二人目の魔法少女
一迅の風が、座り込んでいた少女のふわふわツインテールを揺らした。
それと同時に、少女を襲っていた戦闘員の一人が吹き飛んでいく。ばひゅーん。
突然、攻撃が止んだことを感じて、少女はゆっくりと目を開いた。
そこには。
スカーレットを守るように立つ、青い魔法少女の後ろ姿があった。
ライトグレーの膝上まであるロングブーツ。
藍色と水色の生地が折り重なったふわりとしたミニスカート。
コルセットが入ったように締まったウエストの空色と白色のエプロンドレス。
肘上まで覆う白い手袋はスカーレットと似ていて。
青みがかった豊かな黒髪はポニーテールにまとめられ。
ポニーテールの結び目から毛先に向けて、青みがかった黒髪から白銀の髪へと、滑らかにグラデーションしていた。
「あなた、大丈夫?」
青い魔法少女が振り向く。ポニーテールが大きく円弧を描いて揺れる。
その魔法少女の青い瞳は少し垂れ気味に大きく見開かれていて、薄桃色のリップがその瞳を強く印象付けていた。
……きれい。
その瞳に吸い込まれるように、つい見惚れてしまっていた。
「……大丈夫?」
呆然としているスカーレットに、青い魔法少女はもう一度問い、その手を差し伸べる。
差し伸べられた手を取ると、こくこくと頷いて立ち上がるスカーレット。
並び立つ、赤と青の魔法少女。
そう、当然のごとく、青い魔法少女も巨大であった。
「私と背中合わせになって……そう。それで、あいつらが近づけないようにしてくれればいいわ。近づこうとしたら、こう、手を横に払うだけでいいから」
青い魔法少女からスカーレットへと指示が出される。
正直、助かった。
物理的に助けてもらったこともそうなのだけれど、指示してくれたことが何より大きい。一度折られた精神には拠りどころが必要だったのだ。それに、複雑なことを要求されても、今のスカーレットには応えることができないのだから。ただ、手を払うだけ。そう限定してくれたから、今のわたしでもできそうだと、スカーレットにはそう思えた。
「ぎぃー」
増えた魔法少女に様子を窺っていた戦闘員たちだったが、隊長戦闘員の一声で、また攻撃に移ろうとし始めた。背中合わせの魔法少女ふたりを取り囲むように、戦闘員たちが配置につく。じりじりと間合いを詰めて、ひとり、またひとりと魔法少女へ襲い掛かる。
――どかん。
――どかーん。
――どっかーーん。
青い魔法少女に蹴り飛ばされ、投げ飛ばされ、さらにはスカーレットにも薙ぎ払われて。
戦闘員たちは次々と倒されていく。三人、四人、五人……
「ぎぎぎ、ぎぃーーー」
隊長戦闘員が悔しそうな声を上げて地団駄を踏む。その声を聞いた戦闘員たちは、一斉に退却を始めた。素早く逃げ帰るもの、魔法少女に吹き飛ばされて倒れている仲間を担ぎ上げて退くもの。隊長はそれを最後まで見届けて、それから退却していった。
最後まで二人の魔法少女を警戒しながら逃走していった隊長が見えなくなって。そうしてから、ようやく二人の魔法少女は構えを解き。ふうと大きく息を吐いた。
「あ、そうだ。悟くん……だいじょう……」
悟の無事が気になって、スカーレットは振り返りつつ声を掛けようとした。けど。
そこには怯えた表情で後ずさる悟がいて。目が合った瞬間。
「ごめんなさい!」
そう叫んで、悟は逃げ出していった。
……あ、え? ええぇ~。
愕然とそれを見送るしかないスカーレット。
中途半端に差し出された右手の指先を、物悲しい秋の風が吹き抜けていった。
「えーと……」
ぽりぽりと頬を人差し指でかきかきしつつ、話しかけづらそうに青い魔法少女が声をかけてくる。
「あ、ありがとう。助けてくれて」
「気にしないでいいよ。それで、あなた魔法少女でしょ? 変身を解いてから話を聞かせてくれない?」
助けてくれた謎の青い魔法少女からの問いかけに、スカーレットはあることに気付いた。
「あっ!」
「ん? どうしたの?」
赤面して、もじもじとし始めたスカーレット。青い魔法少女は如何したものかと問う。
「あの……」
「ん?」
「その……」
「んんっ?」
「えっと…………」
「だから何⁉」
「変身した時、着てた服がどこかいっちゃったの。弾けたか、溶けたか。だから、このまま元の姿に戻ったら、あの、その……」
そう、生まれたままの姿で緋色に戻ってしまうことを想像してしまっていた。
定番のシチュエーションだと言えばその通りだ。
「ああ、なるほど」
青い魔法少女は納得したように頷くと、胸の前で両手を組み合わせた。目を瞑り集中する。
その組んだ両手の間から光が漏れ始める。光は瞬く間に膨れ上がって青い魔法少女の全身を包む。その光がぎゅっと、ぎゅーっと縮んでいき、少女の姿をなしていく。
その姿はもちろん生まれたままではなくて。
爽やかな水色のスエットパーカーにタータンチェックのスリムなパンツ。
ふわりと内側にカールさせた、肩ほどまでに伸びた紫紺の髪。
その上には紺色のベレー帽。
「ね、大丈夫でしょ。仕組みはわからないけど、服は元通りになるの」
そう言って振り返った少女は。
「うそっ‼」
スカーレットの心の声が漏れた。
そう。青い魔法少女は、絵里香だった。
絵里香に倣って、スカーレットも両手を胸の前で組み合わせる。元の姿へと戻ることを、じっと思い浮かべていると、しだいに合わせた手の間が温かくなってくる。
その熱はどんどんと高まって、ついには光がその両手から溢れ始める。膨れ上がる光に包まれたスカーレットは、いま一度、身体が光と溶け合うような感覚を味わっていた。その光が収まると、そこには。
ハイネックのトップスに赤いフルジップのスエットパーカー。
タータンチェックのプリーツスカート。
背中まで伸びたふわふわの黒髪は、光が当たると赤みがかって見えて。
小柄な童顔の少女が振り向く。
「え! 緋色‼ うそぉー⁉」
今度は絵里香が驚く番だった。
緋色は語った。絵里香と別れてからの不思議体験、その一部始終を。
『また明日』『じゃあね』と言い交わしてから、まだ二時間と経っていない。それにしては随分と濃密な時間だったんだな。改めて口にすると、本当にそう思う。
「なるほどー。じゃあ、さっきのが緋色の初変身だったんだね」
「そうなんだよ。ぽかすか殴られて、ほんとに怖かったんだよ」
「だからかぁ。よわよわしーく『たすけてぇ』って声が聞こえたから、飛んできてみたら、巨人が座り込んで泣いてるんだもん。びっくりしちゃったよ」
からかうような口調で言う絵里香。その右手で、緋色の頭をよしよしと撫でる。
「むぅ。絵里香だって巨人だったじゃん」
「あはは、確かにそうだ」
「ねえ、絵里香も魔法の妖精さんから光のクリスタル貰ったの?」
「ん? 光のクリスタルって、これのことかな?」
絵里香が左手を開いて見せる。そこには何も握られていない。
「何もないよ?」
「まあ待って」
一呼吸おいて、掌の奥からじわりと光が浮かびだす。なんと、その手の中から、光のクリスタルが浮かび上がってきた。
「おー」
「反応薄いなぁ」
びっくりしたのだけれども。今日は驚くことが多すぎて、反応が淡白になってしまっている。
すでに、とっぷりと日は暮れて。
暗くなった路地裏を歩きながら、二人の少女の会話はつづく。