。ドラゴンの眷属ではあるが、危険度は比較にならないほどの下級モンスターである。トカゲが二本の足で立っているようなそのデザインは、しばしば脚力自慢に例えられる。確かに、一般の人間には脅威だろう。だが、実戦経験豊富なあの二人なら。いや、今は自分しか居ないのだ。一応、王都に移り住むまでの旅では、いろんなモンスターとも顔を合わせてきたが。

「はぁ……やるしかないかな」

 ぎゅ、とフライパンを握りしめ、リザードの前に立ちはだかった。

「来なさい!」



 ちょうどその頃、エルリッヒを探して走り回っていた二人が、リザードと、それに相対するエルリッヒを見つけた。

「いた!」

「え! あ、ホントだ。って、あれは野盗じゃない! リザードだ! エルちゃん、逃げて!」

 その叫びも空しく、リザードはエルリッヒに狙いを定め、威嚇を始めた。 ゲートムント達は、手にした武器を構えるのが精一杯で、エルリッヒの元へは近づけないでいた。下手にリザードを刺激してしまうと、自分たちが近付く前にエルリッヒに攻撃を始めるかもしれない。そう考えると、うかつに近付くのはむしろ危険だった。

「あ、ようやく来た! ここは危ないから下がってて!」

「ちょっとエルちゃん何言ってるんだ! それは俺たちの台詞だ! そいつは俺たちがやるからこっちに!」

「そうだよ! リザードが攻撃を始める前に早く!」

 二人の叫びを無視するかのように、むしろエルリッヒが頼もしい台詞を吐いている。一瞬、背後にいる二人の事を見ると、挑戦的な笑顔を浮かべた。

「大丈夫、あんな低級モンスター、一般庶民の私でも倒せるから! それにほら、これ、見えるでしょ? 大丈夫だから」

 エルリッヒの手に握られたフライパンが、月明かりを受け、淡く輝いていた。



〜つづく〜

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