表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/31

チャプター10

ーシュタイヒェン街道ー


 こちらを睨みつけたまま、低く唸り声を上げるフレイムリザード。鋭い牙が並ぶ口からは、小さく炎が漏れ出ていた。虎の子の火炎攻撃は一体いつ使ってくるのか。想像以上に強力な物理攻撃にも気をつけなければならないが、何よりも炎に気をつけなければならない。

 ダメージがどうのという問題ではなかった。いや、もちろん炎の攻撃を受けようものなら、手痛いダメージを負ってしまい、ドラゴン退治どころではなくなってしまう。が、それよりも何よりも、この馬車にはフォルクローレから提供してもらった爆弾がいくつも積んであるのだ。もしそれに引火しよう物なら、馬車がまるごと大爆発してしまう。そのためにも、そしてエルリッヒと御者や馬の安全のためにも、そんな事態だけは避けなければならなかった。そのために、まずは馬車から離れなければならない。その次に、ゲートムントが鎧を着込んで戻ってくるまで、なんとか一人で持ちこたえなければならない。

「大きさはそこそこかな。まずは、あいつを引き付けて……」

 スラリと剣を抜き放ち、それを構えて対峙する。距離はおよそ5m、決して近くないが、十分な間合いとも言えない。だが、迷っている暇も、作戦をあれこれ考えている暇もない。まずは一閃、場を牽制すると共に、自分達が油断ならない相手だと植え付けなければならない。

「はぁっ!」

 勢い良く踏み込み、すれ違い様に一筋斬り込む。もともとスピード自慢のツァイネは、すれ違い様の一撃や目視が難しいほどの素早い攻撃が得意だった。まずはフレイムリザードに攻撃されないよう、一閃攻撃を続ける。そして、それと同時に少しずつ立ち位置を変え、馬車との距離を開かせる。

「はぁ……はぁ……」

 いくらかの攻撃を繰り出した後で、小休止を取る。あまり連続で攻撃しては、疲労のせいでフレイムリザードの攻撃が放たれた際に防御や回避ができなくなってしまう。

 軽く息を切らしながら、様子を伺う。確かに攻撃は通っているが、いかんせんスピード重視の攻撃だ。決定的な威力には乏しい。

「鱗が……固いな……」

 全身を覆う鱗と、その鱗が固まってできた甲殻がこちらの攻撃を軽減しているようで、実際に与えたダメージは予想以上に小さかった。しかも、そのせいか、フレイムリザードの息が荒くなっていた。

『グオォォォォォォ!』

 突如、激しい雄叫びを繰り出し、その場にいる者の耳をつんざく。

「っ! しまった、怒らせた!」




「ちょっと、何あの雄叫び! 怒らせちゃったんじゃないの?」

「何? エルちゃん! 何言ってるか分かんないんだけど!」

「私も、耳を塞ぐので手一杯で!」

 馬車でも、すぐ側で鎧を着るゲートムントすらその手を止め、御者とともに自らの耳を塞いでいた。この轟音を前には、とても平静ではいられない。聴覚の保護こそ大事だ。

 エルリッヒの様子が気になり車窓から中を覗くが、耳を塞いでいる様子はない。どうやら車内はある程度音が遮られているようだった。

 あんな雄叫び、まともに聴くものではない。なんとなく、安心した。が、ツァイネの置かれている状況は、反対に危険度が増している。

「……ツァイネの奴、怒らせちまったか。俺も、急がないと!」

 ゲートムントの声も明らかに変わっている。それを聞いたエルリッヒは馬車の窓を開け、ひょっこりと顔を出した。

「え? やっぱそういう事なの? あいつ、怒っちゃったの? ちょっとゲートムント、早くしなさいよ! このままじゃツァイネ君が危ないじゃん! あっちは、生身なんだから!」

「ちょ! エルちゃん!? 着替え中着替え中! それに、状況は十分わかってるって! だからこそ、きっちり装備を整えてるんだし! 戦場に戻った時に装備が不十分だと、俺が危険な目に遭うかもしれないだろ? そうなったら、絶対やばいからね! あいつを守るためにも、馬車と二人と、後馬たちを守るためにも、ここでしっかり準備しないとなんだよ! とはいえ、のんびりはしてられねーか!」

 まるで背中や尻を蹴飛ばすかのような勢いで急かすエルリッヒ。その声に呼応するように、ゲートムントも鎧を着る手を早めた。確かに、怒り狂ったモンスターはどれほどの凶暴さを見せるか分からない。ましてフレイムリザードは南方に生息しており、戦闘経験がない。何しろ炎を吐くというのだから、恐ろしいことこの上ない。

「ゲートムント、待ってろよ!」




『グワァッ!!』

 フレイムリザードが鋭い牙をむき出しにして飛びかかって来る。ツァイネはそれを剣で受け止め、なんとかダメージを防ぐ。が、その勢いしたたかに重く、受け止めた脚ががくりと沈む。

「うっ!」

 遠目には小柄に見えたが、目の前に迫ってみると予想以上に大きく、加えて大きさ以上の威圧感があった。末席とは言え、これが竜か。ツァイネが苦しげに顔を歪ませると、剣を噛み砕けないと判断したのか、フレイムリザードは飛び退った。あちらも、作戦を変えるという算段なのかもしれない。

「なんとか防げたか。でも、こんなところで負けるわけにはいかないし、こんな奴に苦戦するようじゃ、あのドラゴンになんか、勝てない! なんとかしなきゃ!」

 剣を構え、体制を立て直す。確か、フレイムリザードには尻尾を振り回す攻撃もあったはずだ。やはり、間合いを詰めすぎないようにしなくては。しかし、今度は自分の攻撃が届かない。先ほどの攻撃があまりダメージを与えられないのも、すでに実証済みだ。それをして尚、何かしらの手を講じなければならない。

「ゲートムントが来るまでに、もう少し弱らせておかないと!」

 なんとか隙を伺おうと凝視すると、先ほどとは明らかな変化が見て取れた。口の端から漏れる炎が、大きくなっている。それは、炎を吐く前兆だった。

「やば!」

 その行動に気付いて慌てて回避するが、一帯を薙ぎ払うように吐き出された炎は、ツァイネの体をわずかに焼いた。

「熱っちゃっちゃ! これだよこれ、恐れていたのはこれなんだ!」

 炎はすぐに収まったが、辺りは小さな焼け野原になっていた。焦土をこれ以上増やすわけにはいかない。なんとしてでも、攻撃を緩めさせなければ。

「たぁっ!」

 まずは、威力が弱いと分かっていても、素早い一撃を重ねる。

「はぁっ! やぁっ!」

 威勢のいい掛け声と共に、無数の攻撃を繰り出して行く。相変わらず強固な鱗に阻まれ、攻撃はあまり通っていないが、それでも、何もしないよりはよほど確実にダメージを刻んでいた。

「たぁっ!」

 いくらか攻撃をし、再び飛び退って間合いを取る。そして、すぐさま相手の方を見て、様子を伺う。すると……

「えっ?」

 こちらの攻撃を受けた直後だというのに、間髪入れずに突進を繰り出していた。飛び退った事で、いくらかの余裕は生まれたが、それでも尚、この突進は直撃コースだった。

「やられるっっっっ!!!」

 大きなダメージを覚悟した直後、ガキン! という盛大な金属音が響き渡った。

「ふぅ、間一髪だったな」

「ゲートムント……遅いよ……」

 現れたのはゲートムント。咄嗟に駆け出し、突進を尺の長いその槍で受け止めていた。なんとか、鎧の装着が間に合ったらしい。

「文句言うなって。俺だって、精一杯だ。こいつ、こんなに強かったのかよ。悪かったな、今まで待たせちまって」

「いいよ、もう。それより、今度はゲートムントが持ちこたえる番だからね」

 ツァイネは這々の体でその場を離れた。一人残ったゲートムントは、慎重な瞳をしていた。

「さて、今度は俺の番だ。この槍のリーチ、喰らってみろよ!」

 飛び退り、距離を離したフレイムリザードに向かい、威勢良く駆け出して行った。



〜つづく〜

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ