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はじめての変身①

 真っ暗な空間に一人立ち尽くす男がいた。

 長身ではあるが痩せぎすな体躯に、ざんばらに伸び切った髪。羽織ったよれよれの白衣にモニターディスプレイの光が白く反射している。

 ここは秘密結社『シュバルツローゼ』の日本支部。その研究室の一つだ。

 男の名はムジーク。結社の日本支部を預かる大幹部である。

 ムジークは落ち着きなく、この部屋をうろつきまわっている。いかにも焦っていることが丸わかりだ。どうしてそんなに焦っているのか。それは監視対象であった少年を見失っているからに他ならない。

 ……うぬぬ。どうしたものか。このままでは明らかに不味いことになるではないか。

 そうはいっても。

 ムジークは部下からの報告を待つ他ないのだった。


   ◇


「やだ、どうしよう」

 緋色の目に動揺の色が浮かんでいる。

 その視線の先には一人の少年、同級生の響木(ひびき)(さとる)が歩いていた。緋色より十センチほど高い身長にすらりとした体形、短髪の黒髪、整った顔立ちに穏やかな表情が浮かんでいる。ジーンズに白いスニーカーと白いウィンドブレーカが今日もよく似合っているな、と緋色は思った。おっと、先ほどの描写は訂正しておこう。緋色の目に動揺と()()の色が浮かんでいる。

 この反応で、もう判るだろう? 緋色の気になっている男子、それが悟だった。

 その悟が近づいてくる。

 ついさっきまで起きていた不思議体験も、今の緋色には遠い昔のことのようだった。


 ――その、ついさっきまでのこと。

 あの神社で約束を交わすと、ギギはその翼を広げ、どこへともなく飛び去ろうとして。

「あ、ちょっと! この後どーすりゃいいのぉ!」

「……けいやくはなされた……ときがくれば……わかる。ホウ」

 叫ぶ緋色に、ギギはそうとだけ答えて夜の闇に消えていった。

「えええええええぇぇぇ」

 住宅街の神社、その境内に何とも言えない少女の雄叫びが響き、そして消えていった。


 しばらく呆然としていた緋色であったが、なんとか気を取り直すと、一先ず帰ろうと歩み始めた。悟を見つけたのは、そんな矢先だった。


「あれ? 真野さん?」

「あれ? 響木くん? 偶然だね」

 悟が緋色に気付いて、声をかけてきた。緋色はとっくに、もう五十メートル以上も手前で気付いていたのだけれど。もちろん、そうと言いだせるはずもなく、あたかも声をかけられるまで気付いていなかったかのように答えた。

「真野さんって、こっちの方に住んでるの?」

「ううん、今日は駅前で遊んでたから、その帰り。響木くんは散歩?」

「そんなとこ」

 たわいもない会話ではあったけれど。でも、緋色の心臓はバクバクと脈打ち、顔が赤くなってやしないかと気になって気になって。

「……じゃあ、また明日」

「うん、バイバイ」

 そう言って別れたとたん、緋色の頬が、耳が、首筋が、一斉に紅く染まる。

 ……やばかったぁ。でも、ほんとラッキーだよね。

 ……今日は最高だよ。ニチアサ見れて、絵里香と遊べて。

 ……魔法少女にもなれて、そのうえ悟くんにも会えるなんて!

 ついつい口元が緩んでしまう。にやけ顔の緋色の脇を大柄な男性がすれ違って行く。慌てて表情を引き締めようとするも、やっぱり、にへらと締まりのない表情に戻ってしまう。


「……ベータ班、発見しました。対象エルです」

 あれ? すれ違った男性の方から聞こえてきた言葉が、緋色の耳に引っかかった。

 で、悟の歩いて行った方を振り返る。


「……え?」

 なんだろう、ただの夜の街かどのはずなのに。何か奇妙な違和感を感じて。不穏な空気に、緩んでいた緋色の表情が引きしまる。

 五~六十メートル先を歩く悟を、電柱の街灯がスポットライトのように照らしている。

 先ほどすれ違った男性は、緋色と悟の中間ほどに位置している。その他に町の人と思しき人たちが数人、見える範囲にいるのだけれど。何かがおかしい……あ! 見えている範囲、そこに居る人々(悟を除く)全員の視線が悟を向いているのだ。

 ――ざわり。

 背中に怖気(おぞけ)が走る。

 何かヤバいことになっている。そんな気がする。どうしよう。

 その時。

 緋色の後ろに、バサバサと羽音を響かせて降りてくる物体があった。ギギだ。

 振り返った緋色に、ギギはその鈎爪に掴んでいた半透明の石を手渡す。うっすらと光を通すその石は、水晶の結晶のような六角柱をしていた。そして石の内側から光がにじみ出しているように、じわっと乳白色に輝いていた。

「『光のクリスタル』だ。しっかりにぎりしめて、つよく、ねがえ。」

 さっきまでより、ずいぶんと流暢な日本語で、ギギが石の使い方を伝える。言うことだけ言うと、そしてまた飛び去って行った。

 ……え、もしかして魔法少女の出番なの? コレが変身アイテム?

「よし! わたし『まぎがある』になればいいんだね!」

 と振り向くと。

 先ほどまで道端にいた町の人々は()()()()()()。いや、ほんとに一回り、いや、二回りほども大きくなっていたんだよ。黒い着ぐるみというか、全身タイツを身に付けたみたいで、まるでモブ戦闘員……

 その戦闘員たちは、今にも悟に襲い掛かりそうになっていた。迷っている暇は、ない。


 緋色は光のクリスタルをぎゅっと握りしめると、その瞼をぎゅっと閉じた。

 閉じた瞼の裏側に思い浮かべる。

 緋色が理想とする魔法少女の姿を。


「マギィ・エフェクト・フォーミュラ!」

 緋色の唱えたキーワードをきっかけに、光のクリスタルが激しく輝きだす。

 クリスタルを中心に光の球体が拡がる。

 その直径は一メートル、二メートル、そして三メートルに及ぶほどにまで膨れ上がり。

 そしてその中心には緋色が浮かんでいた。


「メタモルフォーゼ!」

 次のキーワードで、緋色から糸状の光が溢れだす。

 衣服は光となって球体の中に霧散する。

 緋色の肢体が、光のシルエットとなって現れる。

 緋色は光の球体の中心で膝を抱えて丸まって。

 緋色の周囲をその身体から溢れた光の糸が包んでいく。

 光の糸は球体を埋め尽くし。

 そして。

 光の球体が弾けた。

 光の消えた空間に、激しい風が吹き込んでいく。

 光の球体があったその場所は、その球体があった、ただそのままの形で(えぐ)られて。

 ただ、クレーターの様な窪地が、そこにあった。


 そこには、その中心には。

 深紅のショートブーツ。

 ふわりと広がった鮮やかな朱色のミニスカート。

 イブニングドレスを思わせる引き締められたウエストライン。

 ふんわりと広がった胸元と両肩にはたっぷりとしたフリルがあしらわれていて。

 肘上まで届く白い手袋をはめた細い指先がしなやかに伸びている。


 赤髪というよりもピンクゴールドといった方が相応しいだろうか。非常にたっぷりとしたボリュームのふわふわの髪がツインテールに揺れる。

 鮮やかな紅いリップ。

 すっと通った鼻筋。

 アーモンド形に大きく見開かれた目にはルビー色の瞳が煌めく。


 引き締まった脚が。

 丸く持ち上がったヒップラインが。

 そこから滑らかな曲線を描く括れた腰つきが。

 大きく開いた胸元に深い谷間を形づくっている豊かな双丘が。

 大人びた女性の肢体が、そこにあった。


 緋色の理想とする女性の姿。

 それを魔法少女のパッケージに包んで見せた姿が、そこにあった。


 そして彼女は、びしりと両足を踏み開き。

 そして彼女は、左手を腰に当てて。

 そして彼女は、右手に作ったピースサインを眼もとに当てて微笑み。

 そして今、高らかに名乗りを上げる。

「まぎがある・スカーレット! ここに見参!」


 スカーレットは想像する。深紅の爆炎が、その背後に盛大に上がるのを。

 どかーん。


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