第4話: すれ違いの舞踏
東の回廊は、シャンデリアの光に照らされて白く輝いている。どこまでも続く大理石の床には、金縁の鏡や、堅苦しそうな貴族たちの肖像画がずらりと並んでいた。
僕はまた、タキシードの固い襟を引っ張った。
窮屈で、肌の上に何か重たいものが乗っているような不快感。――こんなの、俺じゃない!
ベアトリス王女はその少し先に立っていた。完璧な姿勢。色とりどりのドレスが、まるで絹の滝のように床をなぞっている。彼女が振り返り、あの自信に満ちた笑みを浮かべる。
「舞踏訓練室に行く前に――試してみましょうか。あなたが、どれだけ覚えたか」
「……試す?」
一歩近づいてくる彼女。
片手を腰に、もう片方を僕の前に差し出す。
「ここで簡単なワルツを。廊下で」
「ま、まだ図で読んだだけだし……」
心臓が早鐘のように打つ。
「さっきの、...あの教師も、聞いたことない言葉でずっと怒鳴ってたし...」
「だったら、考えないで」
彼女は俺の手を取りながら言った。
「感じるの。私に、ついてきなさい」
グローブに包まれた手が、僕の肩に乗る。
もう片方の手は、僕の汗ばんだ手のひらの中にある。ベアトリスのハイヒールが床をコツコツと鳴らし、俺たちはゆっくりと、想像上の音楽に合わせて動き始めた。
タタ~タタ~タタタ~~!
彼女の動きを真似しようとするけれど、全てがぎこちない。左足?右足?どっちを出せば――
タタタ~、タタ!タタ~タタ!
その時だったー!
僕が一歩踏み出した瞬間、彼女も同じ足を出してしまい、彼女のヒールが僕の足を直撃した。
ドー!
「痛っ!」
と叫んだ瞬間、ただの痛みじゃない、何か熱く鋭い力が体を走り抜けた。――魔力だ!?
空気が、ピシッと裂ける。
一瞬で、タキシードがほどけていく感覚。絹の糸が霧のように溶けていき、襟元から消えていく。ボタンが弾け、袖が消え……気がついたときにはもう――!?
僕はそこに立っていた!
上半身裸、首には部族のビーズ飾り。腰には革紐、足元には見慣れた裸足……完全に、元の姿に戻っていた!
「な、なにこれ……?」
ベアトリス王女がよろけながら、口を半開きにしている。
「……あんたのヒールが、俺の足を……」
彼女は口を手で覆い、恐怖とも笑いともつかない表情で言った。
「まさか……これ、呪い?文化的な呪いとか?」
「聞いたことないよ……。でも、部族の恰好に戻ってるし……僕、何の呪文も使ってないはず……」
すると、奥の舞踏室から慌てて宮廷魔術師とダンス教師が駆けつけてきた。あの魔力の波を感じ取ったんだろうな。
魔術師が僕を一瞥して、苦笑交じりに呟く。
「これは、特定の血統に結びついたア古の魔術系統と、部族系の原始魔術が共鳴した場合にだけ起こる現象ですね。ハイヒールが被験者の足の甲を踏んだ瞬間――、ええ、魔力共鳴の暴走です!......極めて稀ですけど...」
「じゃあつまり……私が彼の足を踏むと、彼が野性化するってこと?」
とベアトリス。
「はい」
魔術師は神妙に頷く。
「優雅な舞踏会の場では、これになったら大問題ですね」
「もう……最悪よ」
ベアトリスは頭を抱えてうめく。
そして、急に顔を上げ、俺にじっと目を向けた。その目に、静かな炎のような光。
「明日から徹底的に訓練よ。あなたが貴族のように優雅に踊れるようになるまで。...次の舞踏会では……“裸足の精霊”なんて噂、絶対に流させないわよ!」
僕は深いため息をついた。
……これは、長くて辛い一週間になりそうだ、しくしく.........