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チャプター5

ーフォルクローレのアトリエー



「初めまして。私はこの二人の友達の、エルリッヒです。コッペパン通りで食堂やってます、よろしく。今日は、お話があってきました」

「は、はぁ……」

 この出会いを友情の始まりにすればいいのか、それとも宣戦布告にすればいいのか、自分でもよく分からないまま、とりあえず多少丁寧に挨拶をした。なんにしろ、挨拶は大切だ。

「で、お話ってなんでしょう。見ての通り今調合中で、ちょっと手が離せないんですけど」

 よく見ると、フォルクローレは少々すすけている。金色の髪も白い肌も、灰を被ったようにくすんでいた。そして、何より目を引くのは、杖の先の宝石が淡く光っていた事だ。意識しなければ気付かなかっただろう。これが、調合中という証拠なのか。

「じゃあ、フォルクローレさんがよければ、中ででもいいですよ。手を止めてもらうのも悪いですし。終わるまで待っててもいいですし」

「そう? じゃあ、狭くて悪いけど、中に入って。それと、あたしの事はフォルって呼んでいいから。エルリッヒさんは……」

 ドアを開きながら、親しげな瞳を向けて来る。どうやら人懐っこい性格のようだ。これなら、話も切り出しやすかろう、と思った。もちろん、一方ではあまり強い事は言えないかも、という懸念もあったが。

「私の事もエルでいいわ。みんなそう呼んでくれてるし。それじゃ、お邪魔するね」

「ちわーっす」

「こんにちはー」

 家人は目の前にいるフォルクローレ一人だが、なんとなくみんな挨拶をする。

「あたしの工房へようこそ!」

 案内されたそこは、非常にシンプルな造りをしていた。錬金術士の工房らしく、大きな釜が湯気を出している他、機材がごちゃごちゃと置かれた机、それに難しそうな分厚い本がしまわれた本棚。奥に見えるのが2階に上がる階段だろう。住まいは2階、という事か。確かに、四人が詰めるには少々狭い。その狭い室内を、なんとほうきがひとりでに掃き掃除をしていた。これが錬金術の力だろうか。初めて見る謎の道具に、三人とも驚きを禁じ得ない。

「適当に座ってー。椅子はないから、床の上に直だけど。今紅茶淹れるから待っててね」

「おかまいなくー」

「ありがとな」

「いつもありがとねー」

 ゲートムント達は前々から面識があるのか、勝手知ったる様子で座る。エルリッヒもそれに倣い、一緒に座った。

「ねえ、あのほうき、なんで勝手に動いてるの?」

 フォルクローレが2階に消えたのを見計らい、小声で訊いてみた。杖の先の宝石が光っていたのにも驚かされたが、それ以上にこのほうきがとても珍しい。出来る事なら自分のお店にも欲しいくらいだ。

「そんなの、俺も知らねえよ。フォルちゃんとは前から仕事してたけど、こんなの見たのは初めてだって。ツァイネは?」

「俺も。この工房には何度か来てるけど、俺も初めてだよ」

 やはり、三人とも珍しいのだ。そもそも、錬金術というものすらよく分かっていない。一般的に知られている「卑金属をうんとこさして黄金を生み出す」事を目的とした学問、という程度の知識である。

「お待たせー。三人とも、何話してるの?」

 2階から、三客のカップを手にフォルクローレが降りて来た。辺りに素敵な香りが立ちこめる。

「はい。で、何の話?」

「あぁ、ありがとう。えっと、このほうきが気になって」

 カップを受け取りながら、ほうきを指差す。何となく、埃が舞っていそうな感じだが、物珍しさの前には無力だった。フォルクローレは話の流れを察すると、嬉しそうに話し始めた。

「あぁ、あれ? あれはねぇ! ようやく完成したの! 生きてるホウキ! ある程度の日数しか持続しないんだけど、ああして自動で掃き掃除をしてくれるんだよ。作るの大変だけど、あれがあれば調合で忙しい時でも掃除しなくていいから、すごく楽なんだよね。もしかして、興味あるの? 次のが完成したら売ってあげようか」

「え、お金取るの?」

 さらりと「売る」と言われ、一瞬身を引いてしまう。商売人か。

「そりゃー、ただであげるのは無理だよー。すっごい手間ひま掛かるんだから。でも、エルちゃんは友達になれそうだから、安く分けてあげるよ?」

「そ、それはありがとう。値段が分かったら考えるね。あははー」

 ついつい出てしまう乾いた笑いが、心持ちをよく表していた。その、商魂逞しいのかえげつないのか、はたまた真っ当なのか分からないフォルクローレの姿勢に、男二人もついつい表情が引きつる。まさか、この紅茶まで代金をとられるんじゃないだろうな。

「あっと、ごめんね。調合に戻らないと。今目を離すと、嫌な結果になるかもしれないから。で、話って?」

「そうだよそう! 話! こっちも話があって来たんだよ! 二人に出した依頼の件。何あの無茶な依頼。おかげで二人が怪我したんだけど」

 ほうきの存在に目と心を奪われたせいで忘れかけていたが、なんとか思い出せた。大釜の前でにらめっこをするフォルクローレに向かって、本題を投げかける。

 当のフォルクローレは、背を向けたままで答える。

「で、友達として文句を言いに来た。そんな所? わざわざ、機密情報のはずの依頼主の事を聞き出してまで」

「うぐ。そ、その通りよ。でも、それだけじゃないんだけどね。竜の素材なんて残酷な物、なんに使うっていうの? そこまで聞かなきゃ、納得できない。納得できなきゃ、私は二人を止める事しか出来ない。危険な所に送り出す事なんて、とてもできない。この依頼、キャンセルさせるかもよ?」

 エルリッヒの決意は固かった。竜の素材を用いた練金というのも気になったが、よほどの物でなければ、とても納得はしないだろう。友達があんなに傷つくほどの依頼だ、許せるはずがない。

 それが、勝手なエゴだと分かっていても、自分の気持ちに蓋をする事など、とてもできなかった。

「使用目的、ねえ。賢者の石と武器と鎧と……後は……占いの道具と……とにかくたくさん。竜なんて、とてもじゃないけどあたしじゃ相手にならないから。こんなんで納得できるかわかんないけど、嘘はついてないよ。で、二人とも、竜はどんなだった? 闘ったんでしょ?」

「え? あ、ああ、まあな。灼熱色の鱗に覆われて、青く光る目をして、巨大な翼はただ羽ばたいただけで俺たちは風圧で飛ばされそうになったよ。駆けるそのスピードもすごくて、やっぱり俺たちは避けるのが精一杯だった。後、口からとんでもない火の玉を吐くんだよ。あんなのがこの国に生息してるなんて、恐ろしいったらなかったぞ」

「うんうん! 尻尾を振り回しての攻撃もかなりの勢いだったしね。なんとか足下に潜り込んで攻撃してたんだけど、効いてるのかどうかも分からなかった。あんなの相手にどう立ち回ればいいのか、夕べはずっと考えてたよ。まさに脅威って奴だね」

「ちょっと! 二人とも!」

 フォルクローレに水を向けられ、生き生きと語り出す二人。結局の所、二人は根っからの戦士であり冒険者なのだろう。強い相手と対峙したら、ワクワクして仕方がないのだ。

 分かっていた事とは言え、自分の気持ちとは逆行しているようで、自分一人だけが浮いているようで、少し悲しくなる。

「私は、二人に依頼を辞退させたくてここまで来たんでしょ? フォルさんに他の人に頼んで欲しくて、取り下げて欲しくて、ここまで来たんでしょ? 何生き生きと話してるの」

「い、いやー。だって、なあ」

「あ、ああ。やっぱ、挑むからには倒したい……じゃん? 請け負った依頼はこなすっていうプライドもあるし、騎士としてのプライドだって……ゲートムントは分かるよね!」

 二人は互いに互いをかばい合う。その様子はまるで蛇に睨まれた蛙だが、言ってる言葉に迷いは感じなかった。本心なのだろう。これを覆させるのは、困難かもしれない。

「あははー、やっぱりそうだよね! 二人に依頼してよかったよ。また挑むでしょ? なんなら納期ずらしてもいいし。タル爆弾、いる? 素材は鮮度も傷も問うから、気をつけてよね。てなわけで、エルちゃん、二人の気持ちは堅いみたいだけど。いくらあたしが取り下げても、勝手に挑むんじゃないかなあ。こう言っちゃ悪いけど、テコでも動かない気がするなー」

 ここからでは見えないその顔はどんな表情をしているだろうか。冷静に物事を分析し、淡々と話しているフォルクローレの様子が、エルリッヒにはとても憎らしかった。

 この子は、私の気持ちを百も承知で、それでも自分と二人の気持ちを優先させているんだ。

「ふ、二人にとっちゃ、利害の一致があったんだろうけど、わ、私は納得しないからね!」

「そんな事言わないでさー。エルちゃん、理解してくれよ! な! 頼む!」

「頼む!」

 フォルクローレの後押しを受けてか、二人の様子が少しだけ強気になっていた。これには、頭を抱えるしかない。

「よーし、出来上がりだわっ!」

 ボン! という音と共に、釜から盛大な煙が上がった。どうやら調合は成功したらしい。フォルクローレがくるりと向きを変え、エルリッヒに詰め寄った。

「エルちゃん、やっぱりエルちゃんの気持ちは友達としての独りよがりだと思うんだ。あたしにしてみれば利害の一致だけど、二人だって挑みたいんだから、やっぱりそこは尊重してあげるのも友情じゃないのかなあ。あたしはエルちゃんとも友達になりたいから、本当はあんまりキツい事言いたくないし、険悪になりたくもないんだけど、こういう事ははっきりしないとなタチだから、色々言うね。二人は、怪我をする事くらい覚悟の上でこの依頼を受けてくれたんだし、あたしだってそれを懸念したから高い報酬を出してるんだよ。この意味は分かるよね? で、難しい事が分かってるから、期限を長く設定してるの。ぜーんぶひっくるめて、お互い分かってる上の契約なんだよ。二人があたしの事バラしちゃったのはこの際いいとしても、分かってる上の話に割って入るのは、ちょっとやり過ぎじゃないかなー。そりゃ、友達の怪我を心配する気持ちってのも、十分に理解できるんだけどさ」

 かわいい顔のフォルクローレにこんな風に言われて、エルリッヒとしても黙ってはいられない。言ってる事は理解できるが、自分の気持ちが大切なのは、エルリッヒも同じなのだ。

「分かった。依頼内容が残酷なのは引っかかるけど、やめろとは言わないよ。ただ、心配なのは変わらないし、そんな依頼を出した事への怒りも消えたわけじゃないから。だから……だから……」

「だから?」

 押し殺すようなエルリッヒの言葉に、フォルクローレはきょとんとした顔で首を傾げる。

「だから、この依頼、私も付いて行く!」

「「「ええーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」」」

 予想だにしない前代未聞の申し出に、三人はただただ驚きの叫びを上げる事しか出来なかった。



〜つづく〜

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