【第5章:±∞の未来へ】
文化祭当日、教室の一角に設けられた展示スペースには、LEDが美しく波打ち、センサに反応して音が変調されるインスタレーションが並んでいた。
「感情に反応するアナログ回路」というテーマは、意外にも多くの来場者の関心を集め、ひとつひとつの動作に驚きと感動が走る。
トオルとアマネが並んで立つ姿は、まるで完璧な差動増幅回路のようだった。片方の入力が動けば、もう片方が反応し、出力として世界に波形を放つ。
展示が終わった後、誰もいなくなった教室でふたりは並んで座っていた。
「終わっちゃったね」
「うん。でも、次がある」
トオルは基板を眺めながら、ぽつりとつぶやいた。
「俺、思ってたよりずっと、誰かと一緒に設計するのが好きだったんだな」
「私も。……誰かの帰還に触れて、自分のゲインが変わっていく感じ」
沈黙が訪れた。けれど、それはもう不安定なノイズではない。
ふたりの心の基準電位は、すでにひとつになっていた。
「ねえ、トオルくん。これからもさ——」
「うん。作っていこう、これからも」
手を取り合うふたりの間に、新しい回路図が広がっていく。
未来という名の基板に、ひとつずつパーツを配置し、時にはジャンパで繋ぎながら。
±3.3Vの恋は、ゆっくりと、けれど確実に、±∞の可能性へとシフトしていった。