ここはどこ、僕は誰5
いつまでも突っ立っていても仕方がない。
あっさりと姿を消した聖獣が再び現れるとも思えず、私は気持ちを切り替えた。
託されたペンダントは落とさないよう、ジャケットの内ポケットへ入れる。
さて。アルを探さなければな。エイファを当てにしていただけに、その期待が外れたことはつらい。
これで、アルの捜索は振出しに戻ったことになる。
こうなるとケインに期待をするしかなさそうだ。それなりに広い街だが、自警団員たちにとっては、庭の様なもの。いずれは見つかる、はずだ。
「シオネ、こんなところにいたのか!」
噂をすれば、なんとやら。
息を切らせて走ってきたのは、自警団の青年、エリックだった。全力で走り回っていたのだろう。汗みずくで、顔が火照っている。
「どうした?」
「どうした、じゃないよ。大変なことになったんだ!とにかく、来て!!」
「お、おい」
腕を強引に引っ張られ、つんのめる。
しかし、エリックは私の様子に気づかない。ひたすら、先を急いでいるようだった。
私の腕をつかむ手に込められた力が強い。力加減ができないほど、余裕ないようだ。
「何が、起きた?」
「……ジオが殺されて、ゾンビになった」
「……は?」
斜め上をいく答えに、虚を突かれた。
アルと一緒に姿を消した青年が、ゾンビ?殺された、とはいつのことだ。
「さっき団長が、手の空いている団員全員に子どもの捜索命令を出したんだ。ジオが一緒にいるはずだけど、問答無用でひっぱってこいって。あいつなにやらかしたんだって、みんなで顔を見合わせた。けど、団長の顔マジで怖くてさ。すぐに探しに出たんだ」
そんなとき、捜索員の一人が、町の人間から通報を受けた。町外れの廃屋で死体を見つけた、と。現場に駆けつければ、その死体がジオだったという。
それも、死後、一日は経っているようだった。
「私は、さっき生きているジオにあったばかりだが」
「だから、ゾンビ、もしくは、幽霊だって言ってるんだよ!」
毛を逆立た猫のように興奮したエリックが叫んだ。ぶるぶると震え、今にも泣き出しそうだ。
これ以上の説明を彼に求めるのは、無理だな。まっすぐな青年の弱点は、ホラー系だったらしい。
可愛いというか、情けないというかは、人による。
「詰め所でいいな?」
「え、あ、うん。団長が待ってるはずだ」
「わかった」
「って、置いてくなよ!」
走り出した私の背に、エリックが文句をぶつけてきたが、構わなかった。
ジオが殺されていたとすれば、アルを連れ去った男の危険度が上がる。アルは、まだ無事だろうか。
誘拐犯の目的はアルであることに間違いはない。ジオは、アルを連れ攫う手段としてその姿を利用されたか。
しかし、ここでもう一つ大きな問題がある。
アルは記憶を失っている。
犯人の目的によっては、役に立たない、と殺される可能性は十分あった。
間に合ってくれ、と強く祈った。
バン!!
派手な音を立てた詰所の扉に、中にいた自警団員たちの視線が私に集まった。
僅かな戸惑いとそれ以上にピリピリと肌を指すような空気が、詰め所内に満ちていた。
殺人、それも自分たちの仲間が殺されるような事件が起きたのだ。彼らが殺気立っていても無理はない。
そんな彼らの間をずかずかと進む。二階の団長室にケインたちがいるはずだった。
階段を上っている音に気付いたのだろう。上がってすぐにある部屋の扉が、内側から開かれた。
「シオネ。こっちだ」
「ああ」
のっそりと出てきたケインに手招きされて、彼の元に向かう。
普段は、悩み事などないような朗らかな男が不穏な空気をまとっている。おちゃらけているようで、責任感の強い男だ。なにより、仲間思いでもある。
自分が面倒をみていた新人が殺されて、平静でいられるはずがない。今も、激情を押さえるのに必死であるに違いない。
部屋の中には、マーティスもいた。ケイン同様、不機嫌がにじみ出ている。
「悪いな。急いでるときに」
ケインがどかり、と椅子に座った。彼の対面に私も座る。
「状況を教えてくれ」
「ああ」
私の求めに、ケインが頷いた。
「おまえの依頼で、自警団で手の空いている奴らを動員してアルを探してな。ちらちらと目撃情報が上がってきたな、って時に、西の方を捜索してた奴らがあばらやで、アルを連れ去ったはずのジオの死体を見つけたんだよ。それも、死後数日はたったやつをな」
「一日と聞いたが」
「だれもンなこと言ってねえよ。腐乱が始まってたからな。それくらい、って誰かが言ったんじゃねえか」
エリックが聞いた話は、又聞きだったらしい。お化けに怯えてしっかり話を聞いていなかったのかもしれない。
「アルは?」
「捜索は続けてるが、見つかったって報告はねえ。カジャの商隊が仇になった」
「近隣の村からも人が集まってるからね。見慣れない顔が、多いんだ」
カジャの商隊は、この辺りで扱っていない品を売ってくれるため、毎回商隊が寄らない村から買い付けにくる。逆に、村の特産品を売りにくる者もいる。
この地域では当たり前の品も、遠方では重宝されたり、喜ばれたりする。そういった品物は、高く買い取ってもらえるのだ。
訪れが不定期にも関わらず、村人たちがカジャの商隊の来訪を知っているのには、もちろん仕掛けがある。
商隊には告知屋と呼ばれる者がいて、彼らは商隊の先駆けとして村や町を回るのだ。盗賊や野盗は怖いが、カジャの商隊ほどの規模になればふれて回ろうが回るまいがルートはばれる。それならば、少しでも多くの益を出そうと、商魂逞しく大陸を渡り歩いている。
厄介だ。別に商人たちを非難するわけではない。単にタイミングが悪かった。それだけだ。
そのタイミンングが最悪だったという、おまけが付くか。
どうする。
アルを浚った犯人の目的が、全く見えない。鍵は、やはり、アルの記憶。
おそらく、そこに答えがある。
とは言っても、肝心のアルがいないのだから、どうしようもない。
「捜索は、続けてる。仲間が殺された。逃がさねえ」
ケインが、剣呑な声で言った。憤りを押し殺そうとしているが、それが彼の怒りの大きさを表していた。
犯人を地獄の底まで追いかけそうな勢いだ。
「私は、東へ行ってみる」
「根拠は?」
「死体が見つかった西から最も離れた方角だからだ」
「なるほどな」
死体発見の騒ぎをこれ幸いと囮にし、犯人たちが手薄になった区画へと逃げ込んだ可能性は考えられる。
私の言葉にケインとマーティスが頷いた。
ドンドン。
では、と踵を返そうとしたところで、誰かが扉をノックし、入室許可を求めてきた。
犯人が見つかったのか?
期待する私の後ろから、ケインが入れ、と部屋の外の人間へと声をかけた。
「失礼します。団長、客です」
ぬ、と部屋に入ってきた団員の言葉に、ケインが眉を潜めた
「こんな時に、誰だ?」
「見ない顔です。追い返しますか?」
予定のない客に構っている暇はない。それは知らせに来た団員にも十分分かっていたらしい。
顔をしかめたケインとマーティスの心情を読み取った彼は、気が利く提案をした。
「ちょっと!それが、遠路はるばる王都から来た人間への対応なの?!」
ケインが団員の言葉に頷く直前、姦しい女性の声が室内に飛び込んできた。




