50 お姉様VS生徒会長
どうしようかと焦るアネットだったが、すぐに心強い味方が現れた。
「失礼いたしますわ」
凛とした美しい声に憂鬱な気分がたちまち吹き飛んでしまう。
「お姉様!」
孤児院の慰問に言っていたクロエだが、帰って来るなり事情を聞いて駆けつけてくれたようだ。婚約者候補として現れたフェルナンとの何を話してよいか分からず、また迂闊な言動で自分の首を絞めないようにと張り詰めていた緊張の糸がほろりとほどける。
「シアマ会長、先日は妹のことで大変お世話になりました。姉としてお礼を言いますわ」
「いや、当然のことをしたまでだ。それに結局は殿下とリシャール殿が解決したようなものだから気遣いは不要だよ」
おや、とアネットは異変に気付く。クロエもフェルナンも笑顔を浮かべているものの、どこか殺伐とした雰囲気を醸し出している。
(お姉様は会長がお嫌いなのかしら?)
だとすれば無理をさせたくないのだが、アネットを心配してきてくれたのだから退出を促すのはクロエの好意を無駄にしてしまうことになる。
「お姉様、お疲れでしょう?こちらにお掛けになってください。ジョゼ、お姉様にもお茶を用意してちょうだい」
自分の隣の席を進めるとクロエはにこやかな笑みを浮かべて腰を下ろす。フェルナンが顔を顰めたような気がしたが、アネットが正面に顔を戻した時には柔らかい笑みに変わっていた。
「クロエ嬢はアネット嬢のことを随分可愛がっているのだね。少々過保護すぎるきらいもあるようだが」
「ええ、大事な可愛い妹ですもの。将来のお相手を見定めるのも姉として当然の責務ですわ」
表面上和やかなようでどこか攻撃的な言葉の応酬に、アネットは大人しくもそもそとクッキーを口に運ぶ。いざとなればクロエの助勢を行うのはもちろんなのだが、会話の中心が自分のことなのでどう口を挟んでよいか分からない。
ちらりとジョゼに視線を向けるが、「私はただの侍女です」とばかりに無関心を貫いている。それならば、とアネットもしばし静観することにした。
好戦的なクロエは珍しく、きりりとした雰囲気がはっとするほど美しい。
うっとりと見惚れていると会話が途切れ、フェルナンはどこか諦めたような表情で小さくため息を漏らした。
「今日のところは引き揚げるとしよう。アネット嬢、少し早いけど誕生日の贈り物だ」
綺麗に包装された小さな箱は恐らくアクセサリーの類だろう。本音を言えば過分なものを受け取りたくないのだが、理由があるプレゼントを断るのは失礼にあたる。
「こんなもので歓心を得られるとは思っていないし、俺の自己満足のようなものだからあまり深く考えず受け取ってくれれば嬉しいな」
アネットの逡巡を察してフェルナンはさらりとした口調で付け加える。
ここで固辞するのはあまり良くないと判断したアネットは丁寧に礼を述べて箱を手にする。
(わあ、これはちょっと重い……)
鮮やかなオレンジサファイアを使ったティアドロップのネックレスだ。
「とても、素敵なデザインですね。ありがとうございます」
伯爵家であれば買えない金額でもないが、学生の身分で買う物ではない。フェルナンが本気で婚約を申し込んでいることが分かってしまい、途方に暮れてしまった。
フェルナンはそんなアネットの様子を見て満足そうな笑みを浮かべていた。
暇を告げたフェルナンを見送るため、カミーユとともにアネットは玄関ホールへと続いた。
「今日は本当にありがとうございました。大変有意義な楽しい時間を過ごさせていただきました。次回はアネット嬢を私が経営しているカフェにお連れしたいのですが、お許しいただけますか?」
完全な不意打ちに固まるアネットをよそに、カミーユは鷹揚に頷き返答する。
「ああ、構わない」
アネットの意思を完全に無視した会話だが、アネットにはフェルナンがわざとカミーユに許可を取ったのだと分かった。直接誘われれば断りようがあったのに、それを見越してこういう手段を講じたことが、行動を簡単に見透かされたようで余計に悔しい。
「ありがとうございます。アネット嬢、楽しみにしている」
こうしてアネットの平穏な休暇をあっさりと壊したフェルナンは、爽やかな笑みを浮かべて去っていったのだった。




