27 錬金術師ギルドの勧誘再び
「う……ううう……」
宿に帰ってきたころには、すっかり夜になっていた。
アンリエッタは一人で部屋への階段を上りながら呻き声を漏らす。
(本当、なんて恋をしてしまったのかしら……)
まさか、初恋の瞬間に失恋をすることになるなんて。
しかも、従属契約を結んでいる相手に。
(わたくしが変な命令だけはしないようにしないと……とりあえず、もう部屋には入れない。パーティも解散した方がいいわね。食事も一緒にしない。あと――そうだ……他の人のパーティに入れてもらおうかしら)
他の冒険者から、一緒のパーティに入らないかと誘われることがある。
――それは、アンリエッタの実力が他の冒険者に認められている証だ。
他パーティでうまく行ったら、さすがにダリオンもアンリエッタを一人前と認めるだろう。
(契約満了のサインをして、めでたしめでたし。後のことはいろいろ調整がいるだろうけれど――まあ、なんとかなるでしょう。よし。このプランで行きましょう)
いまは、一刻も早く離れることしか考えられない。
固く決意して階段を上り切った時、アンリエッタが借りている部屋の前に立つ人影が目に入った。
「お帰りをお待ちしておりました」
眼帯をした錬金術師――錬金術師ギルドの熟練級のフォールネス。大した実力もなかった錬金術師を、最悪の気分で眺める。いったいいつからここで待っていたのだろう。
「フォールネスさんだったかしら。何の御用かしら」
「あなたとお話ししたいことがありまして……アグスティア公爵令嬢アンリエッタ様」
「ふぅん……」
彼は、アンリエッタ・アグスティアのことを知っているらしい。
アンリエッタは冷たく微笑む。
「いいわ、少しお話ししましょうか」
言って、部屋に招き入れる。万が一にも他の誰かに話を聞かれないように。
室内では、机の上に置いてある、マナに反応するランタン『蛍火ランタン』――が淡く輝いていた。フォールネスが来た影響か、一度光が揺らぐ。
来客用のテーブルの方へ行き、アンリエッタが先に座る。フォールネスも空いている椅子に座った。
以前と変わらず、まるで目が見えているかのような自然な動作で。
「まずは、あなたの作るポーションについてお伺いしたいのです」
意外なところから話を始めてくる。
「いくつか私も手に入れさせてもらいましたが、あなたの作るものは非常に質が高い」
「天才だもの」
「ええ、そうでしょうとも。しかし、それだけだとやや納得できないことが多すぎる」
「そうかしら? わたくしは普通のポーションを、普通に作っただけよ」
しかもそれらは冒険者ギルドのギルドマスターに直接渡している。いったいどこから手に入れたのだろう。
「アンリエッタさん、あなたは、錬金術の極意に至っているのではないでしょうか――?」
「……熟練級にそう言ってもらえるのは光栄ね」
皮肉を込めて言う。
だが、その言葉はフォールネスにはまったく届いている気配がない。
そもそも彼はこちらの話を一切聞いていない――そんな雰囲気がする。
「天才――それは確かにそうでしょう。しかし、あなたは若い。その年齢でそこまで辿り着けるとはとても思えない」
「天才ってそういうものじゃない? 凡人の踏むステップなんて、凡人にしか意味ないもの」
「ええ、そうかもしれません」
あっさりと頷く。
「ですが、凡人としては気になるものなのです。あなたはいったい何者なのか――そして……方々を調べたところ、レグルス王国の公爵令嬢が同じ名前で歳も同じだとわかりました」
「よくある名前ではないかしら」
――アンリエッタ、という名前自身は凡庸なものだ。
それを根拠にするのは薄い。
(冒険者ギルドで登録するとき、偽名にしておけばよかったかしら)
いまさらながらに思う。
だが、やはり、自分の名前を捨てることはできなかった。
フォールネスは続ける。
「しかし彼女は不幸な事故で亡くなっています。少なくとも、公式記録ではそうなっている」
「…………」
――よく調べてある。他国のことなのに。錬金術師ギルドを通じて調べたのだろうか。
「そして私は推測しました。あなたこそがアンリエッタ・アグスティアであり、しかしその中身は別人であると」
「…………」
「不慮の死を遂げた肉体に、別の魂が入り込んだのではないかと。そう――大魔女アルティナ……あなた様の」
アンリエッタは小さくため息をついた。
「妄想が過ぎない?」
フォールネスは口元の笑みを深める。
「――そして、竜の峡谷に封じられていた己の身体を、あなたが回収したのでは?」
「…………」
アンリエッタはその妄想を、悠然と微笑みながら聞いていた。
(なんてこと……ほぼ正解じゃない……なんなの、こいつ。思考か記憶を読む錬金物でも持ってるの?)
さすがに転生術までは推測が及んでいないようだが。
「どうしてそんな風に思うわけ?」
「アンリエッタさんと、アルティナ様のマナ構成は非常によく似ている……それこそ同一人物のように」
その言葉で納得がいった。
彼は目ではなく、マナを通して世界を見ている錬金術師だ。
普通とは違う世界を見ている。
だから、通常では考えもつかないようなことも言い出す。
「ふふっ、魂の双子というやつかしら? 光栄ね。でも、もし、わたくしが大魔女アルティナだったとして、だから何?」
フォールネスは笑う。
「協力させていただきたいだけですよ。あなた様が至れなかった錬金術の極致――不老不死の研究に」
「至れなかったんじゃない! あえて至らなかったの! ……――って、大魔女ならそう言うんじゃないかしら?」
アンリエッタは肩を竦め、椅子に背中を預けた。
(またやってしまったわ……)
どうもこの話だけは冷静に受け止められない。つい頭に血が上ってしまう。
何も知らないくせに、勝手に未熟者と決めつけるやつらが許せなくなる。
「ふむ……至らなかったのではなく、あえて至らなかった――それは興味深い。錬金術の究極たる不老不死の追求を、意図的に避ける理由とはいったい何でしょうか?」
「さあ? 不老はともかく、不死は怖いじゃない? 死にたくなったとき困るじゃない」
肉体の老いは苦しみでしかない。だが、死は一種の救いだ。
無限の苦しみから救ってくれる唯一の解放。
なのにどうして、人々はそれを克服したいと考えるのだろう。
特に男の権力者たちはすぐにそれを求める。
永遠に己の国を支配しようとする。
前世からまったく理解できなかった。
――あるいはそれは、責任感からかもしれない。
国を背負う責任感から。他の者たちには任せられぬという高慢さから。
フォールネスは黙って考え込んでいた。その姿はどう見ても、アンリエッタの言葉を素直に受け取っている雰囲気ではない。
「いや……大魔女アルティナは、やはり不死に達している……魂を他の人間に乗り移らせることで、不死を実現している――……?」
独り言のように呟く。
「魂を不死の肉体に閉じ込めるのではなく、憑依を繰り返すことで永遠の命を得た……? であれば、その肉体は朽ちても、魂が新たな器に宿る――それが、彼女は『至れなかった』のではなく、『至る必要がなかった』……? そう考えれば、いまここにいるのも……」
何かに憑かれたようにぶつぶつ言い続けるフォールネスを、アンリエッタは愕然としながら見つめていた。
(この男……)
おぞましさと嫌悪感が湧いてくる。
しかし彼の呟く推測は、アンリエッタも無視できないものだった。
実際に、魔女アルティナは、死ぬ前から生まれ変わり先のことを知っていた。公爵令嬢アンリエッタ・アグスティアに生まれ変わり、婚約者の王太子に裏切られる運命も。
だからこそ、転生術で記憶とスキルをひとつ引き継がせて、運命を変えた。
(――わたくしは、あえて不死を選ばなかったのではなく……転生先を知っていたから、そうする必要がなかったですって……?)
自覚はなくとも、事実としてそうなる。
それは。
なんて。
――恥ずかしい。
みっともなくて、あさましい。
「ぜひ私にも教えていただきたい……! 記憶を持ったまま永遠に生きる方法を!」
「……うるさい」
「あなたが望むなら、どんなものでも捧げましょう。そして私たちの名が錬金術の歴史に刻まれるのです。私たち二人が、永遠に未来を支配するのです」
「……最低。最低の口説き文句だわ。いまなら見逃してあげるから、さっさと消えて」
アンリエッタは立ち上がり、フォールネスを見下ろしながらドアを指差した。
しかしフォールネスは椅子から滑り降りると、アンリエッタの足元に縋ってくる。
「わかっております。あなたは悠久の孤独が恐ろしいのでしょう? 天才とは孤独なもの――……私があなたのしもべとなり、永遠にお仕えし孤独を癒しましょう。あなたのために幾千幾万の命を捧げましょう。どうか私に慈悲を……!」
その必死さが醜悪すぎて見るに堪えない。
わかったような口を利くのも度し難い。
「ねえ、あなた。自分にどれほどの価値があると思ってるの?」
アンリエッタは机の上に置いてあるベルを手に取った。
「あなたにも、わたくしにも、そんな価値なんてないわ」
『双子のベル』を鳴らした瞬間ドアが開き、ダリオンが剣を手に入ってくる。
廊下で待機していたとしか思えない早さに、心臓が口から飛び出しそうになる。
「貴様は……」
「ダリオン、こいつを外に放り出して。居座って邪魔なの」
動揺を抑えつつ、毅然と言う。
ダリオンは剣を握ったまま、フォールネスの前に立った。
「……フォールネス殿。ここはお引き取りいただきたい。でなければ、私は彼女の命令を遂行せざるを得ない」
冷たい声は、どこか怒りを抑え込んでいるような揺らぎがあった。
フォールネスはやれやれと立ち上がる。
「またお会いしましょう、アンリエッタさん。あなたに喜んでもらえるプレゼントを用意しておきますよ」
「いらないわ」
「そうおっしゃらずに。私はあなたの唯一の理解者なのですから」






