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チャプター23

ーシュタイヒェン街道ー



 よく晴れた空の下、一台の馬車が街道を走っていた。二頭立てのそれは、馬に負担をかけないためか、急いでいないのか、さほどの速さは出ておらず、ゆっくりと走っていた。中からは、活気のある話し声が聞こえてくる。

「いやー、大変だったよな〜」

「ホント! さすがに死ぬかと思ったよ」

 ガラガラと馬車に揺られながら、ゲートムントとツァイネの二人は苦労話を繰り広げる。そんなツァイネの隣に座るエルリッヒは、穏やかな顔で二人を見ていた。無事に帰りの旅路につけてよかった、その幸せをかみしめながら。

「でも、結局なんであのドラゴンを倒せたんだろう…」

「さあな。俺たちだって気絶してたんだ、詳しい事はさっぱりだ。ただ、ドラゴンが怒り狂って突進やら炎やらで攻撃して来て、俺たちは気絶した。で、気付いたらドラゴンが倒れてた。わかってんのはそれだけだ。なぁおっちゃん、おっちゃんは何か見てないか? あの時何があったのか……」

 馬車内の小窓から、御者に尋ねてみる。御者はのんびりと手綱を操りながら答えた。

「いや、私も詳しい事は全然。ただ、途中から急に天候が悪くなって、雷が落ちたり嵐が吹いたり。だから、何かがあったのは間違いないだろうね。あ、そういえば……」

「そういえば?」

 御者は何を見たのか。男二人が身を乗り出す。自分達が気絶している間の出来事だ、気になるのも仕方のない事だった。これにはエルリッヒも穏やかな表情を崩してしまう。話を聞くだけなら、座ったままで十分なのだが、耳をそばだてて御者の言葉に意識を注ぐ。

「いやね、あの時、空を見てたらちらっとだけ見えたんだよ。なんか、桜色をした巨大なドラゴンの姿が。あれはなんだったんだろうね。君たちが闘ったドラゴンは赤い鱗って言ってたよね。だから別のドラゴンだと思うんだけど、多分、そいつが倒したんじゃないかな」

「巨大なドラゴン、か。あのドラゴンだって十分巨大だったけど、もっと大きいのかな。同士討ちっていうのも気になるけど、もし本当にそいつが倒してくれたんだとしたら、だったらなんで俺たちのことは襲わなかったのかな。だって、あのドラゴンを倒しちゃうほど強いんなら、俺たちのことなんてあっさり殺せるよね。でも、気絶する前と後で、特に怪我が増えたようなことはなかったし、俺たちのことは見逃してくれたってことなんだろうけど……まさか死んでるのと勘違いされたってわけはないだろうし……ううん、不思議なこともあるもんだよ」

「だな。それにしても桜色って、そんな色のドラゴンもいるんだな。もしかして、雌だったりしてな」

 ゲートムントは笑っているが、ツァイネはもう少し重く受け止めているらしく、表情が固かった。エルリッヒはと言えば、どことなく物憂げな瞳で車窓からの景色を見ていた。数時間前までいた、あの火山の裾野を。

「そういえば、エルちゃんは見てないの? その、桜色のドラゴン」

「そうそう。俺たちと一緒にいたんだし、何かあの時の事は見てねぇ? さすがに手がかりもないままじゃ、気になっちまって。で、どう?」

「どうって言われても、そのドラゴンは桜色だったん、でしょ? ていうか、二人は気絶して動かないし、ドラゴンはまだ生きてるし、森も草もあちこち燃えてたし、さすがの私も怖くなって、逃げちゃったんだ。で、少しして、静かになったから戻ってみたら、ドラゴンが倒れてたから、二人を離れた所に移動させて、それから様子を見て起こしたんだよ。不可抗力だと思うけど、ごめんね!」

 物憂げな表情はどこへやら、普段の明るい表情に戻って、二人に謝罪すべく手を合わせた。乾いた破裂音が響く。

「ひっでー、俺たちを見捨てたのかよー。エルちゃん、意外とやる事ドライなんだな……」

「だから、謝ってるじゃんかー」

「いいっていいって。ゲートムントも本気で言ってるわけじゃないし、あの時の事情を考えたら、当然だよ。結果的には倒されたんだし、何より、エルちゃんが無事だっただけで俺たちは嬉しいよ。もしあそこで俺たちが死んでても、天国で無事を喜んでたと思うよ。それにしてもさ、結局あのフライパンの出番はなかったみたいだね。まあ、それが一番なんだけど。俺の剣よりもリーチが短いし」

 ツァイネの援護射撃で、その場は収まった。と言っても、ゲートムントも茶化して言っただけで、本心では自分達を見殺しにしてでも、安全な所まで逃げて欲しいと思っていたので、その通り実行してくれて、その結果無事でいてくれて、嬉しく思っていた。。

「あ、そういえば! 途中の町でリザードをやっつけただけじゃん! せっかく持ってきたのに、なんかくやしー!」

「まぁまぁ。無事なのが何よりなんだからさ。それに、そんな機会はない方がいいんだよ」

「だな。俺も、エルちゃんが無事で一安心だったよ。怪我はしたけど、みんな無事だった。それが一番だ」

「おやおや、丸く収まったかい? それならよかった」

 事の顛末はどうあれ、無事任務を推敲し、今こうして楽しく帰路に就いている。その事だけで、みんな満足だった。

「……」

 再び憂いた瞳で火山を見つめ出したエルリッヒを除いては。




ー裾野の森・深部ー

「私は、お前を許さない」

 ゲートムントもツァイネも、怪我を負い、意識を失って倒れている。その様子を一瞥すると、エルリッヒは強い怒りを込め、ドラゴンを睨みつけた。

『グルルルル……』

 威嚇のつもりか、狙いを定めているのか、相対するドラゴンもこちらを見据えていた。さながら見つめ合っているような恰好だが、もちろんそんな素敵なものではない。友人二人を痛めつけられ、怒りに燃えるエルリッヒの瞳と、獲物でも品定めしているかのようなドラゴンの瞳だ。

 直後、ドラゴンは激しい雄叫びをした。まるで宣戦布告の合図であるかのように。

『ゴアァァァァァァッ!!』

 並みの人間なら、よほど性能の良い耳栓でもしていない限りは耳を塞いでしまうような雄叫びである。しかし、エルリッヒは耳をふさぐ事もなくその雄叫びをやり過ごし、負けず劣らずの勢いで叫んだ。

『そんな生易しい雄叫びが、私の耳に効くと思うな!』

『っ!』

 次の瞬間、ドラゴンの表情が変わった。想定外の驚きに満ちた、歪んだ顔だった。何か、嫌なものに出会ったようでもあった。

『キサマ、何故竜言語を話せる。ただの人間の小娘ではないな?』

 ドラゴンは、人間には理解できない言語で語りかけた。人間には、ただの唸り声にしか聴こえない言葉である。

『だったらどうするの? 私はしがない街娘、じゃあダメ? それとも、何か大いなる存在の方がいい? そんなつまらないことを機にするなんて、お前、まだ若いドラゴンだな? そうだなぁ、じゃあ、ちょっと話をしようか。この世界の生き物についての話を』

『下らん。下等生物の話に耳を傾けると思うのか? 今すぐ殺してやってもよいくらいだが、人間風情が竜言語を操る理由は、冥土の置き土産に聞いてやろう。話せ』

 ドラゴンの言葉は尊大だったが、エルリッヒの表情は落ち着き払い、先ほどの怒気を見せないどころか、眉一つ動く事もなかった。それどころか、どことなくエルリッヒの言葉にも余裕が見て取れる。言葉尻だけを捉えると、どちらともが互いを「いつでも簡単に殺せる」と認識しているかのようだった。

『よーし、いい心がけだ。じゃあまず、竜人族と、ドラゴンマスター。それに古龍ついての話をしてやろう』

 キラリ、とエルリッヒの瞳が光った。その光の強さに、ドラゴンは気付いていない。




〜つづく〜

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