チャプター4
ー翌朝ー
エルリッヒは朝からギルドに詰めかけていた。どうせお店は休みだ、急かす気持ちを持て余すなら、と思った。朝食代わりの差し入れに小料理を作り、昨日作った保存食や焼き菓子とともに、それを包んで持って行った。夕べはよく眠れたため、足取りは軽い。
訪れたギルドは朝から冒険者でにぎわっており、朝という時間を感じさせない。みんな、少しでもいい依頼を受けようと、必死なのだ。過酷な順番争いがそこにはあった。
果たしてツァイネとゲートムントはどこにいるのだろうか。一番に医務室を見たが、医師たちしかおらず、ベッドは無人だった。
「えーと……」
通い慣れたギルドをキョロキョロしながら彷徨っていると、食堂に見慣れた人影を見かけた。インナースーツ姿で身長差のある若い男性二人。すぐさま駆け寄り、声をかける。
「ツァイネ君! ゲートムント!」
その声に反応してか、二人はくるりと振り向くと、すぐに気の抜けた表情を輝かせた。
「「エルちゃん!」」
エルリッヒの存在はギルドでも大人気だ。他の冒険者もちらほらとエルリッヒの方を向く。しかし、当のエルリッヒが他の方を向いているので、自分に用はないのかと、すぐに表情を曇らせた。
この事に、エルリッヒ自身は気付かないでいたが、二人は少しばかり優越感に浸った。
「二人とも、もういいの?」
「もちろん。俺はもともと怪我が軽かったけど、ツァイネはちょっと傷が深かったからな、元気になってくれてよかったよ」
「大袈裟だなあ。エルちゃんはまだしも、ゲートムントは心配し過ぎだって。俺はそんなにヤワじゃないよ? 青の鎧は伊達じゃないんだから。俺たち、かなり強いコンビなんだから」
昨日の怪我をもろともせず、二人は明るく笑い飛ばす。それこそ自分に自信がある証拠であり、怪我が治ったと言う証拠なのだろう。一日で完治とはいかずとも、もう冒険に出られる程度にはなっているようだった。
「そっか、じゃあもう安心かな。そだそだ、これ、差し入れ。食事中だからどうかと思ったけど、せっかくだから一緒にどうぞ」
「ん、何? はっ、これは!」
「こ、この匂いは!」
二人はすぐに感づく。エルリッヒの料理と言えば、仮にも本職のものだ。このような場所で食べられるとは、なんとありがたいのだろうか。中身を確認するよりも先にゲートムントが受け取った。
「あ、ちょっと!」
「中身は何かな〜」
「こりゃあ楽しみだ!」
包みを開けると、木箱に入った小料理が数点と、見るだけで塩気がおいしそうな保存食、そして何より普段は滅多に口にしないお菓子が入っている。それらが、朝食として食べられる軽いものを中心に、ちゃんと二人分入っていた。その心遣いに、二人は揃って涙する。
「うぅ、嬉しいよ!」
「俺たち、こういうのに縁がないから。うぅ!」
「はいはい、大袈裟に騒がないで。みんな注目するでしょ? それに、代金は特別サービスで銀貨10枚だけど、いい?」
さあ払えと言わんばかりにさらりと右手を差し出す。二人とも腕利きの傭兵だ、お金はあるはずだ。ましてギルドの施設は国が運営しているため、利用は無料だ。これは傭兵や冒険者を守るためだけでなく、それを利用する人間に対する供給を維持するため、という目的もあったが、いずれにしろ、二人がお金を使う機会はあまりない。
「げー、銀貨10枚は高いよー」
「だよなー。ツァイネ、持ってるか?」
「高いなんて言わない! 愛情、とまでは言わないけど、心配する気持ちがたっぷりこもってるんだから、安い安い」
すでに口をつけているので引き下がる事はできない。ましてこんな風に言われては。二人は慌ててポーチを探す。ないはずはないだろうに、咄嗟に言われるとつい焦ってしまう。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ?」
「えーと……」
慌てふためく様子に、つい我慢していた笑いがこみ上げてきた。
「あはは、冗談だってば! 真に受けちゃって、二人とも。少しはありがたく感じた?」
エルリッヒがそんなにがめついはずはない、と信じていた二人は安堵感から大きく胸を撫で下ろすが、それを見ているエルリッヒはお腹を抱えて笑い出した。
「二人とも、安心し過ぎだよ〜。本っ当おかしい! うんうん、元気になったんだね。よかったよー」
「ひどいよー!」
「だな! 人の事からかって。けど、この料理がタダと分かればありがたさ倍増だぜ!」
食堂は楽しい笑いに満ちていた。
「それで、エルちゃんは俺達を心配して来てくれたの?」
「それはもちろんあるけど、ゲートムント、昨日の話、忘れたわけじゃない、よね?」
「ん、昨日の話? 何? 何? 俺が寝てる間に何か話したの?」
食事が終わって、カウンターの上を片付けるとそのまま話を始めた。基本的に、会話は年上のゲートムントが進めた。これはいつもの事で、年下だから、という事でツァイネは必要な時にだけ口を挟む。本人も、一番の出番は戦場と割り切っているので、とても気楽なポジンションだと思っていた。
「何って、俺達がどこへ何をしに行って怪我をしたかっつー話をしたんだよ」
「げー、それをエルちゃんにしたわけ? 反対されたろ。嫌な顔するの分かってたから詳しい事言わないで出てったのに。まさかゲートムントが話しちゃったなんて。まあ、仕方ないけど。はぁ……」
顔を手で覆い、ため息をつく。だが、成り行き上仕方なかったとゲートムントは開き直る。このいい加減な所がこのコンビの魅力なのだろう。そう思うと、ツッコミを入れる気にはなれなかった。
「実際、怒られたろ?」
「まあな」
「まあな、じゃないよ、まったくもー。ドラゴン討伐なんてどれだけ無謀な事か。それよりもツァイネ君、依頼主の所に連れてって。私が直接話を付けるから」
その目は真剣だった。大事な友達を危険な依頼に引き込んだ人間は許せない。だが、今ここで引き止めても無駄だと言う事は重々承知している。ならば、やはり当初の目論見通り、依頼主に会って交渉するしかあるまい。この結論は揺らがなかった。
「えぇ? 依頼主? でもエルちゃん、その辺、俺達の信頼に関わるんだけど。基本的に秘密なんだよ」
「そうそう。ゲートムントの言う通り。俺達は半ば信用商売だからさー、ホイホイ顧客の情報を教えちゃいけないんだよ。実際、ギルドには匿名の依頼なんかも来るし」
「じゃ、二人は依頼主の事知らないの? どうせこの街の人なんでしょ?」
話術では決してエルリッヒには敵わない。もとより男より女の方が口が立つのだ、交渉するにしろ、今ここで話すにしろ、二人は不利な状況に立たされているという事を理解しなければならない。
「そ、そりゃあ、依頼を出すのはこの街の人間が中心だけどさ……」
「ほらやっぱり。じゃあ案内してよね。それくらい、お安い御用でしょ?」
「だから、信用に関わるって……」
言いかけて、そこで口ごもった。ツァイネは直感的に悟ったのだ。これ以上口を開くと、何かしらの誘導尋問で話を都合よく持って行かれてしまうと。実際、二人が口を酸っぱくして言っている信用問題も、この街の中の話だ、秘密にするにも限界がある。ましてこんな怪しい依頼を出すような人間、そうそうはいない。探そうとしたらすぐ探せてしまうだろう。
「そもそも、その依頼主はドラゴンの素材を何に使うつもりだったんだろうねー。討伐したドラゴンから、鱗を剥いだり翼をもいだり牙を抜いたりするんでしょ? それって、ものすごく残酷じゃないの? そうまでして得たい物って、なんなんだろう……」
「そ、そこまでは俺達も。なあ、ツァイネ」
「そうそう。そこまで知ってたら苦労いらないって。だから、俺達は与えられた任務、請け負った依頼を着実にこなすだけなんだよ。知りたきゃ本人に直接訊かなきゃ。でも、俺達は話せないからね」
予想通り、口の堅い二人だ。普通に会話をしていたのでは埒があかない。ここは予定通り巧みな話術と強引な話術で進めるしかない。方針を決めると、表情を変えた。
瞳が、キラリと光る。
「話せないっていうなら、それはそれでいいよ。仕方ないから。でも、私は二人を危ない目に遭わせようとした人間を許せない。直接文句を言って、出来る事ならブン殴ってやりたい。私、こう見えても見た目通りに友達を大事にするタイプなの」
「そう、みたいだね、あはは。あはは……」
気持ちは嬉しいが、昨日の平手打ちを覚えているゲートムントは、乾いた笑いしか出来ない。それを見ていたツァイネが、不思議そうに首を傾げている。
「でも、殴るっていうなら、尚更教えられないんだけど……」
「分かってる。だから、個人的に人脈を使って調べちゃうけど、いい?」
「え、そ、それは……俺たちとしても恥ずかしいかも」
本来極秘でなければならない依頼主の情報が漏れたとあっては名折れだが、それ以上に、別ルートから探し当てられたというのは、尚の事名折れであり、恥である。それならば、然るべき理由の元に教えた、という事にした方がまだ体裁が立つ。
そういう業界内の常識があるからこそ、二人は瞬時に思い悩んでしまった。もちろん、エルリッヒはそれを知っていたからこそ逆手に取ったのだ。事実、幅広いお店の顧客ネットワークを使えば、今回の依頼主を捜し出すのはそう難しい事ではないだろう。二人が根負けするか、エルリッヒの人脈が勝つか、これは時間の問題だった。
「……仕方ない。ツァイネ、依頼主の事、教えてもいいか?」
「うん、俺も諦めたよ。エルちゃん、多分こういう時に本気出したら、俺たちじゃ太刀打ちできないだろうし」
二人は顔を見合わせてため息をついた。作戦勝ちというのか、根負けというのか、それは分からないが。
「じゃ、早速行きましょ。依頼期間が残ってるうちに話付けないと、まずいでしょ?」
すっと立ち上がったエルリッヒの表情は明るい。勝利の喜びなのか、話が進んだ事の喜びなのか、その辺りは二人には推し量れなかったが。しかし、一方でにこやかなエルリッヒの顔を見られるのは、喜ばしい事だ。であれば、今は深く追求しないようにしようと思った。
もちろん、この行動の早さには、少し戸惑わないでもなかったが。
「で、どこに住んでて、何やってるどんな人なの?」
「えーと……」
「道々説明するから。それで、いい?」
二人も席を立ち、そのまま武具を受け取りにクロークへと向かった。
ー職人通りー
エルリッヒと鎧を身にまとった物々しい二人は、職人通りにいた。それも、通りでも少し寂しい辺りである。土地代や借家の家賃は安いが、その分集客の見込めないエリアになる。当然、エルリッヒは普段こんな所に用などない。
「へぇ〜、こんな所に住んでるんだ」
「うらぶれてるでしょ? 依頼主の名前はフォルクローレ、通称フォル。職業は錬金術士、練金や調合の素材として火竜の素材が欲しいらしい。自分は非力だからとても行けない、という事でギルドに依頼が入った。こんな所でいい?」
「結局、べらべらしゃべっちゃってるよな。情けないというか、情けね〜。俺たち情けね〜よ」
涙ながらのゲートムントをよそに、二人はすたすた歩いて行く。辿り着いたのは、赤い円錐屋根が特徴的な、小さくてかわいらしい二階建ての家だ。煙突からは、絶えず煙が上がっている。
「ここだよ」
「へぇ〜。一人で暮らしてるんだ、その、フォルさんて人」
ドア越しに聞き耳を立てて見るも、ドタバタとした物音や、小さな爆発音が聴こえるばかりで、何が何だか分からない。やはり、虎児を得るには虎穴に入らなければ。
コンコン、とドアを叩いてみる。
『はぁ〜い』
聴こえて来たのは、鈴を転がしたような声。意外や意外、女の子だ。
(男じゃ……ないんだ……)
相手が同性である以上、仲良くなれれば嬉しいけど、下手をしたら泥沼の争いになるかもしれない。覚悟を決める。
「フォルちゃん、俺、ゲートムント。ツァイネも一緒なんだけど、いいかな」
『はいはい何々? 今行くからちょっと待ってね〜』
快活そうな返事だ。性格も良さそうである。少し、安心する。
『はいはいお待ちどう』
ガチャリ、とドアが開く。
「っ!」
「なんだこれ!」
「うわっ!」
すると、中から黒煙が噴き出して来た。一体中で何が行われて来たのか。錬金術士とはそもそもなんなのか。卑金属から黄金を創る学問ではないのか。謎は謎のまま、新たな謎を呼んだ。
「ちょっとー、二人とも驚き過ぎ。いつもの事じゃ〜ん」
「だってよー、この煙!」
「そうだよ。ゲホゲホッ!」
咳き込んだり手で仰いでいると、次第に煙は晴れて行った。
「で、なんの用? まさか、もう手に入ったの? って、あら? そちらの子は?」
「これが……フォル……さん……?」
目の前に立っていたのは、声色通りのかわいい女の子。自分より少し低い華奢な背丈に、魔導士のようなローブを身にまとっている。手には、不思議な宝石がはめられた杖が握られていた。何より目を引いたのは、陽の光に反射する長く伸ばされた金の髪と、海のような透き通る蒼い瞳。これが、錬金術士のフォルクローレか。
「初めまして。私はこの二人の友達の、エルリッヒです。コッペパン通りで食堂やってます、よろしく。今日は、お話があってきました」
「は、はぁ……」
友情の始まりにすればいいのか、宣戦布告にすればいいのか、自分でもよく分からないまま、エルリッヒは多少丁寧に挨拶をした。
〜つづく〜