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04 運命の契約書とエリクサー






(冒険者……? 空から冒険者が降ってきた? ――えっ? 今時の冒険者って空を飛べるの?)


 悲しきかな、アンリエッタは世間知らずだ。

 公爵令嬢が知っているのは、王国のこと――とりわけ貴族社会のことばかり。

 世界の果てしなさと比べて、己の知る場所の何と狭いことか。


 一般市民のことなど――もちろん冒険者界隈のこともよく知らない。魔術がどれだけ発展しているかも。


(このガントレットの様式……冒険者じゃなくて帝国の騎士?)


 アンリエッタとして帝国の貴族の歓迎会に出た時、護衛の帝国騎士たちの鎧姿を見たことがあり、特徴的なガントレットだと思って記憶に残っていた。


 ――彼が何者だとしても。

 確かなのは、いまにも命が尽きそうだということ。


(それに、なんだか腕が立ちそうだし、割と見た目もいい方じゃない? 騎士なら性格も問題ないだろうし……あら。わたくしってすごくラッキーだわ!)


 天井知らずの欲求の半分程度は満たす相手が、死にかけている。

 この機会を逃す手はない。

 アンリエッタは部屋に戻り、脱ぎ捨ててあった深紅のローブを着る。


 そして、『錬金術師の部屋(アイテムボックス)』から宝石を取り出す。

 宝石には高純度のマナが凝縮されている。



【錬金術の極意】


 ――サブスキル発動――

【即興レシピ】【物質転換】【エネルギー増幅】


 高純度のマナに更にアンリエッタのマナを与えて、共鳴させて、増幅させる。各属性のエレメンタルを消滅させ、限りなく純粋なマナにする。


 マナは物質を構成する最小単位。

 あらゆる生命から自然に生まれるものだが、とても変質しやすい。たやすくエレメンタルと結びついて、別の物質となる。


 それを再びマナに戻すことで、何物にも成れるものが取り出せる。


 マナを再び目的のエレメンタルと結びつかせて、性質を与えれば、理論上は何でも作ることができる。


 ――それが錬金術の極意。


 アンリエッタは最後の仕上げにかかった。

 まず透明な瓶が目の前に現れ、続いてその中に薄緑色の発光する液体が現れる。


 それはアンリエッタの奏でる奇跡。


(エリクサー……)


 アンリエッタはそれをうっとりと眺めた。


(わたくしの錬金術は、まったく衰えていないわね……)


 エリクサーは錬金術師の作り出すものの中で、最高難易度に分類されるものである。

 それを本来の材料を使わずに、別の物質を転換して錬成するなんて、この世で何人の錬金術師が可能だろうか。


 ローブを羽織り直し、満を持して外に出る。

 そして、いまにも死にそうな男の前に戻る。


「わたくしは錬金術師アンリエッタ。あなたを助けてあげましょうか? ただし、善意でではないけれど」

「…………」


 男は答えない。ただ苦痛に耐え、命が尽きるのを待っているかのようだが――ほんのわずかに目許が揺れたのを、アンリエッタは見逃さなかった。


「ここにどんな怪我や病気でも治る薬があるの。これが欲しければ、代金を払うか、もしくはわたくしと契約し――」

「近づくな……魔女めが……」


 その声は弱々しく――だが嫌悪感に満たされていた。

 失血でほとんど見えていないはずの目は、アンリエッタを睨んでいた。


(……はあっ? 何その態度?)


 アンリエッタは激昂した。

 ――魔女という言葉、それそのものに嫌悪と侮蔑が込められている。


 アンリエッタも前世ではそう呼ばれていた。そしてそれを誇りに思っていた。魔女という呼び名に見合う実力と実績を兼ね備えていたから。

 だが今生はまだ何もしていない。なのに、王太子に、この騎士に、立て続けに侮蔑のこもった魔女呼ばわりをされている。


(何を根拠に? わたくしってそんなに魔女顔? そもそも助けてあげるって言ってるのにその態度は何! ああ、ムカついたわ。絶対恩を売ってやる)


 アンリエッタは手にしたエリクサーを、無言で男の頭にかけた。

 ぼたぼたと零れていく液体――エリクサー内のマナが、騎士の体内のマナと結びついていき、みるみる傷が治っていく。折れた手足も正しい位置に戻っていく。


 アンリエッタはその光景を、愉悦の笑みを浮かべて見つめていた。


(やっぱり、わたくしの錬金術は完璧で美しい――……)


 この世で一番美しい。

 陶酔するアンリエッタの前で、男は完全な状態に回復していく。


(……あら。やっぱり割と見た目がいいわね)


 死の淵から戻ってきた男の外見は悪くない。

 鍛え抜かれた鋼のような雰囲気だ。やはり騎士なのだろうか。


 男は完全に回復しつつも、その場から動かず目を閉じたままだ。

 もうどこにも痛みはないはずなのに、眉間には深い皺が刻まれている。

 そしてやはり、剣は手放さない。


「さてと、エリクサーの代金を支払ってもらうわよ」

「……金はない」


 それは好都合。


「なら、わたくしの従僕になるのよ」


 アンリエッタは『運命の契約書』を手に取る。


「命令には絶対服従――ただし、あなた自身の生命を守る範囲でいいわ。わたくしを絶対に傷つけないこと。裏切らないこと。そして、あなたが知りえたわたくしの情報を誰にも伝えないこと……」


 アンリエッタの口にした条件は、『運命の契約書』に既に記されているものだ。


「あなたの働きによって報酬を支払うわ。それがエリクサーの代金分溜まったら、契約は満了。あなたはわたくしに関わるすべての記憶を失うの。わかった?」


 その内容も『運命の契約書』に自動で追記されていく。

 契約満了後にアンリエッタの情報を漏らされないために、記憶を消す項目を盛り込む。


 そして最後にアンリエッタ・アグスティアの署名が刻まれる。


「さあ、名前を言いなさい」


 相手の名前を記すことで、契約書は完成する。

 だが、男は口を開こうともしなかった。


「あら? 高潔な帝国の騎士様が支払い拒否? 無償で施しを受けて当然だと思ってる?」

「……もう騎士ではない」


 低い声で、苦々しく呟く。


「ふぅん、元騎士。何があって騎士を辞めたか知らないけれど、支払いには関係ないわね。さあ、早く名前を言って、わたくしと契約しなさい」

「魔女と契約はしない……!」


 エリクサーがよく効いているらしい。元気な上に覇気もある。


「意固地もそこまで行くと立派だわ。でも、わたくしも魔女ではないわ。ただの錬金術師よ。魔女でないなら取引できるでしょう? それとも踏み倒しかしら? 高潔な元騎士様が?」


 煽るように言うと、ぐっと口元に力が入る。

 やはりこの男、元騎士だけあって正義感が強い。

 こういう高潔ぶった男を従者にすると思うとぞくぞくする。


「そうなると、あなたは一生、命の恩人であるわたくしに不義理を働いたことを忘れられずに生きていくことになるわね」


 それはきっと、この男にとって一生忘れられない汚点になるだろう。

 そうなるように呪いをかけた。言葉の呪いだ。


「…………」


 男の覇気がわずかに弱まる。

 己の正義感と、嫌悪感の狭間で揺れ動いている。

 彼の心に諦めが広がっていくのを、アンリエッタは感じ取った。


「ふふ、安心して。わたくしは従者が欲しいだけだから。支払いが終わるまでわたくしの護衛をするだけでいいのよ。あなたの信念を曲げさせるような命令はしないわ、元騎士様。命を絶ちたくなるほど嫌な命令なら聞かなくてもいい契約だしね」


 アンリエッタが欲しいのはあくまで便利で忠実な下僕――もとい従者。

 長々と付き合うつもりもない。

 生活基盤が整ったら、適当なところで契約を満了させて解放するつもりだ。記憶を消して。


 アンリエッタは沈黙し、男が答えるのを待った。男が攻撃してくるのだけは警戒しながら。

 必要なのは男の心からの同意。どれだけ不本意でも、その運命に身を投じるという覚悟。もしくは諦め。


「……ダリオン・ヴァルフォード」

「素敵な名前ね」


 アンリエッタは微笑んだ。手にした『運命の契約書』にダリオン・ヴァルフォードと自動的に記される。


「はい、これで契約完了」

「…………」


 男――ダリオンは不服そうに眼を固く閉じたままだ。

 だが、契約は成された。

 しかし本当に契約が成されているかは未知数だ。契約の効果はおいおい調べていくことにする。

 当分はこの元騎士も変なことはしてこないだろう。真面目そうだから。


「ところで、あなたはどうして空から落ちてきてここで死にかけていたわけ?」


 問うと、ダリオンは不本意そうに口を開いた。


「――竜の討伐に来たが――」

「竜?」


 ――いまこの男は何と言った? 竜を討伐?


「それで、どうなったの?」

「……止めを刺す前に尾で薙ぎ払われた」

「ふぅん、返り討ちにされちゃったわけね」


 ダリオンの話に、アンリエッタは非常に興味をそそられていた。

 返り討ちにあったとはいえ、竜に止めを刺す寸前までいけたなんて。


(この時代の竜は弱いのかしら?)


 それともこの男が強いのか。

 話を誇張している可能性もあるが、見たところこの男は嘘がつけないタイプだ。


「じゃあ、リベンジに行きましょうか」

「なんだと……?」


 ダリオンはようやく目を開いて、アンリエッタを見る。


「正気か?」

「もちろん。わたくしも竜に興味があるの」


 トラウマは早めに克服しておくに限る。


 いつまでも前世の因縁に怯えてなんていられない。






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