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チャプター12

ーシュタイヒェン街道ー



 鎧を着込んだ二人が、いよいよ本格的な反撃に出る。二人が得意とする連携攻撃の一つ、クロスシフトのためにツァイネが前進し、フレイムリザードに斬り込んで行く。そして、ゲートムントは一歩後ろに下がり、槍を構え、じっと狙い澄ます。ツァイネが作り出す最適な攻撃タイミングに、最も大きなダメージを与えられる部位を攻めるために。

「はぁっ!」

 鎧を着る事によって重さを増した攻撃が、フレイムリザードの鱗や甲殻を確実に斬りつけて行く。ツァイネの剣はそこらの店で売っているような生半なものではない。そのため、強固な相手の体を斬りつけようと、刃こぼれ一つ見せなかった。二人にとって、かのドラゴンに比べれば同じ竜の仲間と言っても、このフレイムリザードはかなり下位のモンスターなのだ、こんなところでダメージを負っている余裕はない。同時に、こんなところで武器の切れ味を消耗していいはずがなかった。

「とりゃ! たぁっ!」

 先ほどよりも軽快に見える動きで、消耗を誘う。途中途中で噛み付きや突進、それにタックルや尻尾の振り回しといった攻撃を受けたが、ツァイネも伊達で鎧を着ているわけではない。騎士団にいた事の証となるこの鎧が、これしきの攻撃は見事に防いでいた。少なくとも、攻撃の手が緩むようなダメージにはなっていない。

「やあぁぁぁっ!」

 大きな隙を作ろうと、武器を両手に持って振り下ろしたその刹那、

「まずいっ!」

 一歩後ずさりしたフレイムリザードの口から、燃え盛るものが見えた。火炎放射の前兆である。大きくかぶりを振って、灼熱の炎を吐き出す。これにはさすがのツァイネも攻撃の手を止め、防御に徹するしかなかった。鉄とは違う素材で作られ、その分熱伝導の弱いこの鎧が、幾分熱ダメージを和らげてくれる。それでも、鎧の内部はしたたかにその温度を上げていた。

「ひゃー! たまらん! これはさすがに!」

「ツァイネ、大丈夫か!」

 少し離れたところにいるゲートムントにも、その熱さは十分伝わってきた。ツァイネは今、この熱さをもっと近い所で喰らっているのだ、目的があるとは言え、安穏とこの場に留まっていてもいいものか、少しだけゲートムントの脳裏にためらいが去来した。

「ゲートムント、迷わないで! 炎を吐き終わったら少し隙が出来るから、そこを狙って! 俺はすぐに退避する!」

「お、おう! そうだったな。俺より速くて防御の固いお前が隙を作って、お前より攻撃力の高い俺が大きなダメージを与える。それがクロスシフトの本懐だ! よし、任せろ!」

 その一瞬の隙をじっくりと見定める。炎を吐き終わり、首が正面のツァイネを向いたその瞬間、

「今だ!」

 ツァイネは大きく叫び、すぐさま右に飛び退った。

「うおりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 そのタイミングに合わせ、ゲートムントは駆け出す。槍を前方に構え、急所目掛けて突進を放つ。これこそ、槍使いである彼の本領であると同時に、十八番とも言える攻撃だった。

 一瞬の隙を突く恰好になる。これにはフレイムリザードも対処できないまま、槍の穂先は生々しい音を立て、赤い鱗を刺し貫いて行った。

「どりゃああああああ!!!!!!」

 長いリーチの槍が持つ最大の魅力は貫通性能である。深々と槍の突き刺さったところに、突進による移動の振動が加わり、尚一層のダメージを与えていた。

「ツァイネ、今度はお前だ! 決めてくれ!」

「分かった!」

 クロスシフト第二の狙いは、ゲートムントの攻撃によって大きなダメージを与える事だけではなく、然るべき時間の隙を作り出す事だった。ツァイネがもう一度攻撃を加え、絶命に至るダメージを叩き出す。しかし、ツァイネが大きな威力の攻撃を繰り出すには、本来の持ち味であるスピードを殺さなければならない。そのための隙が必要だった。

 ゲートムントは必死に槍を掴み、逃がさないよう、身動きさせないよう、拘束する。

「くっっっ!!」

「いよっし! 騎士団近衛隊奥義、紫電一刀斬!」

 飛び上がったツァイネによる、大地に突き刺さる雷のような重く鋭い一撃。それがフレイムリザードの脳天を直撃した。

『グギャァァァァァァ!!!』

 悲鳴を上げ、大きくのけぞった。そして、のけぞりながら、口からは再び炎が吐き出される。その勢いと熱に、思わず槍を離してしまった。槍とともにフレイムリザードは遠のき、そして、次第に動きが弱くなって行った。

「やったか?」

「さあ、どうだろうね。まだ槍は刺さったままだし、俺の一撃は確実にヒットさせたから、生身の生き物だったらそう長くは生きてられないはずだけど……」

 ぐったりとした足取りで逃げようとしているフレイムリザードを、油断を殺した眼差しで二人は見つめる。そして、その体から落ちていた赤い血痕が、途切れた。

 勝利である。

「よっしゃー!」

「勝ったー!」

 ドラゴン退治の前哨戦のつもりだったフレイムリザードの討伐、それでもうれしい気持ちに一切の偽りはなかった。二人はハイタッチで喜びを分かち合う。

「そんじゃ、素材を頂きますか」

「だね。あんまこっちの方じゃ見ないモンスターだし、なーんか、いいアイテムの材料になればこれ幸い」

 武具の素材にも使える鱗や甲殻を手に入れようと近づいた二人。絶命したフレイムリザードの体には、ゲートムントの槍が突き刺さったままだった。断末魔の炎に巻かれ、黒こげになっている。

「あーあ。ゲートムント、この槍どうするの? これじゃあ使えないような気がするんだけど。鎧と違って、穂先に付いてる血の曇りも凄そうだし。いいの?」

「んー、そうだなあ、これはここに捨ててくしかしゃーないだろ。ま、どうにでもなるって」

 意外にも、愛用の武器を失ってしまう事にドライな対応を見せた。もしツァイネが戦闘中に武器を失ったら、とてもではないが落ち着かない。ツァイネの持論によれば、武器というのは、手に馴染むのに時間がかかるのだ。新調すればいいという問題ではない。

「それよりも、今は素材だろ、素材」

「うーん、それでいいのかなぁ。ま、その表情は信じさせてもらうけどさ」

 晴れがましい顔をしていたゲートムント。ツァイネもさすがにこれ以上の追求は出来なかった。




「ん、あの二人、勝ったみたい。やるじゃん!」

 馬車で経過を見ていたエルリッヒ達にも、二人の勝利は伝わってきた。馬車の中で待つエルリッヒと、馬車の外で待つ御者とでは、ハイタッチは出来なかったが、ガラス越しにハイタッチをしたくなるような喜びが涌いていた。

「さすがに、名うての傭兵だな」

「傭兵ってのはイメージないけど、カッコいいとこ見せてもらっちゃったね」

 二人は窓越しに会話する。それぞれ、少しずつ違ったイメージで見ているらしかった。

「そうだね。それと、私は色んな仕事に随伴してるから、何となく傭兵っていうイメージなんだよ」

「そっか。おじさん的には傭兵なんだねぇ。……それにしても、なんでフレイムリザードがこんなところに。あれはもっと南方の……」

 最後は誰にも聴こえないような小さな声で、呟いた。

「おー、二人ともお待たせ。なんとか勝ったぜ」

「ま、ドラゴン退治の前哨戦としちゃ、まずまずだったな」

 清々しい顔の二人が、ようやく馬車まで戻ってきた。そして、早速鎧を脱ぎ始めている。

「あー、鎧を脱ぐとせいせいするな」

「だね。一気に体が軽くなる感じがするよ」

 見ると、ゲートムントが武器を持っていない。

「ねえゲートムント、槍、どうしたの?」

「あぁ、エルちゃんもそれ訊くんだ。さっきの攻撃で、あいつに黒こげにされちゃってね。さすがにあれだけの敵を相手に手抜きはできなかったし、穂先も血まみれだろうし。打ち捨ててく事にしたんだ。こういうのって、気にしたら負けだぜ?」

 気楽に答えるが、エルリッヒが考えていた事は、ツァイネが心配していた事と同じである。ここで槍を失って、この先どう対応するつもりだというのか。目的地であるハインヒュッテの村には、腕のいい武器職人がいるとでもいうのか。

「さー、鎧も片付けたし、出発出発!」

 話題を打ち切るかのように、ゲートムントが馬車に乗り込む。それに続いて、少し苦笑いのツァイネも乗り込む。二人しかその中身を把握していない大荷物から取り出したのか、ゲートムントの腰には、一応の短剣が提げられていた。

「あ、その短剣」

「あんまし心配かけても悪いだろ? 一応、護身用に色んな武器も積んであるんだよ。それが、俺たちのたしなみだから」

「こーんな貧弱な武器じゃ、どこまでやれるか怪しいけどね」

 というツァイネのツッコミに、笑いが起こった。なんだかんだいっても、お気楽道中である。

「それじゃ、モンスターも倒したし、ハインヒュッテの村に向かうよ!」

「了解! しっかり捕まっててくださいよ?」

 意気揚々、御者が馬に鞭を走らせた。馬にとってはいい休息になったらしく、馬車は元気よく走り出した。



 竜が棲む火山の麓、ハインヒュッテの村までは、後半日の道のりである。



〜つづく〜

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