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【8/6書籍発売】追放された悪役令嬢は【錬金スキル】で華麗なるチート生活を満喫する  作者: 朝月アサ


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75 本戦開始




 本戦は新設した劇場型スタジアムで行われる。

 大がかりな半円形劇場で、客席はすり鉢状。二階以上の席は貴族用の特別観覧席。


 舞台の背後には、大型の魔導スクリーンが鎮座し、選手の表情と盤面解説が流れる仕組みになっている。スクリーンの隅っこにはアグスティアの紋章と、忠犬騎士と猫姫のマスコットの姿を常時流し、キャラクターの認知度を高める。


 そしてこの大型スクリーンと同じ映像が、王国各地にこっそり設置したスクリーンに同時に映し出される仕組みになっている。


 新たな娯楽の波に、民衆の熱狂はとどまるところを知らない。

 一般席は開場前から長蛇の列ができ、あまりの人手に会場外にもスクリーンが増設された。会場への入場は有料だが、屋外スクリーンは無料で観覧可能とされており、あちこちに屋台が立ち並び、応援グッズを手にした老若男女の歓声が響いていた。


 新たに建てられた宿泊施設は早々に満室となり、チェス大会は、いまや一大観光イベントと化していた。


 そして――。


 空を貫くような炸裂音と共に、ド派手な花火――アンリエッタスペシャルが打ち上がった。鮮やかな光がいくつも花開き、開幕を告げるアグスティア公爵の挨拶が、魔導マイクを通じて荘厳に響き渡る。


 その瞬間、歓声がうねりとなって会場を包み込んだ。


「ふぅ……」


 観客席から全体を見下ろす上段。舞台全体を監督するその場所で、アンリエッタは静かに息を吐いた。


 準備は整った。ここからは、選手たちの熱戦を見守るだけ。


 三十分ほどオープニングイベントと選手紹介が続き、その十五分後に第一試合――ダリオンの初戦が始まる。


 アンリエッタは本部に戻り、机の上のフリーペーパーを手に取った。


「――お嬢様。そちら、大変好評ですよ」

「…………」


 セラがにこやかに言うも、アンリエッタは複雑な気持ちだった。

 もちろん、中身には目を通している。


「ねえ、選手たちには、事前に想定質問を教えていたわよね?」

「はい。インタビューのアポを取るときに」

「……インタビュー後に書き起こしたものを、ちゃんと選手に確認してもらってるわよね?」

「はい、もちろん。話していないことや、話したくなかったことが書かれていると言われると、トラブルになりますので」


 当然だ。取材に協力してくれた選手たちと些細なやり取りミスでトラブルを起こすわけにはいかない。


「もちろんダリオン様にも確認して、直すところはないと回答をいただいています」


 アンリエッタは頭を抱えた。


「……どうして、あの男は……」

「大変好評ですよ」

「…………」

「恋人の存在を匂わせるような内容ですのでどうなるかと思いましたが、むしろ人気が上がっています」


 顔から火が出そうになるのと同時に、言葉にならないパワーが内側から湧いてくる。


「――もう、こうしてはいられないわ。この勢いに乗らずしてどうするか!」


 そしてアンリエッタは本部のスタッフたちの前で宣言した。


「わたくし、ルドルフの実況席の隣に座って、チェスを解説します!」

「……はい?」


 実況の準備をしていたルドルフが信じられなさそうに顔を上げる。


「いいわね、ルドルフ。ここからは王国全土に同時中継されているのよ。チェスを知らない人にもわかりやすく伝えて、もっと盛り上げていくわよ」

「お嬢様がチェスを解説……?」

「何か不安?」

「不安しかございません。情緒でしか語らない気がしますし、特定の選手に入れ込む姿が見えます」

「だからいいのよ! 面白く、ハラハラする、戦いの物語――エンタメ性重視で語るわよ! 目指せ国民視聴率100%!!」

「100%は……物理的に不可能では?」

「大切なのは目標を高く持つことよ!」

「ですが、そんな、リハーサルもなしに……」

「なんとかなるわ! さあ、すぐに準備をするわよ!」



◆◆◆



 チェス大会本戦――第一試合。


 実況席の一角、深い蒼を湛えたドレスを纏い、顔には洒落た蝶の仮面をつけて、アンリエッタは椅子に座る。


 目の前の窓からは舞台上の選手たちの座る椅子が直接見える。

 そして、その中央に置かれたチェスボード。


 手元のスクリーンには盤上の様子が映り、その隣のスクリーンでは大型スクリーンと同じ映像が流れている。


 アンリエッタは手元のミミウスの調子を確認した。

 ――感度良好。問題なし。


『――まもなく、試合が始まります。試合中の私語、応援幕、うちわ、発光アイテムの使用はご遠慮ください。選手たちの集中を乱さぬよう、マナーをお守りください』


 会場アナウンスが響き、ざわめく観客席が次第に静まりかえっていく。


 そして――舞台の両側から、ふたりの選手が現れた。

 観客のどよめきが一転、爆発するような歓声に変わる。


 舞台中央で先手を決める抽選が行われる。箱の中のポーンをお互い手に取り、白が出れば先手、黒が出れば後手となる。


「――本戦第一試合。先手の白はダリオン・ヴァルフォード選手、予選戦歴8勝0敗の冒険者」


 両者がそれぞれ椅子に座り、盤を挟んで向き合う。


「黒はジェルマン・バルネス男爵で、予選戦歴は6勝1敗1引き分けとなっております」


 実況担当のルドルフの落ち着いた声が響く。


「本日の解説は、匿名希望の特別ゲスト――祝福の女神様です。正体は国家機密級でございます」

「よろしくね」


 少し艶のある声で、アンリエッタは応じる。


 ――そして、試合開始の鐘が鳴る。


 実況と解説の声は舞台の選手には聞こえないように設計してある。

 もちろん観客席からの声も。

 聞こえるのは、己と相手の発する音と、盤上で駒が動く音だけ。


 ――静寂と集中の支配する異空間。


「それにしても白のダリオン選手、構えが実に堂々としています。駒を触る指先も迷いがありません」


 盤を見つめるダリオンの姿は落ち着いたものだった。

 背筋を伸ばし、無駄のない動きで、ただ静かに、自らの戦場を見据えている。


「対する黒はジェルマン・バルネス男爵です。ビショップ使いに定評があり、まさにチェスの魔術師と言ったところでしょう」


 細身の青年は片眼鏡をかけ、整った動きで駒を並べている。


 ――ダリオンの手がナイトに添えられ、ポーンを超えて跳ねる。


「白プレイヤー初手、クイーンサイドのナイトの跳躍です。ダリオン選手にしては珍しいですね」

「――騎士の宣誓、ですわね」


 アンリエッタは仮面の下で微笑んだ。


「見せている、そして見えていると言いたげな一手。相手を見極め、状況を図り、未来を射抜く……大胆でありながら理知的。まさしく、美しき騎士ですわ」


 黒が動いた。


 ジェルマンの手が、矢のような速度で駒を進める。定石を少し外しつつ、積極的に主導権を奪いにかかる攻撃型。ビショップが序盤から鋭く斜めに切り込んでいく。


「黒の魔術師、攻撃タイプですわね。ですが、守りに入った騎士を討つには、一手の誤りも許されませんことよ」


 白の駒が、次々と守備を固める。


 ナイトが飛び、ビショップの射線を遮る。

 攻撃と防御。華やかさと堅牢さ。

 盤上に描かれるのは、まるで物語のような戦いだった。


「……そろそろ中盤となりましたが、チェス盤上でもナイトとビショップの対決となりそうです」

「ふふっ。まるで、古の騎士と魔術師の対峙のよう――騎士様の堅牢な守りを、魔術師の炎で焼き払えるかしら? ……あら、黒のビショップが白の騎士に討ち取られましたわね」


 観客が息を呑むのが伝わってくる。

 盤の隅から、黒のルークが滑り込むように前進する。


「おっと。黒のルークが盤面の端から進軍。チェックを狙いにいったか?」

「悪くありませんわ。でも、そこはもう――騎士の間合い。……ここからの展開、とても見応えがありそうですわね」


 白の守りは揺るがない。

 そして、黒が一か八かの強襲に出た。


「――黒、キングサイドから攻め込みます。キングの守りを捨て、すべてを攻撃に……!」

「……甘いですわ。あの方は、動じませんもの。少しやそっとでは。攻めは遅いけれど、守りが厚い。焦った瞬間――牙を剥く」


 ――そうして黒の魔術師は気づくのだ。


 いつの間にか包囲網に入り込んでいることに。

 白の守りがあまりにも堅牢で、打ち破れないことに。


 ダリオンの駒が静かに前に出る。

 その表情は一切変わらず、無言で、無慈悲なまでに。


「白のプレイヤー、無言で攻めていらっしゃる……沈黙の美学、ですわね。経歴は不明、現在は冒険者……ですが、あの手捌き……あの目……あれは――騎士より、騎士らしい」


 夜の海のような瞳が映し出された。

 冷静で、強く、何より美しい――まさに勝利の気配を漂わせる光。


 アンリエッタの手が無意識に震えた。


 ――黒の手が止まる。

 もはや何をどう動かしても、騎士の手から王を逃がすことはできない。


 そして、黒の魔術師は、静かに自らの王を倒した。

 ――降参。


 静寂が一瞬だけ会場を包み、そして次の瞬間――爆発のような歓声が響いた。


「――両選手、お疲れ様でした。白のダリオン選手、おめでとうございます」


 ダリオンが顔を上げる。

 そして――実況席のアンリエッタと目が合った。


 ほんの一瞬。

 彼は、仮面越しにその瞳を見つめ、微かに、微かに微笑んだ。


 その姿が、巨大スクリーンに映し出されたとたん、スタジアムは黄色い悲鳴に包まれた。







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