旦那様へ。
開いていただきありがとうございます。
評価・感想お待ちしています。
旦那様。どこにいらっしゃるのですか。
私は今、こうして、旦那様へ、この生涯にただ一人愛した方へ、お手紙を差し上げています。
旦那様、どこにいらっしゃるのですか。
弟は、旦那様はもう亡くなったなどと、酷いことを申します。そんなことがあるわけないのに、どうしてこう酷いことが言えるのでしょう。
私はまだ旦那様の御姿を目に入れておりません。亡くなっておられるなら、どうしても私のこの眼に入るはずです。
しかし、現に私は、旦那様のそうなった御姿の、その一切を見ておりません。
故に、旦那様は生きているのだと、そう断言できます。
それでも弟は頑なに、旦那様が亡くなったと、そう言い聞かせます。母も弟の肩をもちます。
酷い。本当に、酷い。
旦那様、どうか帰ってきて、私の代わりに、彼らを叱ってください。
私は今、座敷牢に閉じ込められております。外に出ることは、私のこの細腕では叶いません。こうなってしまっては、彼らを叱ることもできません。
ですから、お願いです。私の代わりに、彼らを叱ってください。
旦那様は、まだお若い、逞しい方です。弟も、それは承知しているはずなのです。
それでは、何故、旦那様が亡くなったと、そう訴えるのでしょう。
弟は、近頃、いつも泣き腫らしたような瞼をしています。そして、その瞳の奥に、どこか哀しさを感じます。これは、一体何故でしょう。
私のお慕いする旦那様は、まだお若い方です。亡くなるようなことなど、決してないのです。
しかし、弟は、旦那様が亡くなったと、そう強く言います。母も、その肩をもちます。私が幾ら旦那様は生きていると言っても、頑として聞き入れません。
旦那様、どこにいらっしゃるのですか。
私は、とても寂しく思っています。また、旦那様の、温かい、優しい眼差しが見たいのです。あの寒い冬の日に、旦那様に抱き締められたときの、その温もりが欲しいのです。
旦那様、どこにいらっしゃるのですか。
私は旦那様に会いに行くつもりです。それがたとえ雲の上の王国であろうが、地中の帝国であろうが、砂漠に佇む岩城であろうが、海中の神殿であろうが、どこへでも会いに行きます。
だから、旦那様。どうか、どこにいらっしゃるのか、どこへいらっしゃるのか、教えていただけませんか。
蛆の湧いたこの足ではきっと、歩くことは難しいでしょう。
それでも、私は旦那様に会いに行きます。
旦那様。こうして、座敷牢で、旦那様の御姿を、御声を思い浮かべ、懸想して、もう幾日経ったでしょう。
旦那様、私は旦那様とまみえて以来、片時も旦那様を忘れたことはございません。
ですから、旦那様。また私を迎えに来てください。
どれだけ離れていても、私を忘れないと、旦那様はそう仰いました。
ですから、旦那様。私はいつまでも、この命のある限り、また会えるその日まで、旦那様をお待ちしております。
旦那様。どこにいらっしゃるのですか。
お読みくださりありがとうございました。
この話は、一月ほど前に太宰治の「駈込み訴え」を読んだ時に思いついたものです。
つい先程にこの作品を書いたのを思い出し、投稿することにした次第です。