治らぬ病を癒す男【1000文字】
病床の妹はもう起き上がる事すら難しい。
窓辺に寄せた寝台、その一部のように埋まる青白い顔を見るのが辛い。細くなった手足は歩く事もままならず、一緒に駆けて遊んだ日々は夢のような気さえする。
最近は眠りが長い。もう目を覚まさないのでは? そんな恐怖に襲われる度、弱々しくも規則正しく上下する胸を確認しては安堵する。
…もう狂いそうだ。
妾腹の僕達は父に会った事など無い。金を送ってくる人、それだけの存在だ。母は宛がわれたこの屋敷のどこかにいる筈だが興味は無い。育ての親はばあやだ。
僕は妹以外いらない…なのに。
「もし、坊ちゃんは高柳の妾の子かい?」
失礼な白尽くめの男を無視して通り過ぎたが、続く言葉に足を止めた。
「病は治りますよ?」
嫌気のする学校の帰り道、他と変わらぬ筈の男は人の良さそうな笑みを湛えていた。
人を幸せにする事が無償の喜びと胡散臭い信条を掲げる輩だが、治療薬には心惹かれた。もし本当に治るなら…僕はその一心で男に頭を下げていた。
机には色付き硝子の薬壜、注射器、秤、冷たく輝く名も知らぬ並ぶ道具。金盥は二つ、一つは空でもう一つには水が張られた。
「まずは診ましょうか。」
濯いだ手を拭いながら笑む彼に、僕の不安は少し緩む。
妹の脈を取り、目を見、呼吸を聞く様は見離した医者達と変わらない。だが彼は異国で学んだ術にこの例を知っていると言う。
「やはりあの薬で大丈夫。ただもう無くなるんですよ。そこで相談なのですが…。」
彼は金の代わりに材料を要求した。特殊だが金はかからず、誰にでも用意できるものらしい。承諾すると男は青い壜に注射器の針を挿し、黒い薬を吸い上げた。
針がアルコールで拭いた肌に刺さり、妹は表情を歪めたが構わず薬は押し込まれた。
「これで妹さんは終わりです、次は…。」
男が怖い。
穏やかな顔の妹、けれど呼吸の動作は止んでいた。
足の竦む僕に男は何かを注射した。針と異物の進入する傷みは一瞬で、すぐに感覚は消えた。倒れたが痛みは無い。
「父君に頼まれました。細君にばれたと仰られていた。」
輝く銀が刺さり、腹から流れる赤を人事のように眺める僕に彼は言う。
「これで皆幸せです。父君と奥様は変わらぬ生活を、妹は病から開放され、君は思い煩う事が無くなる。そして私は……君で薬を作る。」
薄れていく意識の中で見たものは、変わらぬ笑みを湛えた赤い男。そうだな、これも一つの幸せか…。
だがもういい、暗中の僕はもう何も分からない…。