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三つの部隊と蛇目頭

(ハー)アイン、準備完了」

「Hツヴァイ、準備完了」

 各部隊を率いるリーダー戦闘員の声が響く。

 その報告を聞いて、蛇目頭(へびめとう)が振り返った。

「ムジーク様。Hアイン、ツヴァイ、共に準備完了しました」

 それに続いて、六郎(ろくろう)が声を上げる。

「ムジーク様、(エム)アインの準備も整っております」

「うむ」

 ムジークは頷きを返した。

 ムジークの号令から四分三十秒。きっちりと準備を間に合わせるあたり、やはりこの二人の怪人は優秀なのだ。

「よし。これより作戦を開始する」

 ムジークが宣言する。

「突入開始」「「はっ」」


 ラウタートンへと向けて進むHアイン、Hツヴァイ。先頭に立つ蛇目頭に続いて、両部隊のリーダー戦闘員が、さらにそれぞれの部隊に十名ずつの戦闘員たちが続く。

 その後を追ってムジークとMアインの戦闘員たち。こちらもおよそ十名ほど。最後尾に六郎と絵里香(えりか)、そしてスカーレットという配置である。


「全体、止まれぇー」

 蛇目頭の号令がかかった。ざっざっざ、と足を揃えて停止するHアイン、Hツヴァイ、それからMアイン。

 ラウタートンまで、およそ二十メートル。まだラウタートンに動きは無い。

 黒い羽根に覆われた(まゆ)というか卵というかは、ただそこに佇んでいる。

「てんかぁーい!」

「展開!」「展開!」

 蛇目頭の声に反応して、おのおのの部隊からリーダー戦闘員の復唱が聞こえる。その声に合わせて、Hアインは右翼、Hツヴァイは左翼へと開いていく。


「Hアイン、展開完了」

「Hツヴァイ、展開完了」

「……ぷっ」

 それぞれの部隊のリーダー戦闘員から報告が上がる。前方ななめ上へと、右腕をびしっと突き上げて。

 それが、まったく同じ口調、全く同じ動作であったから、スカーレットがつい吹き出してしまったとしても、それは無理からぬことだろう。そうに違いない。だって、そんなスカーレットの傍らでは、絵里香も赤い顔をして必死に笑いを堪えているんだから。けして、スカーレットが噴き出したのを見てしまって、そうなっているわけじゃない。わけじゃない、はずだ。たぶん。


 さて、部隊の展開が終わった。

 黒い羽根に覆われた繭というか卵というか、つまりは活動の止まったラウタートンの周囲を三方から囲むように秘密結社(シュバルツローゼ)の部隊が配置された。

 正面――スカーレット達のいる方から見ると、時計の中心にラウタートンを置いて、二時の方角にHアイン、十時の方角にHツヴァイ、そして六時の方角に魔法少女(まぎがある)とムジークを含むMアインが展開している。

 左右に広がったHアインとHツヴァイを見送って、一人でラウタートンの正面に残っていたのは蛇目頭である。部隊の展開が終わったことをリーダー戦闘員の報告から確認すると、一度ムジークへと振り返ってアイコンタクトを交わす。

「ふう」

 ひとつ、大蛇そのものの大きな口から息を吐いて。

 蛇目頭は大蛇の胴体を思わせる鱗に覆われた右腕を振りかぶった。


 ――ずん。

 大蛇のような太い腕が、黒い羽根に覆われた繭へと食い込んだ。

 蛇目頭の太い腕が通ったその軌跡のまま、繭に黒い穴が開いたようにみえる。

 さあ、これでラウタートンが繭を解いて姿を現す、と思った。少なくとも周囲を取り囲んでいた、魔法少女(まぎがある)秘密結社(シュバルツローゼ)の面々はそう思ったのだ。

 だがしかし。

 そんな文章が綴られるということは、そんな思った通りの展開にはならなかった、ということであるのだ。もちろん。


「……何なんだ、これは」

 ラウタートンへと振り下ろした右腕を引き抜いて、それを見た蛇目頭の口から思わず漏れた言葉だ。

 蛇目頭の右腕は()()()()いた。もう少し正確に描写するならば、右腕に黒い(もや)のようなものが纏わりついていて、その輪郭も、紋様も、存在すら不明瞭になっていた。

 蛇目頭がゆっくりと後ろへ下がる。一歩、二歩、三歩と。それは意図したものではなくて。

 目の前に掲げた右腕は、まだそのままだ。どうにもこうにもならない。只々、()()()()しまっている。

 その異様な光景に、誰もが動けないでいた。当事者の蛇目頭だけでなくて、展開していたそれぞれの部隊が、六郎が、スカーレットと絵里香が、どうしていいのか分からなかった。だから、その視線が一様にムジークへと集まっていくのは当然であって、必然であって、そして必定とも言えた。

 だから――


 繭のように、卵のように、ラウタートンを覆っていた無数の黒い羽根が、その役目を放棄して宙に漂い始めたのを見逃したとしても、それは咎められるべきではないだろう。


 ムジークの灰色の瞳だけが見ていた。ざんばらに乱れた前髪をかきあげて、その奥の瞳で見ていた。整髪料でまとめていたはずなのに、ざんばらに乱れてしまった前髪を無造作にかきあげて、ムジークは見ていた。


 ――何を?

 蛇目頭の向こう側で、音もなく浮かび上がって、そして拡がっていく黒い羽根を。

 今それを見ていたのは、ただ一人。

 ムジークだけだった。


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