第1話:姫様と「新しい趣味」
重厚なオークの扉が背後でバタンと閉まり、冷たい石造りの廊下にその音がいつまでも響き渡った。
足音が遠ざかり、やがて不気味な静寂があたりを包む。
外には、全身を鎧に包んだ背の高い衛兵が二人、無言で立ち尽くしていた。その眼差しは鋭く、容赦がなかった。
つまり、俺は――どうあがいても囚われの身だ。
「この部屋から出るには、わたくしの許可が必要よ」
扉の小さな格子窓から、あの声が聞こえた。
ため息をついて、細長いベッドの端に腰を下ろす。こんな形で異国の地で一日目を迎えるなんて、思ってもみなかった。
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かちッ!
数分後、扉が再び軋む音を立てて開いた。
現れたのは――相変わらず大胆で、そして眩しいほどの存在感を放つベアトリス王女だ。彼女の緑色の瞳は、いつものように悪戯心と支配欲を混ぜた光で輝いていた。
「まあ、ようやく目覚めたのね、眠れる森の王子様?」
腕を組みながら、からかうように言う彼女。
俺はその視線を正面から受け止めた。疲れた表情のまま、しかし負けるつもりはない。
「目は覚めてる。でも、あんたの遊びに付き合う気はない」
彼女はくすっと笑い、堂々と部屋の中に踏み込んできた。
「遊び? 違うわ。あなたは――私の“プロジェクト”なの」
首の後ろを掻きながら、俺は苛立ちを堪える。
「プロジェクト? 俺は研究対象でも、見世物でもない。なぜここにいる? なぜ帰れない?」
その問いに、彼女はまったく悪びれる様子もなく、笑みを深めた。
「だって、あなた――面白いんだもの。それに、逃げ出すのも簡単じゃないわよ?」
扉の方をちらりと見やりながら、さらりと言う。
「さっき見たあの衛兵たち、話し相手には向かないわ。だからおとなしくしてなさい」
髪をかき上げながら、俺は空しさを感じる。
「最悪だな。言葉も通じない国で、監禁されて、帰り道も分からないなんて......」
「そうね」
彼女は近づきながら、声を低くした。
「でも、すぐ慣れるわ。少なくとも、私の退屈は紛れるものね、ふふふ...」
「ふーん!」
俺は鼻で笑う。
「本でも読めばいいだろ」
その瞬間、彼女の瞳がキラリと光った。
「本は反論してくれない。あなたはするでしょ?」
目を細めて睨む。
「俺じゃなくても、あんたの国には他に面白い奴が山ほどいるだろ」
彼女はわざとらしく、囁くような声で答えた。
「でもあなたは“異国”から来たのよ。未知。新鮮。そして今のわたくしには、それだけで十分~、ふふふ...」
「......(こいつ!)」
思わず言葉を失った。
すると、扉がギィと鳴いた。
彼女の顔つきがほんの少しだけ、真剣なものに変わる。
「行きましょう。少し外に出してあげる。でも――逃げるなんて考えないことね」
そう言って、優雅な仕草で腕を差し出した。
俺は一瞬ためらったが、閉じ込められた部屋に戻るよりマシだと思い、立ち上がった。
衛兵たちが左右に付き従い、俺たちは静かに廊下を歩いた。
さっきは彼女と話してたからついつい反発ばかりしてたけど、こうして見ると、確かにその物々しいぶかぶかの服装って可愛いデザインもしてるし、俺の故郷で見てきたどんな服にも勝る程の豪華さで、そしてその美貌と来たら―!
(うぅぅ......)
認めたくないが、確かに綺麗もんな、そのお姫様が!畜生め!人を閉じ込めておいてよくその外見で誘惑してきやがってー!
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やがて巨大な宮殿の扉が開かれ、光が差し込む。
目の前に広がるのは、手入れの行き届いた庭園。噴水が光を反射し、見たこともない色の花々が咲き誇っていた。
俺は深く息を吸い込む。到着以来、初めて感じる“外の空気”だった。
ベアトリス王女はそんな俺を見つめながら、どこか誇らしげに、そして独占欲を滲ませた笑みを浮かべた。
「ひとりで外に出るのは禁止よ。私が一緒でなきゃダメ。いいわね?」
その視線を受け止めながら、心臓が高鳴るのを感じた。
「……わかったよ」
彼女は満足げにうなずき、俺の腕に自分の腕を絡めた。
「いい子ね。さあ、私を退屈させないでよ?」
腕を絡ませてきた王女は俺をこの庭園の真ん中へ連れていくよう引っ張っていったー!
そうして俺は――、異国の地で、王女の気まぐれという鎖に繋がれながら、初めての“自由な一歩”を踏み出したのだったー!