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雑炊、うどん、それから激辛ラーメン

「ムジーク様、申し訳ありません。私の力が足りなかったばかりに」

 跪いた男が言う。

 まさに満身創痍。身体中あちこちがボロボロになっているこの男、六郎(ろくろう)である。

 すでに、その変身は解けかかっており、体を覆っていた甲冑はもう足先に少し痕跡が残るだけであった。

「……こうして生きて戻ってきてくれたのだ。まずは、それを喜ぼう」

 そう返すムジークではあるけれど、その視線は六郎には向いていない。いや、ムジークだけじゃない。

 ムジークの傍らに立つ蛇目頭(へびめとう)の視線が。

 その周囲を取り囲むように、わらわらと集まってきている戦闘員たちの視線が。

 さらには、ムジークへと話しかけているはずの六郎の視線さえ。

 彼らの視線は、ある一点へと注がれていた。


 そんな彼らのじっと見据える先には、黒い羽根に覆われた巨大な繭というか卵というか、があった。

「しかし……どうしてあのような姿に?」

 蛇目頭が、誰に訊ねるでもなく呟いたのだけれど、それを受けてムジークが口を開く。

「うむ。結論から言うならば、過剰吸収した刺激物への自己防衛反応だろう」

「「「???」」」

 蛇目頭の、六郎の、戦闘員たちの頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。

「……あの、六郎様。どういった意味なのでしょうか」

 一人の戦闘員が、ぼそっと呟いた。傷ついた六郎の傍らで、その身体を支えていた戦闘員だ。

「ああ、簡単に言うなら……」

 これはムジークの声。六郎だけに聞こえるよう呟いたつもりだったのに、ムジークにまで聞こえていたようだ。

 ムジークは黒い羽根に覆われた繭というか卵というか、から目を離さずに続ける。

「……消化の悪いものを食べすぎて胃がもたれたから、ちょっと横になって休んでる……といったところだ」

「は? 食べすぎ、ですか」

「そうだ。我々が六郎を救出した時に、ラウタートンが魔法少女を攻撃していただろう」

「はい」

「その時に、ラウタートンの鈎爪が魔法少女に食い込んでいたように見えた」

「……たしかに」

「あの鈎爪は生体エネルギーを奪うストローの役目を果たすのだよ。だから、鈎爪の刺さっていなかった蛇目頭は無事であったのに、鈎爪が刺さった六郎はすっかりエネルギーを奪われて、変身が解けてしまったのだ」

「なるほど」

「しかし!」

 ここで『ムジークと、その話に相槌を打つ戦闘員』という関係に六郎が割り込みをかける。

「私のエネルギーを吸っても、あのような姿にはならなかったのですが」

「うむ、それが『刺激物』というところだな。六郎、お前とラウタートンの力の根源は、共に『闇のクリスタル』だ」

「はい」

「クリスタルの違いで、多少の差異はあっても似通った特性を持っている」

「なるほど、そういうことですか!」

 六郎はピンと来たようだ。まだどうにも理解が進まない戦闘員の方を向いて声を掛ける。

「ラウタートンにとって、俺たちの持つエネルギーは非常に吸収しやすい食事なんだ」

「食事、ですか?」

「ああ。あっという間に消化できる『雑炊』や『うどん』のようなものと思えばいい」

 六郎の解説にムジークが頷く。その様子を確認して、六郎がさらに続ける。

「それに対して、魔法少女(まぎがある)の『光のクリスタル』は刺激物――例えるならば激辛料理のようなもの、という事なんだろう」

「そう、それまで優しいお子様向けの料理しか食べたことが無かったのに、いきなり唐辛子たっぷりの激辛ラーメンを一気食いしてしまったのだ。今頃は内臓がひっくり返っているところだろう」

 六郎に続いて、ムジークが具体的に例えていく。

 戦闘員は、自分が初めて激辛に挑んだ時を思い出して……いや、その翌朝を思い出して、ついつい戦闘員スーツの臀部を押さえるのだった。ヒー。


「それで、ムジーク様」

 今度は蛇目頭が声を上げる。

「その刺激物を吸収するために、黒い羽根に覆われた卵(あのすがた)になった。という事ですか」

「まず間違いなかろう。ゆっくり吸収するための寝台(ベッド)なのだろうよ」


「それじゃあ、今がチャンスなんじゃないの?」

 ムジークと蛇目頭の会話に割り込む声。振り向く秘密結社(シュバルツローゼ)の面々。

 そこには、大きな赤い魔法少女が一人。それともう一人。赤い魔法少女に背中を支えられて、小さな『ねずじゃー』の少女が立っていた。

「持っていかれた(シアン)のエネルギーを激辛ラーメンって言われるのは、ちょっと心外だけどね」

 声は『ねずじゃー』の少女のものであった。


 スカーレットと、先ほどまでシアンだった『ねずじゃー』の少女――絵里香(えりか)が、ムジークたちと合流する。

「たしかに今がチャンスなのは間違いないんだが……」

 六郎がきまりの悪い声で応えた。その見渡す視線の先には、スカーレット、蛇目頭、そして当初の六割程度になった戦闘員たち。

「いくらラウタートンが引き籠もっているとはいえ、この戦力で足りるのか……(いささ)か不安が残るな」

 蛇目頭が、言い淀む六郎の言葉を繋ぐ。

「あー、そうだよねぇ」

 相槌を返す絵里香。ムジークは何事か考えこむように、無言である。

 なんだかスカーレットだけが置いてきぼりにされているようで。

 なんともかんとも、どうにも落ち着かない。あわあわ。


「……ねぇ、絵里香」

「どしたの?」

 自分だけが判ってないのが少しばかり恥ずかしくて、こっそり絵里香へと話しかける。

「どうして、こう暗い雰囲気になってるの? ラウタートン(あいつ)が動いてないんなら、全員で押さえつけて捕まえちゃえばいいんじゃない?」

「んー、そうできたらいいんだけど」

「できないの?」

「ほら、あの形から『ドクン』って衝撃がきたじゃない? 全員でかかっていったとして、アレがきたら全滅するんじゃないかな」

「あ! たしかに。あれはヤバいね」

「それに、ラウタートン(あいつ)への攻撃ってさ、効いてないと思わない?」

「……そうだよ。どうやったら勝てるんだろう?」

「……」

 考え込む絵里香。

 これまでの怪人や戦闘員の攻撃がラウタートンに効いた様子はまったくない。あまりにも質量が違いすぎるのだ。彼らより(たぶん)重たいスカーレットでさえも、全速力で体重を乗せて、それでどうにか腕を弾き飛ばせた程度だ。

質量(おもさ)は強さ。巨大だと思えるスカーレットでさえも、それでもまだ質量が足りないのだろう。


 その時。

 そう考えていた絵里香の背後から、突然、大きな音が響いた。

 ――バサッ、バサッ。

 ――バサバサッ。


 その音と共に。

 生温(なまぬる)い、いやぁな感触の風が、絵里香の頬を撫でていった。


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