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チャプター2

〜夜〜


ー竜の紅玉亭二階にある自室にてー




『大きな仕事に行って来る』

 そう言って無邪気に笑った顔がエルリッヒの頭から離れなかった。ベッドに潜り込み、寝よう寝ようと思えば思うほど、ツァイネの事が心配になる。

 悪い話に騙されているんじゃないか、危険な仕事なんじゃないか、他人に迷惑をかける仕事なんじゃないか。そんな心配は、いくらしてもし足りないくらいで、少しだけお姉さん気分でいるエルリッヒとしては、まだまだ年若く人生経験の浅い少年の事が、気になって仕方なかった。

 もちろん、大きな仕事であれば、危険なのは間違いないのだが、それを分かっていても、度合いというものがある。命の危険にさらされてしまっては、元も子もない。

「と、とりあえず、私に出来る事なんてないんだし、何かあったら元気づけてあげるだけよ!」

 彼の友人知人は、何も自分だけではないのだ。いくら親しくしているからと言って、あまり突っ込んで止めるわけにもいかない。適切な距離というものを考えた時、何かあってから慰めの手を差し伸べてあげるのが一番いいだろう、という結論を無理矢理出した。

「明日も早いし、寝なきゃ!」

 初秋の空気は冷たく、エルリッヒは布団を頭から被った。



〜数日後の朝〜

「エルちゃん! 大変だ! 大変だ! はぁ、はぁ、ツァイネの奴が!」

 買い出しを終え、食材の下ごしらえをしていた所に、ツァイネの傭兵仲間であるゲートムントが突然駆け込んで来た。激しく息を切らせている様子から、緊急事態らしい。事実、彼が愛用している鋼鉄製の鎧にも、3メートルはあろうかという長槍にも、まだ赤い返り血が付いている。これは、どこかで一戦交えて来たという事の表れではないか。あるいは、彼がツァイネと決闘でもしたと言うのか。それにしては、様子がおかしい。そもそも、ツァイネは傭兵としてはゲートムント以上の実力を持ち、ギルドの登録でも彼より上のランクになっていたはずだ。よほどの事がない限り、負けると言うのは考えられない。この、見るからに違うリーチの差を考慮しても。

 そして、返り血はもう固まっているのか、見た目に固そうである。という事は、相応に時間が経っているという事の現れではないか。

 という事は、やはり、「何か」あったのだ。これが、この間話していた「大きな仕事」にまつわるエルリッヒの不安的中でなければいいのだが。願わくは、「女の勘」が外れますように。普段の直感力が発揮されませんように。

「ゲートムント! 一体どうしたの! ツァイネ君が何かあったの?」

 心の中で小さく祈りながらも、瞬時に状況を推測すると、下ごしらえの手を止め、ゲートムントに話を訊いてみた。事と次第によっては、今日の開店は無理かもしれない。

「事情は後から説明するから、とにかくギルドまで来て欲しいんだ。今、あそこの医務室で手当てを受けてるから」

「うん……分かった」

 何故自分を招集したのか、その理由はさっぱり思い当たらなかったが、それでも、ただならぬ状況だという事は十分に理解できる。下ごしらえ真っ最中の食材を保存食用のツボに押し込み、入り口に「本日臨時休業」の札を下げると、手短かに身支度を整えた。

「それじゃ、行くよ」

「うん!」



 ギルドまではエルリッヒの足で走って十分と掛からない。ゲートムントも重たい装備を身につけたままなので、やはりあまり速くは走れない。二人がギルドに付いたのは、目測通りのおおよそ十分後だった。

「ツァイネ君!」

 勢い良く医務室に駆け込むと、そこには包帯で顔を覆われながら、ベッドに横たわるツァイネの姿があった。傍らでは、ギルド付きの医師が薬草などを塗っている。

「先生、ツァイネ君の様子は……?」

 心配そうに尋ねたエルリッヒの顔を見て、医師は何かに気付いたようだった。

「君は確か、食堂の……」

「はい。竜の紅玉亭のエルリッヒです。それで、容態は……」

「致命傷ではないわ。ただ、いくつか深い傷があるのと、この通り傷が多いのが問題ね。この鎧が頑丈だったのは何よりだったわ」

 隣で付き添っていたナースが代わって答えてくれた。まだ事情を教えられていないとは言え、とりあえずは安心だろうか。少しだけ緩んだ表情は、傍らに置かれた鎧を見て、また険しくなる。とても鮮やかな青色が、今は赤く染まっていた。二人とも、一体「何と」闘ったと言うのか。

「それで、話はできますか?」

「いいや、今しばらくは安静にしていないと。それにほら、まだ気を失ったままだからね。無理に起こすのはよくない」

 エルリッヒとしては、事情が知りたかった。一体どうしてこうなったのか、大きな仕事と言うのがこれなのか、そもそも、どんな仕事だったのか。

「エルちゃん、事情なら、俺が話そうか」

「ゲートムント。うん、お願い。じゃあ、あっちで。先生、お願いしますね」

「こちらは任せておきなさい」

 医師にツァイネの事を任せると、その足で傭兵や冒険者の集う広間に向かった。ゲートムントが嫌な顔をしなかったと言う事は、訊かれてマズい話はない、という事なのだろう。一応気を遣って、カウンターの端に座る。

「じゃあ、ここで話そうか。っと、その前に、鎧、脱いでもいいかな」

「もちろん。それ着たままじゃ重いだろうし、私もちょっと話しにくいし」

 エルリッヒは、自分の赤毛よりも尚赤い、鎧に付いた返り血が、嫌だった。状況が状況だ、今すぐ洗え、とはとても言えないが、次に会う時には、綺麗に洗い流して欲しい、と思った。

 手慣れた手つきで鎧を脱いで行くと、真っ黒いインナースーツに身を包んだゲートムントが出て来た。どこからどう見ても、身軽そうだ。鎧と槍を傍らに置くと、エルリッヒの隣に陣取る。食堂の客にとって、大人気のエルリッヒと席を並べるという事は、少しばかり光栄な事と思われていた。ゲートムントはその光栄に預かる事に緊張しつつ、話を始めた。

「じゃあ、どこから話そうか」

「ツァイネ君が言ってた大きな仕事っていうのが、今回の件なのかどうか、て所から」




「ーーこれが、俺があいつとやった仕事の全容だよ」

 数分後、ひとしきり話を終えると、ゲートムントは席を立ち飲み物を買いに行った。一人になって、エルリッヒは事情を反芻し始める。聞き出せたのは、これが「大きな仕事」に挑んだ結果だ、という事と、そのために少し前から二人で街を出ていた、という事。それに、大きな仕事に挑んだ結果、より積極的に闘っていたツァイネが手痛いダメージを被り、命からがら逃げて来た、という事。そして、エルリッヒを呼んだのは、ツァイネが彼女を好きでいるらしい、という話を聞いたから、という事。それはそれで驚きだったが、それよりも何よりも情報として大きかったのは、その目的である。

「ドラゴン……退治……」

 深刻そうに呟いたその表情には、戦慄が見て取れた。報酬の話までは聞いていない。金貨何枚で請け負ったかは知らないが、彼らは一体なんと愚かで危険な仕事を引き受けたのだろう。そして、そんな無茶な依頼を出したのは、一体どこのバカなのか。

 この世界には、様々な生き物が住んでいる。しかし、この国の中で出会う事のできる生き物の中でも、最も強く、最も凶悪だと言われているのが、ドラゴンである。

 人間にも匹敵する知性を持ち、人間を遥かに越える巨大な体躯、長い寿命を持ち、その口には鋭い牙が生え、そこからは灼熱の火球を吐き出すことが出来、翼は大空を舞い、長く伸びた尻尾は振り回しただけで周囲の木々をなぎ倒すほどの勢いを持ち、その堅い鱗は、並みの武器では傷一つ付けることが出来ない。

 これが、一般に知られ、言い伝わっているドラゴンの様子である。もちろん、知性を持っているからと言って、人間に対して友好的なわけではない。

「いくらなんでも、無茶よ……」

「無茶だって事は、百も承知さ。だから、金貨三十枚なんて報酬が出るんだろう?」

 いつの間にか、ゲートムントが戻って来ていた。手には、ジョッキに注がれた黒いビールが。仕事の後の一杯というよりは、悔しさや歯痒さを押し流すための一杯と言った趣きだろうか。

「北の火山帯に出るってんで、馬車をかっ飛ばして行って、馬車は麓の街で待たせてあったんだ。おかげで、こうしてここまで帰って来られたけどね。依頼主の目的は、俺達も聞いてない。ただ、自分が行けないから、凄腕の傭兵に依頼した、てだけの話らしくてね。他の皆は、さすがに尻込みしたさ。俺達だけだったよ、勇敢だったのは。いや、勇敢だと思い込んでた、てのが正確か。ドラゴンはあまりにも強かったよ。無謀だった……あの火の玉みたいなのを避けられただけで、めっけもんだったよ」

「こてんぱんにやられたみたいだね。だけど、色々許せない。ねえ、その依頼主の所に案内してくれない? 私が直々に取り下げさせる。後、治療費も出させないと」

 胸の奥から沸き上がる憤りは、エルリッヒの理性をしっかりと支配していた。なぜ友人に過ぎない自分がそこまで義理立てするのか、冷静になって考えればその理由はなさそうなものなのに、今はそういう事を考えるほど落ち着いていられなかった。

「ちょ、ちょっと、エルちゃん、いくらなんでもそれは……俺達は、できればこの依頼を完遂させたいんだ。まだ、期間は残ってるしね。だから、もう少しだけ、待って欲しい」

「ゲートムント、バカ言わないで! ドラゴン相手にどうやって勝つっていうの。勝算は? いくらなんても無茶すぎる!」

 ゲートムントの顔つきは真剣だったが、エルリッヒとしても引くわけにはいかない。こればかりは、諦めさせなければ。少なくとも、ツァイネは大怪我をして意識を失っているのだ。

「この先、ツァイネ君が回復したとして、また行くの? それで、今度はゲートムントが怪我をして、もっと重症になるかもしれないんだよ。二人とも大怪我をしたら、誰が助けるの? 命を捨てる仕事じゃないでしょ? バカ!」

 パァン! と平手打ちの音が響いた。思わず、手が出てしまっていた。

「心配してくれてありがとう、と言うべきなんだろうね。だけど……」

「知らない! どこへなりとも行けばいいよ! じゃあね」

 最後まで話を聞かず、勢い良く立ち上がるとそのままギルドを出て行った。

「エルちゃん……」

 一人残されたゲートムントは、少しだけ冷静になれた。

「ただの友達、食堂の主と客って間柄なのに、こんなにも心配してくれてるんだな」

 見た目以上に強い力で放たれた平手打ちは、戦士であるゲートムントをして、とても痛かった。実際の傷みもすごかったが、それと同時に、心の傷みも大きかった。エルリッヒをここまで心配させた事、怒らせてしまった事、何より自分が意固地になっている事が、伝わってしまった。

 それが功名心なのか、傭兵としての当たり前の向上心なのかは自分でも分からない。それでも、少し冷静になって、このままではいけない、という事だけは判断できた。

「お店に行くのも気まずいし、依頼を今更断るのも癪だし……ツァイネが起きたら、二人で決めるか……」

 いくら自分の方が年上だからと言って、ツァイネの方が実力は上だ。依頼について一人で決めるのは、良くない。だが、問題は、エルリッヒだ。怒らせ、悲しませてしまった。去り際、叫んだ声には、どことなく涙が交じっていたように感じる。そんな状態でひょっこり顔を出すのは、いかにも無神経。だからといって、このまま会わずにいるのも、気まずい。

「あー、こういうのが一番苦手なんだよ!」

 頭を抱えたその姿に、一部始終を見ていた周囲の傭兵仲間も、声をかけられないでいた。


〜つづく〜

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