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プロローグ ―― 蒼すぎる空の下で

故郷の空には、確かなリズムがあった。


目を覚ますと、もう空は唄っていた。蒼く、力強く。雲がやってきても、それはまるで舞い手のように誇らしくゆったりと流れていた。


まるで自分が誰の土地の上にいるのか、ちゃんと理解しているかのように。


でもこの空は――!

あまりに薄い。まるで誰かが、間違いを恐れて丁寧すぎる筆で描いたような、不自然な空だった。


いつ眠ったのかも覚えていない。夢を見た記憶もない。一瞬前まで、訓練場と川を結ぶ小道を歩いていて、足の埃を払っていたはずなのに――


気づけば、異様なほど滑らかな石の上に立っていた。周りには見知らぬローブ姿の連中がいて、まるで“呪われた何か”でも見たかのような目でこちらを見ている。


風もない。太鼓の音もない。懐かしい匂いもない。


ただ、静寂。そして、あの視線。


ここはどこだ?


俺は槍を握った。…いや、残っていたのはその名残だけだった。柄の根元はバラバラに裂けていた。落下の際に壊れたのか、それとも…この不可解な“何か”のせいか。


そのとき、最も年老いた者が口を開いた。声は乾いた樹皮のように軋んでいた。


「…成功はした。だが、想定外だ」


「は?」


俺がそう答えると、男はビクリと肩を揺らし、さらに皺を刻んだ顔をしかめながら、濁ったレンズ越しに俺をじっと観察した。


「この者は…来るはずではなかった」


「じゃあ、元に戻せ」


なぜそんな言葉が出たのか、自分でもわからない。状況的に俺には何の力もないはずだった。


でも、言葉は鋭く、反射的に出た。相手が魔導士だろうが、学者だろうが、幽霊の類だろうが関係ない。胸の奥で心臓が猛然と打ち鳴っていて、従う気なんて一ミリもなかった。


故郷でもシャーマン(呪術師)がいたが、恐らく精霊と人体に直接働きかける呪いの類とは一切関係のない魔法を使えてるだろう、そこの魔導士っぽい服装着てる老人が。


やつらはひそひそと相談を始めた。まるで喋る家畜でも見てるかのような目で、俺を眺めながら。


ター―――――!

だから――、俺は走った―――!


タタタタ――――――!!


…最悪の選択だった。


果てしない廊下。白い大理石。壁は故郷の村にいたようなタペストリーだけど、もっと豪華な刺繍と模様が描かれている。


窓は小屋よりも高く、陽光が降り注いでいた。角を曲がるたびに転びかけそうになったけど、何とか踏みとどまって走っていくのを止めなかった。


「くッ!」

――そして!...ついに兵士たちに囲まれた。


剣を抜いてきた者ばかりだ!それも無表情で。


俺は両手を上げた。

「俺は敵じゃないー!」

「黙れー!許可もなく王城を走り回るな!」

「そいつを連行しろー!お姫様が待ってるぞ!」

通じない。何度も言った。繰り返した。だが、反応は同じだった。

剣を突き付けてきた奴らは、もうすぐ俺に切りかかりそうな剣幕で包囲を狭めてきて近づいてくるとー!


その時――声が響いた。

「止まりなさい」


たった一言。


それだけで、すべての剣が空中で止まり、まるで時間そのものが従ったかのようだった。


その時、初めて彼女を見た。


他の者たちと違って、ローブも鎧も着ていなかった。


彼女は、光を捕らえるような輝きを放つ赤と白と青とピンクが複数混じっての豪華な色とりどりのドレスをまとっていた。彼女は緑色の目をしていて、そして茶髪は計算された芸術のようで、美しかった!


(ほ、...本当に、綺麗だ―――!)


挿絵(By みてみん)


そして他の連中より若く見えた。

しかしその自信に満ちた姿に、兵士たちは一糸乱れず直立し、即座に頭を下げた。


そして、俺を見た。


恐れも、警戒もない。


ただ、面白がるような目。


「この者?」

と彼女は後ろに控える老魔導士に尋ねた。


彼はゆっくりと頷いた。

「…この者が結果です、ベアトリス様」


“結果”だとよ。もはや人間ですらないらしい。


彼女は一歩、俺に近づいた。


俺は動かなかった。彼女の目が、俺の褐色の肌、破れた訓練着、硬くなった手をゆっくりと見下ろしていく。


…全身が異物扱いされている気分だった。


すると彼女は、ふっと笑った。


「気に入ったわ。目が燃えてるもの」


そして、兵士たちを振り返る。


「東の翼に連れていって。決めたわ。彼は、私の“趣味”にする」


「は? お前の――何だって?」


「趣味よ」

当然のように繰り返した。

「巻物と外交には飽きたの。彼で退屈を紛らわせそう」


俺は言葉を失った。

「…俺はペットじゃねぇッ!」


彼女は瞬きひとつせず言った。


「よかった。猫ならもう飼ってるけど、あれは静かすぎるもの。あなたの方が、賑やかそうね」


そして、何事もなかったように踵を返して歩き去った。兵士たちは俺を一瞥し、互いに視線を交わし、そしてゆっくりと近づいてきた。


.........冗談だろ、マジで...


* * *


その夜、俺は柔らかすぎるベッドの上で、香水と孤独に満ちた薔薇の匂いのする部屋に座っていた。


飯は手を付けていない。


持ってこられた料理は、香辛料と一度も会ったことがなさそうな見た目だった。


召使いどもは、俺を高価だけど壊れやすいガラス細工でも見るような口ぶりで接してきた。


拳を握る。こいつら、俺に何を求めてくる?


トントン!

ノック音。そして、きぃ、と扉が開いた。


先ほどの老人――曲がった杖、重そうなローブ。

やつは「オルブリヒト大魔導師」と呼ばれていた。


「...ふむ...」

すぐには口を開かず、俺をただ見つめた。観察するように。


「お前は…特異だな」

と、やがてつぶやいた。


「俺は、ここにいるべきじゃない」

「あ」

彼は頷いた。


それが当然で、そしてどうにもできないことのように。


「それが、問題なのだ」


「だったら直せ」

と、俺は睨み返す。


彼は首を振った。

「そう単純ではない」


..................................


沈黙が、重く長く流れた。やがて、去り際に彼は扉の前で立ち止まり、ぽつりと告げた。


「召喚陣に記された名前は…お前ではなかった」

バタ―――ン!

そして、扉は音もなく閉じられた。


俺は異国のベッドに横たわりながら、頑丈そうな、開けられそうにない窓の外に広がるあの“蒼すぎる空”を見つめ、思った。


――じゃあ、...誰の名前だったんだ?

そして今、それが“俺の名前”になったら…何が起こる――!?

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