第3話:洗練のレッスン
翌日:
朝の陽光が高い窓から差し込み、俺はベッドの端に腰掛けていた。
フカフカで重たい布が肌に馴染まず、異国のもののように感じられる。
土と石の上を裸足で走り慣れた私の足は、自由を求めてうずうずしていた。だが、宮殿は裸足で歩く場所ではない――そう、昨日から何度もしつこく言ってきた王女だった。
バターン!
突然ドアが開き、彼女がまた現れた。相変わらずの気品と輝き。緑色の瞳が、嘲笑と命令の混ざった鋭い視線で俺を捉える。
「ルサンド」
その声は澄んでいて冷たく、そして揺るぎない。
「もう野蛮な格好はやめて。裸足で胸をはだけたままうろつくのは見飽きたわ。この宮殿には、もう少し……洗練が必要なの」
俺は眉をひそめ、皮肉を飲み込んだ。
「じゃあ何を着ろと? 鎧か? それとも、...あんた達のような王族のマントとでも?」
「ふふふ~!なにそれッ?笑わせないで」
彼女は笑った。鈴の音のように軽やかな笑いだった。
「...いいえ、もっと素敵なものよ。タキシードよ」
「……タキシード?」
彼女は力強くうなずいた。
「そう、来週は舞踏会に行くの。あなたも招待客として出席してもらうわ」
胸がドクンと鳴った。それが興奮か、恐れかは分からなかった。
「俺、来たばかりで北方文化も何も知らないんだ。だから、...上手く踊れないぞ……」
俺は小さくつぶやいた。
彼女は手入れの行き届いた白い指で俺の顎を軽く持ち上げた。
「だから教えるのよ。あなたは私の退屈しのぎなんだから。でも、見た目はちゃんとしてもらうわ」
俺は足元に視線を落とした。まだ裸足のままだ。
「それと――」
彼女は俺の濃い褐色肌の足先を指さす。
「それは黒のちゃんとした靴に替えること。もう“野蛮”は終わりよー」
「......はい...」
しぶしぶ、俺はうなずいた。
その後、侍女が入ってきて、蝋燭の灯りに照らされてきらめく黒のタキシードを抱えていた。
着替えていくうちに、その異質な布は肌に馴染まず、締めつけるような感覚だった。
磨き上げられた黒靴は、まるで錨のように重く、俺が慣れ親しんだ自由さとは正反対だった。
背の高い鏡の前に立つ。
そこに映った自分の姿を、俺はほとんど認識できなかった。
白い壁と金のシャンデリアを背景に、スーツを着た“他人”が立っている――もう部族の戦士の姿ではない。
背後に現れたベアトリス王女は、微笑みを浮かべていた。
「ね? 意外と見栄えするじゃない」
思わず、張りつめていた息を吐いた。
「来週はね、貴族らしく振る舞ってもらうわよ。裸足も、野性的な爆発もなし。王族の私と一緒にいるのだから、ちゃんとした服でないと私の品格まで問われるからよ」
「……礼儀作法とか踊りに失敗したらどうする?」
俺は挑むように尋ねた。
彼女の目が細まり、けれどその奥に、どこか柔らかい光があった。
「その時は――私のお気に入りの失敗者にしてあげるわ」
その夜、ベッドに横になっても、思考は止まらなかった。
俺は本当に、彼女の“ゲーム”にふさわしい存在になれるのか?
それとも、ただの退屈しのぎの駒にすぎないのか?
いずれにせよ、まだここを離れるべきではない気がする.......
もっと情報を集めてから出ないと―、
それまでの間に、辛抱強く王女の我がままに付き合いながら、俺のこれからの方針と行動を決めるための知識を蓄えていこうー!
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