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四月 ホコリ味

「掃除をしよう」





「・・・・・・は?」



としか、言いようが無い、と言うか何というか。


先生は御乱心なさられたか。


いや、別にだ、掃除をするのがおかしい、とか、そういうことでなくて。



言ったタイミングが悪いというか。


卒業生を無事に送り出した後。


生徒会以外の生徒が完全下校したのを確認し

生徒会しつに集合した直後に発する言葉ではないだろう。



予定を押しているのは、分かっているのに。


本日のこれからの生徒会の動きは、

一、今しがた終えたばかりの卒業式の反省

二、四月五日に予定されている入学式の打ち合わせ、兼簡単な準備。


これを四時半までに終わらせなくてはならない。

タイムリミットの主な原因は、生徒会顧問の

角飼綾斗先生の結婚記念日、というなんとも自分勝手な理由だったりする。


という訳で、あまり時間に余裕は無い。


なおかつ、生徒会室はそんなに汚くは無い。


いや、むしろこの学校のどの部屋よりもきれいだと思う。


大晦日にわざわざ生徒会全員で大掃除に来て、年内に使った書類などはすべてシュレッダーにかけて相当念入りに掃除をしたし、

毎日当番制で拭き掃除までしているおかげで、ホコリや塵はほとんど無い。


そして、この台詞である。



「掃除をしよう」


他の人も、この先生の発言にはついていけていないようだ。


先ほどの、「・・・・・・は?」は


一年 書記二人会計一人副会長一人

二年 書記一人会計一人副会長一人

そして、会長の俺、計八名の八重奏になっていた。


四重奏はカルテットだけど、八重奏はなんというんだろう








先生は妙に饒舌だ。


さすがは国語の先生といったところか。



ちなみに、先生の言い分はこうだ。


「気分を転換するんだよ、三年生はもういない。

これからは君達が主役・・・いや、この学校の生徒全員を主役とした劇の演出をしなければならない。

君達は三年生を送り出したその瞬間から、裏方に徹しなければならないんだよ

で、掃除だ

心機を一転するのにはぴったりだろう」


まあ、理屈は分からないでも無い。


だが、理論に穴がありすぎる。


生徒会の円滑な進行、および活動を推進するのは生徒会長の役目だと思うので、反論する。


「心機一転と申されますが、実際は去年の文化祭が終わった時点で、全生徒会からの引継ぎは全て終了してます。

今回の卒業式はこの生徒会メンバーで企画準備進行しましたよね?

気分を転換するも何も、すでに僕たちは裏方になっているということですよね。


大体、生徒会室は今現在清潔です。クリーンです。よく見てくださいよ、この部屋のどこに掃除する必要がありますか。


おまけに、先生のご都合のせいで時間を押しているんです。来年度も新入生は入ってくるんですよ

分かっておいてですか。


・・・以上」


言い終わって先生を見上げると(いや、俺の背が低いんじゃない、中学二年生としては平均より上だ。こいつがでかいだけ!)


ちょっとすねたような顔をしていた。


三十五歳男がそんな顔をしても可愛くない。

むしろキショい。


「どうしても・・・?」









この先生は何があっても掃除をしたいようだ。


時間を押しているのに。


そういえば、去年の大掃除のときも、卒業生を送る会の準備で結構ばたばたしていた。


こいつ、絶対に試験直前になると部屋の掃除をするタイプだな。


一種の現実逃避。


自他共に認める超合理主義の俺には一切理解できない。理解する気もない。


「ダメなものはダメです。絶対ダメ」


「頭ごなしだなあ、そんなんじゃ、将来子供ぐれるよ。」


「今は今です。現実見てください」


この先生は、めげない。


この数ヶ月で、嫌というほど味わった。

だからこそ、ここまで言える。



「じゃあ、仕事が終わった後なら文句はないだろう?

今日の分は今日中に終わらせる

で、入学式の準備は三月中にあらかた終わらせて、そうだな、掃除場所は、ここがダメなら体育館倉庫だ。

あそこはホコリも塵もすごい。

どうだ?」


もちろん、文句はない








四月一日。


予定どうり、入学式の準備をあらかた突貫工事で終わらせた。


時間に余裕があるはずの修羅場は意外と精神的にきつかった。


しかも今日は体育館倉庫の大掃除。


あの先生は現実逃避でなく、ただ単に掃除好きなだけかもしれない。


他の人を巻き込まない限りはいい趣味だとは思う。

巻き込まない限りは・・・!



分担は、一年が比較的頻繁に使われていて、きれいな第一倉庫。


二年があまり使われていない汚めな第二倉庫。


そして、なぜか先生と俺だけが一切使われていない、地下倉庫。


学校の七不思議によると、死体が埋まっているらしい。


俺は一切信じていないけど、土がむき出しの壁に、ひんやりとした空気。


・・・ま、雰囲気だけはたっぷりとある。









終わった。


本当に、終わった。


ああ、伝わらないんだろうな、この・・・


達成感が一切ない割に疲労感ばかりが残るこの言い知れぬ不毛感!!


ページの都合で消さざるをえなかったが。


くもの巣を払ったら巨大な蜘蛛が出てきたり、誰かがふざけて埋めた人体模型の右腕とかを発掘したりだとか。


ちょっとした冒険だった。


全然ワクワクやドキドキの欠片もない冒険だけど。


おまけに他のやつらはさっさと終わらせて帰っちゃったし、もう外は夕日が八割がた地平線の下に隠れているし。


おまけに、寒い。


重労働でかいた汗が、まだまだ冬の寒さを残している風に吹かれて、凍りつきそうなほどに冷たくなる。


汗で濡れたワイシャツが、肌に張り付く。


男だから、あまり気にならないけど、若干肌色が透けて見える。


学ランを羽織って、体育館のステージへ腰をかけた。


ついでに先生はどこかに言ってしまった。


暗い学校に一人きり。

怖いわけではない。

怖くはない。

俺は、合理主義者だから。

幽霊だとか、そんな非科学的なものは信じない。


今の俺をここに縛っているものは、この自負と、先生の、ちょっと待ってて、と言うたった一言。








「お待たせ、はい

お疲れ様」


ご褒美、といって渡されたのは、おしるこ缶黒砂糖仕上げ。


先生、それはご褒美じゃなくて、単なる実験台です、と言おうと開いた口から出てきた言葉は、


「寒い。」


の一言きりだった。


「ん、確かに、学ランじゃあ寒いな。

これ着てていいぞ。僕はスーツの下に、セーター着ているから」


綾斗先生から貸してもらったコートは、当たり前だけど、先生の香りと、体温が感じられた。


「意外といけますよ、おしるこ缶黒砂糖仕上げ。」


お礼のつもりではないけど、素直な感想を言った。


普段だったら、ありがとうございます、とか、端的な事しか言わない口も、妙に素直だ。


さっきから感じている、変な安心感のせいかもしれない。


「へえ、味見さしてよ。」


どうぞ、という代わりに、まだ半分以上残っている缶を出す。








「あ、俺、缶から飲むの嫌いなんだ。

缶の味まで一緒にする気がして。」


俺が、缶を引っ込めたのと同時に、先生の顔が、近くきた。


ていうか、ちかい、ちかい、ちかい、息がかかるくらい近い。


先生の、目、が、瞳孔の奥まで見えるような錯覚に陥るくらい、近くなったころ、唇に柔らかい、物体がふれた。


まだ寒い季節のせいで、かさかさしている唇と、しっとりとしている、その何かが重なり、押し付けられて、ふれている面積を増やしていく。


俺の鼻炎気味の鼻が、わずかにメンソレータムの香りをかいだ。


ああ、そういえば、綾斗先生はリップ、メンソレータム愛用していたっけ。


唇にふれている、たぶん、先生の唇らしきもののあいだから出てきた、ぬるぬるしたものが、ゆっくりとかわいている所を滑っていく。


たぶん、時間にしたら、一分にも満たない。


ただ、俺の中の時間が止まって、一ヶ月、いや、一年くらい経ったような気がした。







一年分の粘膜の接触から開放された。


「・・・・ほこりっぽいな」


少し顔をしかめて、先生が言った。


一拍置いて、口が自然に開く。


「・・・そりゃ、そうですよ。

あんだけホコリっぽいところ、掃除したんですから。」


声は、冷静だった。

たぶん、顔もそんなものだろう。


だから冷淡だとか言われるんだろうな。


本当は誰よりも怖がりで臆病で、上がり症で自分に自信がなくて、いつもいつも失敗がないか不安で不安でたまらなくて、そのくせ、それが態度に出ない。だから誤解されるんだろうな、俺は生徒会長なんてできる器じゃないし、常に学年十位以内の点数をとっているのだっていろんな人から期待されているような気がして期待を裏切るのが怖くて、嫌われたくなくて・・・・・


いろんな思考が関を切ったように流れ出す。


実際、関なんか崩壊しているのかもしれない。







さっきの行為の意味する言葉を見つけられたのは、そのまま雑談をして、先生と学校の校門で別れて風呂に入って晩飯を食べて自室のベッドに横になったころだった。


その間、家族は何も言わなかったから、無意識のまま普段どうりに会話を交わして、普段どうりの行動をしていたんだろう。


意外と、便利な性格かもしれない。








きす。



キス。




せっぷん。



接吻。




あの行為を示す言葉を自分の脳内データベースから近いと思われるものを検索した結果、この二つの言葉になった。


どちらがより近いか。


まず、キスから考察してみよう。


ただし、今回辞書は使わないことにする。


これは誰かに説明するものでなく、自分で行為の意味を理解するためなので、より、自分の中でのイメージに近いものを見つけるために、辞書の意味を調べることはしない。


さて、自分の中でのイメージはキス、とは、どちらかというと恋人同士、または家族などの愛情表現としての意味合いが強いように思われる。


自分と角飼綾斗先生の関係。

生徒と教師。

生徒会長と生徒会顧問。


それ以上でもそれ以下でもない。


つまり、キスは今回の行為には当てはまらないだろう。


ということは、今回の行為は接吻ということになる。


接吻は、ただ触れただけ、という意味な気がするから、確定でいいだろう。


よし、考察終了。

これより睡眠に入る。


もうこのことについて考える必要はない。

切り替えは早いほうだ。

俺は、合理主義者だから。


さあ、寝るぞ。







なかなか寝付けなかったのは、ほこりを吸いすぎたことによる、ひどい鼻炎のせいだ、と思う。

いや、絶対そうだ。

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