新・私のエッセイ~ 第224弾 ~ ぼくの最新の恋愛観 ・パート2~ 「想い出の恋」は、ラテン語に似ている
・・・皆さんは、ラテン語をご存じかとは思いますが、
なぜ、この古い言語が、
「学術用語」「学名」なんかに使用されているか、知っておいでですか・・・?
それはもちろん、
「変化しないから」です。
言葉は・・・
とくに、「口語」においては、
それこそ、毎日のように、どの国の言語でも、新しい表現や言い回し、はやりの単語などが生まれては消えていっております。
わが日本にも、「古文」というものがかつて存在し、
「源氏物語」や「枕草子」あたりの時代とは、
語彙も表現法も、まったくといっていいくらい、変化してしまっておりますよね。
読みだって、
「ささのはさらさら」が、
昔は、「つぁつぁのぱぁつぁらつぁら」なんて、実際にはしていたそうですから。
学名が、そう、コロコロ変化してしまっては、都合が悪いわけです。
だから、「死語」であるラテン語が使われるのであります。
・・・もう、ラテン語を「母語として日常会話で話す人」は、地球上には、ひとりもいませんからね・・・。
「変化」しようがないんですよ♪
それと同じようなことが、
「過去の恋愛」にもいえます。
「想い出の中の恋」は、
変化しませんし、しようがありません。
過去の・・・もう、過ぎ去りし、むかしの話なんですから。
記憶の劣化や記憶ちがい、本人のかんちがい、「想い出補正」なんてのは、このさい置いときますが・・・
基本、昔から変わらないものなんです。
・・・良くも悪くも、
「記憶」にすぎないんですよ。
でもね、
もはや、誰にもイジることはできません。
その人の脳みそに入り込んで、勝手に「改変」したり、「二次創作」してみたり、おもしろおかしく「書き換えたり」はできないんですよ。
・・・想い出の「所有者」本人が、大切に扱い、そして、
守ってゆけばよろしいのです。
だからぼくは、
「美絵子ちゃんとの想い出の記憶」を、ことさら大切にしているのです。
・・・誰にもさわれないし、
手を触れることはおろか・・・
勝手に細工したり、書き換えたり、修正をくわえたりできないんですからね・・・。
いってみれば、
「しげちゃんだけの心の楽園」ってところかな・・・?
その、ほんの一端だけでも、
皆様と共有したくて、
こうして、しつこくしたためてきたのですよ♪
m(_ _)m
追伸:
これは、ぼくだけの「特権」じゃありません。
皆さんにしましても、
「大切な、ぼくだけの(あたしだけの)想い出」というものが、きっとあるはず。
それは・・・皆さん本人にとっての、
「国宝級のたからもの」
「美術品」
「文化遺産」
に相当する、貴重な財産だと思いますよ。