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第7話: 王と魔法と故郷の記憶

翌朝:


北風が王宮の評議室にあるステンドグラスの窓を唸るように通り抜け、精緻なガラス板を震わせていた。

冷たく、黄金に彩られ、歴史の重みに包まれた場所。


ワインと囁き声で人生の行方が決まる、そんな部屋を。


エイデルファルネ7世国王は、半月型の長い会議卓の先端に座していた。


髪には白いものが混じり、髭は端整に整えられていたが――その瞳だけは違った。


大陸の果てを二十年治めた男の、鋭く濁りのないまなざし。

貴族であろうと、将軍であろうと、逆らうべきではない人物。

南方の平民など論外のはずだった。


それなのに――俺のような人がいた。

大砂漠を越えた草原の地からやって来た、裸足で裸胸の異邦人が。


今では舞踏会用のタキシードに身を包み、国王の一人娘からワルツの手ほどきを受けている。


「陛下……」

ヴォークレスト卿が慎重に言葉を選ぶ。

「この少年――ルサンドは、召喚されるはずの者ではありませんでした。魔法陣が不安定だったのです。王冠に誓約などしておりません」


「それなのにベアトリス殿下は、あたかもそのように扱っておられる」

別の顧問が低くつぶやいた。

「まるで従者か、友人か……いや、もしかすると――、...伴侶かのように...」


...........


空気が凍りつく。

重く、そして期待をはらんだ沈黙。


「彼女の目を見たか?」

誰かが続けた。

「あれはもう、ただの余興を見る目じゃない」


王は玉座の肘掛けに指をゆっくりと打ちつけた。

一拍ごとに、沈黙が深まる。


「事故で召喚されたのであれば、彼に義務はない」

国王は低く語った。

「出て行っても構わぬ」


「……しかし、陛下」

ヴォークレスト卿が声を潜める。

「彼こそが“その者”では? 彼女が彼の足を踏んだ時、彼の服が部族の装いに戻ったのです。あれは通常の魔術ではありません。――古代の“魔の結びつき”です」


ざわめきが走る。

椅子が軋んだ。


「...未開の偶然か、レイラインの意志か」

大司教が静かに言う。


「もし、殿下と彼が本当に魔によって結ばれているのだとすれば――」

王は言葉を選びながら続けた。


「慎重にことを進めねばなるまい。彼には自らの意思で残ってもらう。縛りも脅しもいらぬ。詳細な扱いについて、娘の裁量にも任せた。ただ、...念のために彼らを見張れ。そして……もし何かが“目覚める”ようなことがあれば――」

「「「......」」」

その先は語られなかった。


それから、朝から夜遅くまでに王城で礼儀作法とダンスの勉強を学んでいたばかりしてから、俺の部屋では暖炉の火がパチパチと静かに燃えていた。


金色の光に包まれた空間で、俺はまたしても厳しい舞踏訓練から戻ったばかりだ。


どこが痛むのかすら分からないほど、身体中が軋んでいる。

暖炉の前に腰を下ろし、シャツのボタンを半分外したまま、水ぶくれだらけの足を見つめている。


トントン、トントン...

軽く、リズムのあるノックが聞こえてきたー!

――彼女のノックだ。


「入っていいよ」

誰かなんて、分かりきっている。


躊躇なく入ってきたのは、もちろんベアトリス王女だった。


今夜は茶色の髪を揺らしながら、俺の側まで歩いてきた。


「まるでミノタウロスと戦ったみたいな顔ね」

彼女は俺を見て、からかうように言った。


「ヒールを履いたお前と戦った気分さ」

俺はうめくように返す。

「そして、負けた...」


彼女は笑って、俺の向かいのソファに腰かけた。


「……まだ、ここが嫌い?」

声の調子が少しだけ柔らかくなった。


俺は彼女を見返した。


「嫌いってわけじゃない。ただ……ここは“家”じゃないと思っただけなんだ」


「「.........」」

しばしの沈黙。

だが、それは優しい沈黙だった。


挿絵(By みてみん)


「あなたの“家”って、どんな所だったの?」

やがて彼女が尋ねる。

「あなたたちの戦い方って、どんな感じ?」


俺の脳裏に浮かぶのは――星の下で踊る戦士たち、火を囲んで語られる長老の物語。


「ここの、...あんた達北方の連中みたいに長剣を構えて型を守る戦い方じゃなかった...」

すぐ語り出す俺。


「俺たちは獣のように動いた。流れるように、変化しながら。狩猟の仮面を被って――ライオン、ジャッカル、禿鷲。敵を威嚇し、自らを超える存在になるために」


「魔法は?」

彼女が身を乗り出す。その瞳は星のように輝いている。


それに対して、微笑んでいる俺。記憶の中に半ば溶けながら。

「シャーマンの呪いだよ。優しい魔法さ。狩りの歌、雨乞いの護符、獲物を追うための刻印。...何かを爆破したり、大地を傷つけるようなものじゃない。自然と共に生きていたんだ...」


「...そう......」

ベアトリスは考え込むように俯いた。


「こっちはね、魔物と戦うの。これも誇張じゃなくて、...本当に実在するやつよ。異界の隙間から滑り込んでくる“幻想獣ファンタズマ”。恐らく、南方地域で生きていたあなた達部族が見たこともないようなものなの。...だから魔導士たちは破壊魔法を叩き込まれる。でも、“第四階梯”とそれ以上の魔法を使えるのはほんの一握り」


「第四階梯?」

俺は眉をつり上げた。


「ええ」

彼女はうなずく。


「戦場の天候や地形を変えてしまうほどの魔法。世界中でも、扱えるのは七人だけ。エイデルファルネの大魔導もその一人だった。けど今は引退して、山の洞窟で一人暮らしよ。...静寂に囲まれて生きていたいって」


「静寂? なぜに?」


彼女は俺の質問を聞いてからすぐに奇妙なものを見る目で見つめてきた。


「だって――彼が語れば、風すら耳を傾けるから」

「ふゅ~!」

その奇跡みたいな現象を聞いて思わず口笛を吹いた俺。


「そいつとは一度だけ会ってみたいな。何か教えてもらえるものがあるかも」


ベアトリスは微笑む。


「その前に、私とのダンスに耐えられるかどうか、でしょー?」


「違いないな、それ。...あ~ははは...」

俺は半分困ったような顔して笑った。

――数日ぶりに、心から。


何かが変わり始めていた。

俺の中で。彼女の中で......


そしてそれが何なのか、まだ分からなかったけれど……

もう、怖くはない気がする。

新しいものに挑戦すること。

変化に直面すること。


....................

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