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リストからなくなった物語たち  作者: ぜんだ 夕里


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9/13

【異世界×ラブコメ】記憶喪失のフリがやめられません!

記憶喪失のフリをして自堕落な生活を試みる主人公の物語。

個人的に気に入っている作品ですが、異世界×恋愛かコメディかは悩みました。


なお、投稿した時よりもテンポが良い方が面白そうだと思い、校正しています。

 

 私の名前はアリアンナ。

 公爵家に生まれ、次期国王たるジークフリート王太子の正式な婚約者。

 その立場は誰から見ても揺るぎないはずだった。


 ――あの子が現れるまでは。


 リリアーナとか言ったかしら。

 少し見目が良いだけの子爵令嬢。

 そんな彼女が分不相応にもジークフリート殿下に近づいてきたのだ。

 殿下の周りから害虫を排除するのも未来の妃としての務め。


「あなたのような方が、軽々しく殿下とお話しになるべきではありませんわ」


 そう冷たく言い放つ。

 教科書を隠したり、ドレスを汚したり、悪辣な嫌がらせもした。

 すべてはこの国の未来と、私の完璧な人生のため。


 けれど、そんな私の行いが殿下の逆鱗に触れてしまった。


「アリアンナ! お前のその高慢な態度は見ていて反吐が出る!」

「わたくしは殿下のために…!」

「黙れ!」


 殿下が苛立ち紛れに私を突き飛ばした、その瞬間。

 バランスを崩した私の身体は宙を舞い、階段を転がり落ちていった。


 ゴンッ、と鈍い衝撃が頭を襲う。

 薄れゆく意識の中で流れ込んできたのは別の人生の記憶。


(――あれ? 私、死んだ? ……いや違う。前世の記憶……?

 じゃあ、ここは乙女ゲームの世界で、私は悪役令嬢アリアンナ!?

 しかも私、王太子じゃなくて、幼馴染のレオ様が最推しだったじゃない!)


 ――思い出した。

 前世の私が、この世界を舞台にしたゲームで一番愛したキャラクターは王太子ではない。


 いつも物陰から私をそっと見守ってくれる――

 レオニール伯爵子息だったということを。



◇◇◇◇



 次に目が覚めたとき、私は自室の天蓋付きベッドの上にいた。

 先ほどまでの出来事と、流れ込んできた膨大な記憶を反芻する。


(……思い出しちゃった)


 OLとして平凡に生きていた前世の記憶。

 そして、今この世界が『星降る夜のシンフォニア』という乙女ゲームの世界。

 私はヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢アリアンナ。

 そしてこのままいけば、王太子に婚約破棄される。

 末は国外追放か修道院行きという破滅ルートが待っている。


「…………」


 何より、ゲームのシナリオ以上に、私自身が行った嫌がらせの数々があまりにも陰湿で悪質だった。

 リリアーナ嬢のドレスを汚し、教科書を破り、心無い言葉を浴びせる。

 そんな女として、これから胸を張って生きていけと?


 しんどすぎる……


 悪役令嬢アリアンナとしての人生を続けるのは精神的に無理があった。

 どうしたものかとうんざりする。


 すると、扉が静かに開く。

 お父様とお母様が心配そうな顔で入ってくる。


「アリアンナ、気がついたのか!」

「本当に心配したのよ。体の具合はどう?」


 声をかけられても、どう返事をすればいいのか分からない。

 今までの私なら、きっと「ご心配をおかけしましたわ」と優雅に微笑んだ。

 しかし、今の私にはそんな気力も、演技をするだけの度胸もなかった。

 ただただ呆然と両親を見つめ返すことしかできない。


 すると、お父様が眉をひそめてお医者様に尋ねる。


「先生、娘はどうも様子がおかしいようだが」

「頭を強く打っておりますからな。記憶に混濁が見られるのかもしれません」


 ――記憶の、混濁。


 その言葉は天啓のように私の心に響いた。


 ……これだ!


 そうだ、記憶喪失。

 なんて素晴らしい響きでしょう!


 これさえあれば、今までの悪辣なアリアンナの所業はすべて水の泡。

 婚約者としての重圧も、あの王太子殿下との関係も、すべてリセットできるかもしれない。


「どなた、ですの……?」


 私はおずおずとか細い声で呟いた。

 怯えた小動物のように、潤んだ瞳で両親を見上げる。

 その瞬間、両親の顔が驚きと悲しみに染まった。


「私のことが分からないのか!?」

「そんな……!」



 作戦は大成功だった。


 それからというもの、私の生活は一変。

 厳格でだったお父様は「可哀想に…」と私の頭を撫でて高級な菓子を山のように買ってくる。

 お母様は私の傍に付き添い、少しでも眉をひそめれば侍女たちを呼びつける始末。

 私に無関心だったお兄様まで、見舞いに来ては「何か欲しいものは?」と聞いてくる。



 ……最高か?



 これは悪役令嬢アリアンナとして生きてきた私へのご褒美なのだろうか。

 家族からの愛を一身に受け、何もしなくてもちやほやされる毎日。

 まさに天国だった。




 そんなある日、ジークフリート殿下が見舞いにやってきた。

 侍女が彼の来訪を告げた瞬間、私はびくりと体を震わせる。


 ――もちろん演技だ。


「アリアンナ、具合はどう?」


 部屋に入ってきた殿下は居心地が悪そうだ。私は怯えた表情で彼を見つめる。

 そして、お母様の後ろに隠れるように身を寄せた。


「こわい……」


 私のその一言に、殿下の眉が悲しげに下がる。


「すまない……私が、君を……」


 どうやら殿下は、突き飛ばされた恐怖が原因で私が怖がっていると思ったらしい。


 ……好都合だ!

 もっと罪悪感を感じて、私から距離を置いてくれれば万々歳!


「殿下、娘はまだ記憶が戻っておりませんの……」

「……分かっている。責任は私にある。彼女が元気になるまで、できる限りのことはさせてもらう」


 殿下はそう言うと、美しい薔薇の花束を差し出す。


 それから毎日、彼は高価な贈り物を持って私の部屋を訪れる。

 甘いお菓子、美しいドレス、きらびやかな宝石。

 そのすべてを、私は「ありがとうございます…」とか細い声で受け取る。


 もっとやれ!

 内心ではガッツポーズをしながら。


 記憶喪失のフリを始めてから、私の人生は驚くほど順風満帆だった。


 ああ、この生活、最高に幸せ……!


 このまま記憶喪失の令嬢として、家族に甘やかされながら穏やかに暮らしていきたい……。

 私は心からそう願っていた。


◇◇◇◇



 朝は小鳥のさえずりで目覚め、侍女が用意してくれた甘いお茶と焼き菓子をいただく。

 昼間は庭園を散歩したり、お父様が買い与えてくれた本を読んだり。

 夜は家族団らんの食事が待っている。


 ――記憶喪失の令嬢アリアンナの生活は、まさに夢のようだった。


 幸せすぎる……

 もう二度と妃教育の日々には戻りたくない。



 そんな幸せな日々に、さらなる彩りを添える出来事が起きた。


「レオニール様がお見舞いにいらしたわよ」


 お母様のその言葉に、私の心臓はドキンと高鳴った。


 ――レオ様!


 レオニールは隣接する領地を治める伯爵家の嫡男で、私の幼馴染。

 そして、前世の私の『最推し』だ。

 艶やかな黒髪に、穏やかな翠の瞳。

 騎士団に所属しているため、しなやかに鍛え上げられた体躯。


 何より、その優しい性格がたまらない。


 ゲームでは彼こそが真のヒーローだ。


「レオ……?」


 私は首をこてんと傾げ、記憶にないという演技をする。

 部屋に入ってきたレオ様は、そんな私を見て少し寂しそうに微笑んだ。


「久しぶり。身体はもう大丈夫なのか?」

「はい。あなたは……?」

「俺はレオニール。君の幼馴染だよ。忘れてしまったかもしれないが、また友達になってくれると嬉しい」


 そう言って笑う顔が眩しすぎる。


 ああ、尊い。

 生きててよかった。


 私は「はい……!」と満面の笑みで頷いた。


 レオ様はそれから頻繁に私を訪ねてくれるようになった。

 彼は庭に咲いていた素朴な花を小さな花束にしてくれたり、騎士団の遠征先で見つけた珍しい木の実の話をしてくれたりした。


「これはリーフェンの森でしか採れない木の実なんだ。リスの大好物でね」

「まあ、可愛い!」


 彼と過ごすお茶の時間は何よりの癒やしだった。

 ジークフリート殿下や家族といるときは常にか弱いアリアンナを演じなければならない。

 けれど、レオ様の前では少しだけ素の自分に戻れる気がした。



 ――この穏やかで幸せな日々が永遠に続けばいい。

 そう思っていたある日の午後、ジークフリート殿下がヴァインベルク公爵家を訪れると、私の両親の前で高らかに宣言した。


「公爵、奥方。私は決意しました。アリアンナ嬢が記憶を失ったのは私の責任です。私が生涯をかけて彼女の面倒を見させていただきます!」


 ……は?


 お茶を飲んでいた私は危うく噴き出しそうになった。


「まあ、殿下……」

「アリアンナ嬢と早急に結婚して私が王宮で彼女を支えたい! 妃教育も、彼女の負担にならない範囲で再開させよう!」


 ――やばい!


 私の脳内で警報がけたたましく鳴り響く。

 このままでは、私の快適なニート生活……もとい、療養生活が終わってしまう!

 またあの面倒な妃教育と、気の休まらない王宮での生活に逆戻りだなんて。絶対に嫌!


 お父様とお母様は「なんとありがたいお言葉……」なんて感激している。



 こうなったら、あの手しかないわ……!



 あの手とは……

 王太子ジークフリートと、本来のヒロインであるリリアーナ嬢をくっつけること。

 そうすれば、殿下は私との婚約を諦めてくれるはずだ!




 作戦は早速実行に移された。

 次に殿下が見舞いに来たとき、私は庭のベンチで物憂げな表情で遠くを見つめる。


 ――もちろん、演技だ。


「どうしたんだアリアンナ。何か悩み事か?」

「……ジークフリート様」


 私は潤んだ瞳で彼を見上げる。


「わたくし、夢を見るのです。知らないはずの方々の夢を……」

「夢?」

「はい。特にリリアーナ様という可愛らしい方のことを……」


 私の口から出た名前に、殿下の肩がわずかに揺れる。


 しめた!


「ジークフリート様はリリアーナ様のことが、本当はお好きなのではございませんか?夢の中で、殿下はとてもお幸せそうでしたから……」

「何を馬鹿なことを言っている! 私が想っているのは君だけだ!」


 殿下は顔を赤くして否定するけれど、その動揺は隠せていない。


 いいぞ、もっと意識するのだ!


「でも……わたくし、記憶がありませんもの。殿下のお気持ちを縛り付けることはできません。殿下が本当に幸せになれる方と結ばれるべきですわ」


 か弱い善人を装い、私は必死に殿下の背中を押す。

 私の幸せなぐうたら生活と、最推しレオ様との未来のために!

 お願いだから、早くヒロインのところへ行って!


◇◇◇◇



 私の「殿下とリリアーナ様をくっつけよう」作戦は思った以上に難航した。

 原因はヒロインであるリリアーナ嬢ご本人にある。


「まあ、素敵なお花ですわね」

「ジークフリート様があなたのためにと選んでくださったのよ」

「ええっ、わたくしなんかのために? 殿下はアリアンナ様とご婚約されているのに。もしかして、ご迷惑だったかしら……」


 そう言って眉を八の字に下げてしまう。

 私がどれだけ殿下の気持ちを『捏造して』伝えても、彼女は「恋愛なんてわたくしには分かりません」と首を振るばかり。


 ほんわかしていて、驚くほど初心な子だった。


 くぅ、乙女ゲームの主人公なだけあって、純粋無垢だわ……!

 でも、負けない! 私の幸せなぐうたら生活のために!


 こうなったら、もっと強引にでもお膳立てをするしかない。

 私はまず、二人を私のお見舞いという名目で、お茶会に招待した。


「ジークフリート様、こちらの焼き菓子はリリアーナ様に作っていただいたものなのですって。とてもお優しい味がいたしますわ」

「ほう、それは見事なものだな」

「リリアーナ様、殿下は剣の腕はもちろん、民を思うお心も誰より強い方なのですよ。きっと、あなたのような方を守ってくださるはずですわ」

「えっ、あ、そ、そんな……!」


 顔を真っ赤にしてうろたえるリリアーナ嬢と、まんざらでもない顔の殿下。

 ――よし、いい感じだ。


 さらに、王宮で開かれた夜会では、ゲームの知識をフル活用した。

 確か、この夜会で二人はバルコニーで語り合うイベントがあったはず。


 私はここぞというタイミングで、よろめいてみせる。


「きゃっ……!」

「アリアンナ!?」


 すかさず駆け寄ってくれたレオ様に体を預け、私はか細い声で言う。


「ごめんなさい、レオ様……少し、目眩が。壁際で休ませていただけますか……」

「ああ、もちろんだ。無理はするな」


 レオ様に支えられながら、私はちらりと殿下を見た。


「あら……ジークフリート様、リリアーナ様がお一人ですわ。わたくしはレオ様がついておりますから、リリアーナ様のお相手をして差し上げてください」


 そう言ってにっこり微笑むと、殿下は少し迷った後、リリアーナ嬢に手を差し伸べた。


 ――これでどうだ!


 あとは二人きりで踊っているうちに、いい感じにバルコニーへ向かうはずだ。

 作戦は次々と成功した。殿下とリリアーナ嬢の距離は目に見えて縮まった。


 そして、私は最後のひと押しを決意する。

 殿下を自室に呼び出し、涙を浮かべて語りかける。


 ――もちろん、演技だ。


「殿下……わたくし、もうすべて分かりましたの」

「アリアンナ……?」

「殿下とリリアーナ様、お二人がお互いを想い合っていること」

「いや、それは……!」


 否定しようとする殿下の言葉を、私は首を振って遮る。


「わたくしのことはお気になさらないでくださいませ! 殿下にはリリアーナ様のような太陽のように明るく、お優しい方がお似合いです。わたくしは、記憶も戻らぬ身……殿下の隣には、ふさわしくありません」


 私は立ち上がり、殿下の前に跪くようにして、その手を取った。


「どうか、お二人で幸せになってくださいませ! それがわたくしの唯一の願いなのです!」


 ジークフリート殿下は言葉を失い、しばらく何かを考え込むように黙っていた。

 やがて私の手を取り、静かに立ち上がらせた。


「……アリアンナ。君は、本当に強い女性だな」

「え……?」

「分かった。君の気持ち、受け取った。……ありがとう」


 そう言って部屋を出ていく殿下の背中は、どこか吹っ切れたように大きく見えた。


 ――よしっ!!!


 扉が閉まった瞬間、私は心の中で特大のガッツポーズを決めた。


 その日のうちに、ジークフリート殿下はリリアーナ嬢に正式に想いを告げる。


 二人は結ばれたと聞いた。


 そして、私と殿下の婚約は円満に白紙撤回。

 私はかねてからの予定通り「記憶喪失の療養」という名目で、レオ様の治める緑豊かな伯爵領で静養することになったのだ。


◇◇◇◇



 出発の日。

 レオ様が迎えに来てくれた馬車に乗り込む。


「これから、よろしくな。アリアンナ」

「はい、レオ様!」


 伯爵領での生活は、夢のように穏やかだった。

 レオ様は騎士団の仕事で忙しいはずなのに、毎日必ず時間を作って私の様子を見に来る。

 二人で湖のほとりを散歩したり、森で木の実を拾ったり。

 そんな日々が続くうち、私の心は完全にレオ様の色に染まっていた。


 そして、ある月の綺麗な夜。

 レオ様は私の手をとり、真剣な瞳で言った。


「アリアンナ。君の記憶が戻っても戻らなくてもいい。俺は君のそばにいたい。……俺と、結婚してくれないか」



 その言葉に、私は満面の笑みで頷いた。

 悪役令嬢でもなく、記憶喪失の令嬢でもない。

 ただのアリアンナとして最愛の人の手を取る。


 こうして、王太子は心優しきヒロインと。

 そして私は、最推しの幼馴染と。

 全員が本当に好きな人と結ばれて、物語は幸せな結末を迎えたのだった。


 幸せに浸り、彼の胸に顔をうずめる私。

 レオ様は抱きしめる腕の力を少しだけ強める。

 すると、耳元で優しく、そしてどこか面白そうに囁いた。


「ところで、アリアンナ」


「はい、レオ様……?」


「その記憶喪失の『フリ』は、俺の前でも、まだ続けるつもりかな?」


「…………へ?」


 固まった私を見て、愛おしそうに笑うレオ様。

 どうやら私の必死の策略は、この最愛の人には最初からすべてお見通しだったらしい。


 ……ああ、もう!

 この幸せな日々は、一生やめられそうにありません!

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