【第4章:電圧差のゆらぎ】
夏が近づくにつれて、部室の空気は熱を帯びていた。外気温のせいだけでなく、ふたりの間に流れる信号も、どこか不安定な電位差を帯びていた。
文化祭のプロジェクトも佳境に入り、設計・組み立て・動作確認と、連日ギリギリの調整が続いた。
その日の放課後、トオルは一人で部室にいた。机の上には、光センサの反応が鈍くなった回路。オシロスコープに表示される波形は、どこかぎこちない。
そこへ、アマネが入ってきた。
「一人でやってたの?」
「……うん。ちょっと調整したくて」
アマネは何も言わず隣に座り、波形を覗き込んだ。沈黙が落ちる。
「最近、ちょっとだけ、波形がズレてる気がする」
トオルはそう言って、プローブを外した。
「回路の話?」
「……いや、俺たちの」
アマネは視線を落とし、しばらく黙った。
「うん。たぶん、オフセットが生まれてる」
「どうすれば、直せるかな」
「……帰還抵抗、少し調整するしかない。フィードバックの比率、今までと同じじゃ、だめかも」
それは回路の話ではなかった。けれど、回路の言葉を借りることで、ふたりは自分の気持ちを測定しようとしていた。
「……でも、嫌じゃない」
アマネが言った。
「こうやって、不安定になっても、一緒に波形を戻そうとする感じ。すごく、好き」
トオルの中で、胸の内側がざわついた。
まるで、発振寸前の回路みたいに——微細な揺らぎが、制御しきれないほどに膨らんでいく。
言葉にしなければ、この信号は伝わらない。
「俺も。君といると、立ち上がりも、立ち下がりも、全部、大事に思える」
波形は、再び重なっていく。
小さなオーバーシュートも含めて、それは美しい対称波形だった。