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苦味の中に潜む甘さ

作者: 白鷺雪華

6月の終わり頃

史上稀に見る猛暑が列島を覆っている。

もちろん私の地域も例外ではなく、

日々暑さに襲われている。


「ん……」

寝苦しさなのか眠りが浅い私は、

目を覚ましてスマホの電源を入れる。

ディスプレイに映し出された時刻は

午前6時前だった。

今日は仕事もないし、寝ていてもいいのだが、

手や腕を覆っている寝汗が気持ち悪く、

「うげっ」と言って起き上がった。


干しっぱなしの洗濯物を取り込んで

風呂場へと向かう。

洗顔に洗髪、体を洗いシャワーで

洗い流すと気持ちも良くなっていく。

私は年中シャワーで済ませるので、

お湯を貯める手間もかからない。

バルローブを羽織って

タオルで髪の毛を拭いていく。

ユニットバスで脱衣場がないので

バスローブは必須で重宝している。

「ふぅ……」

「サッパリしていい気持ち♪」

鼻歌でも歌いだす気持ちで歯磨きを終える。

うちわでパタパタと風を受けながら、

これからのことを考える。

「今日はどうしようかな……」

「暑いから出かける気にならないし……」

「お買い物には行くけど……」

「そうだ!

 家中綺麗に掃除しよう!」

「排水溝の中とか見えない部分もね」

ひとまずやることを決めた私は、

部屋着に着替えて洗濯機を回した。


その後、キッチンやユニットバス、

床掃除を終えてゴミ袋をまとめると

「ふぅぅ~」と大きく息を吐いた。

激落ちくんでピカピカになった

シンクを見て頷いたり、

掃除機で床を綺麗にするのは気分が良かった。


一通りの清掃を終えた私は

冷蔵庫から一つの包みを取り出す。

これは昨日の仕事終わりに

和菓子屋さんで購入した水無月である。

明日は休みだし、

せっかくだから食べようと

購入した水無月であるため、

気持ちも部屋も綺麗になった

今を置いて他にはない。


包みを開けると三角形に切られた水無月が2つ、

正方形の形で収められている。

三角形の形は氷のかけらや

氷の角を表しているらしい。

それに私が選んだのは抹茶なので、

緑と黒の色合いが鮮やかである。


一つを両手でつかんで端の部分を

一口分歯で噛み切る。

その瞬間に小豆の甘さとういろうの

プルンとした食感が口の中に広がる。

「ん……」

舌の上で感じる饗宴に思わず吐息を漏らす。

小豆の甘さは控えめだが、

煮た小豆のしっとりとした味わいが

しっかりと感じられる。

噛むたびに歯を押し返すういろうの

プルプルもちもちとした食感が、

咀嚼という行為をより楽しくさせてくれる。

そして抹茶の苦味もはっきりと味わえる。

苦味だけではなくその中に潜む甘さが

より味わいを深くさせている。

小豆の甘さと抹茶の苦味と甘み、

ういろうの食感が合わさって初めて

生まれる一つの芸術品である。

一口分を飲み込むと「はぁ〜」と

満足気な息を吐く。

「ああ〜いいね〜」

「やっぱ抹茶にして正解だったね」

「プレーンって言っていいのかはアレだけど

 白のういろうと黒糖もあったんだけど、

 黒糖は甘すぎる感じがしたし、

 白よりは抹茶の方がいいかなってね」

「まぁ、他の種類も食べてみないと

 自分がどれが好きかはわからないけどね」

またあの和菓子屋さんに行くことを

予感しながら一口分を噛み切る。

最初の一口と変わらぬ甘さと苦味が

口に広がり思わず笑みを浮かべる。


2つのうちの一つを食べ終えると

「ふぅ」と息を吐いて静かに目を閉じる。

口の中に残る小豆の甘さと抹茶の苦味、

そして苦味の中に潜む甘みの

余韻を楽しむためである。

「ふふ、いいね」


余韻を味わい尽くして歯磨きを終えた私は

残り一つとなった水無月を冷蔵庫にしまう。

一度に食べ尽くすなんて

もったいないことはするわけもなく、

明日もあの味わいを楽しむためである。


ベッドに横になりお菓子作りのことを考える。

お菓子作りは実家にいた時は妹としていたが、

一人暮らしになってからはしていない。

甘い物を食べる習慣がなく、

材料を購入しても残ってしまうのが

わかっているからである。

だから桜餅や柏餅、ぼた餅や水無月は

その季節にだけ購入して食べている。

実家に帰ったときにおはぎなどを

作ることもあるがそれはまた別の話。


そんなことを考えていると

ふと眠気が襲ってきて、

知らず知らずのうちに眠りに落ちていた……


「……ん……」

目が覚めた私はスマホのスリープを解除する。

ディスプレイの時刻は18時を過ぎていた。

「あ〜寝ちゃってたか〜」

「甘い物食べて横になってたから

 仕方ないよね」

と自分を納得させて出かける準備をする。

着替えてエコバッグや財布、鍵と

最低限の荷物だけ持つと

馴染みのスーパーへと向かった。


スーパー店内

買い物かご片手に青果売り場へと向かう。

「さ〜て、まず必要なのは……」

「お〜あるある」

「やっぱ夏だからかな」

そう思いながらゴーヤーをかごに入れる。

「そして……」

「ゴーヤーと言えばやっぱ……」

と豆腐売り場へと向かい木綿豆腐を手に取る。

「冷奴なら絹なんだけど」

「今回は木綿豆腐で」

値引きされている木綿豆腐をかごに入れる。

「次は麺」

麺売り場へと向かい焼きそば麺の

付近で足を止める。

「ん〜〜」

「中華麺もいいけど今回は焼きそば麺だな」

半額の焼きそば麺をかごに入れる。

「焼きそばならやっぱ……」

と黒豆もやしをかごに入れる。

「後はもちろんお酒〜」

とお酒売り場へと向かいチューハイの

売り場を見渡す。

「ん〜〜どれにするべきか……」

「レモン…ライム…ぶどう…アセロラ」

チューハイ売り場の前でしゃがんだり、

立ち上がったりしながら

どれにしようか検討していく。

「うん! ここはレモンでいこう!」

とロングのレモンサワーを選ぶ。

「これで必要な食材は揃ったな」

「後は家にあるし」

「よし! 買い物は終わり」

セルフレジで会計を済ませて、

頭の中で調理をイメージさせながら

家までの道を気分良く歩いた。


自宅

購入した食材をテーブルに置いて

部屋着に着替えると早速料理に取り掛かる。

手洗いを済ませて最初に手にしたのは

赤く小ぶりなりんごだった。

利き手である左手に包丁を持ち、

りんごの皮を剥いていく。

「包丁での皮むきの練習しとかないとね」

仕事の仕込みで丸茄子の皮むきをした時、

あまりの出来の悪さに「ひどい」と

言われてしまったからだ。

「剥いた皮やりんごはもちろん食べるけど」

皮むきを終えてその身を晒したりんごを

一口大にカットしていく。

小皿にのせて冷蔵庫のなかにしまう。

「それじゃゴーヤーから」

「まずは半分に切って綿や種を取り除く」

「そのまま横向きにして一口大に切っていく」

「フライパンに油を引いて熱する」

「水切りした木綿豆腐を

 ちぎりながら入れて

 水分を飛ばしながら熱していく」

「いったん木綿豆腐を小皿に移す」

「もう一回油を引いて焼きそば麺を焼く」

1〜2分は触らずに焼いていく。

「ひっくり返してもう片面を焼いていく」

「そして卵を割り入れて目玉焼きにする」

私は片手割りで割り入れる。

卵の片手割りはお弁当の盛り付けバイトで

身につけた技術である。

「卵が固まったらほぐして麺に絡める」

「醤油を絡めて下味をつける」

ジュー!と食欲をそそる音が響く。

「そして切ったゴーヤーと

 木綿豆腐を加えて炒める」

「ある程度炒めたらもやしを加えて炒める」

「塩胡椒で味付け」

目分量で加えていく。

「醤油を加えて炒めれば完成」

火を止めて余熱で温めていく。


完成した料理をお皿に移して、

りんごとレモンチューハイを並べれば、

今夜のディナーのセッティング完了。



テーブルの前に座って両手を合わせる。

「いただきます!」

レモンチューハイを手に取り、

プルトップを開けると「プシュ!」と

心地よい音が響く。

「ゴクッゴクッ」と気持ちよく

喉を鳴らしながら飲んでいく。

「ッハァッハァ」と目に少し涙を浮かべ、

炭酸の喉を刺す刺激とレモン果汁の

爽やかな酸味とアルコールの熱を

口中に残して息を吐いた。

「あ〜〜やっぱり頭にガツンってくるね」

「こんな暑い時期には体が自然と

 チューハイを求めてくるね」

「ま、20歳以上でお酒を飲んでも大丈夫だと

 自分で理解しているならね!」

もう一口レモンチューハイを飲むと、

箸を手に取った。

「まずはゴーヤー単体で……」

とゴーヤーのみを口に入れる。

「うん、しっかりと苦味が感じられる」

噛むたびにシャキシャキとした

歯ごたえと共に苦味が口の中に広がる。

しかし、苦味だけでなく甘みも

きちんと感じられる。

「なら次はっと」

麺の中に箸を入れてそのまま持ち上げる。

その瞬間に湯気や熱気が鼻腔や視覚に

刺激を与えて食欲を増加させる。

「ふぅふぅ」と麺に息を吹きかけて、

木綿豆腐やもやしの絡んだ麺をすする。

しばらく無言で咀嚼を続けて飲み込む。

「うん! 水切りしたおかげで

 豆腐もぐじゅぐじゅになってないし、

 水が出たりもしない」

「もやしもシャキシャキだし

 麺も熱々でこれはチューハイにも合う」

そしてレモンチューハイを「ゴクッゴクッ」と

喉を鳴らして飲んでいく。

「ゴーヤーと豆腐一緒に食べてもいいし

 卵で彩りや栄養価のバランスもいいかも」

「ゴーヤーが夏バテ防止になるってのも

 分かる気がするな〜」

「それに熱い時期だからより

 美味しく食べられるしね」

「それに冷たいお酒が進んじゃうし」

「まぁ、今回はお肉も鰹節も入れてないけど

 入れたらまた違う味わいになるかな」

「麺をお米に変えてみてもいいし」

「そうなると豆腐を工夫しないとかな」

浮かんだアイディアを

メモアプリに記載していく。

「ゴーヤーは苦いから

 嫌いだって人もいるけど、

 その苦味を美味しさに変えられたら、

 その中に潜む甘みも感じられるのに」

もったいないな……なんて思いながら、

ゴーヤーと共に麺をすする。

うちわでパタパタと風を受けながら、

苦味と甘みを噛み締めて

「ふふ」と微笑んだ……




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