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4 ふわふわのパンは味気ない

ダイニングの扉が開くと、すぐに嫌悪を含んだ視線を投げつけられたがアネットは気にしなかった。大人びた切れ長の目がいつもより大きく開かれていて年相応に幼いクロエの表情が目に入ったからだ。

(クロエお姉様、可愛い!クールな表情もいいけど、ぽかんとした表情も飾り気がなくていいわー!)


「食事中にそのような汚らしい格好の者を連れて来ないでちょうだい」

汚らしいというデルフィーヌの言葉に反論できない。小さな手洗い場とトイレは設置されていたので、固く絞ったタオルで身体は拭いていたが、髪を洗うことはできなかったのだ。今のアネットの髪はツヤツヤを通り越してベタベタの状態である。


「申し訳ございません。ご用意していた部屋の設備が整っていなかったようですので、別の部屋をご準備いたします。身支度を整えさせますので、失礼いたします」

デルフィーヌの返答を待たずに、シリルはすぐさまアネットを促し廊下へと出る。


「さて、これで言質は取りましたから行きますよ」

すたすたと歩くシリルはアネットを振り返ることもない。その言葉に一瞬呆気に取られたアネットだが、慌てて後を追いかけることにした。


(っていうかお姉様とご飯食べさせてくれるって言ったよね?)

初日にご飯を運んでくれた大人しそうなメイド、ジョゼにお風呂で丸洗いされて丁寧に髪を梳られ着替えが終わった頃に、食事が運ばれてきた。

今までよりも品数も内容も充実しているにもかかわらず、クロエと朝食を摂れなかったことが釈然としない。


ふわふわの柔らかいパンに温かいポタージュ、卵料理、ベーコン、サラダ、ジャム入りのヨーグルト。

美味しいのに期待が外れたせいで味気ないと思ってしまう。それでも全て食べ終わる頃には気分もすっかり良くなっていた。

今朝までいた部屋よりも3倍はある広い部屋は日当たりも良く、調度品も整っていて何より絵本や人形など子供部屋に相応しいものもあってほっとする。

することもないので、近くの絵本を読んでいるとノックの音がしてシリルが入ってきた。


「おや、アネット様は本がお好きなのですか?」

「はい、初めて読むお話で面白いです」

「文字も読めるのですか…。てっきり挿絵だけ見ているものかと」

平民の識字率は年々向上しているものの、未だに高くない。貴族は家庭教師から学び、平民は教会で週に3度ほど文字を習う機会が与えられるが、6歳以上からなのだ。本来であればアネットもあと3ヶ月ほどでその仲間入りをするはずだった。


「大家のおばさまから習いました」

元貴族だと噂されている大家のエミリーは初老の女性で、アネット達母娘にとても親切にしてくれた。留守番をするアネットを哀れに思い本の読み聞かせをしてくれたことがきっかけで文字を学ぶ機会を得たのだ。

(基本的な文字とルールが分かればそんなに難しくない、そう思えるのは前世の記憶があるからよね。…あ、これ転生チートというやつからしら?)


「なるほど。素養があるようで安心しました。アネット様にはこれからたくさんのことを学んでいただく必要があります。歴史や文学はもちろんですが、令嬢としてのマナーや教養などは早めに身に付けておいたほうが良いでしょう」

身嗜みを整えてもマナーがなっていないと義母から叱責される光景がはっきりと脳裏に思い描ける。


「マナーを身に付ければクロエお姉様と一緒に食事を摂ることが出来ますか?」

口にしたことをあっさりと反故にされた身としては確約の言葉が欲しい。

「アネット様はクロエ様と仲良くなりたいのですか?」

「はい、だって私のお姉様なのでしょう。とてもお綺麗で可愛らしくも凛々しくてお声も素敵でした。もっとお話ししてみたいです」

ここぞとばかりにアネットは自分の想いを伝えてみたが、シリルは僅かに困惑したような顔を見せる。


「クロエ様はアネット様に好ましくない言動をしていたようですが―」

「そうですよね。お姉様のおっしゃる通り、今の私は妖精のように可憐で美しいお姉様の妹として相応しくありません。ですからたくさん勉強して貴族としての教養を身に付ければ、妹として認めてくださるかもしれないので頑張ります」

シリルは口元を押さえて、何やら咳き込んでいる。

(えー、人の決意表明を笑うなんて最低なんですけど?)


「それでは早速教師の手配をいたしましょう。…もしアネット様の習熟が早ければクロエ様と一緒に勉強することもできるかもしれませんね」

むっとしていたアネットだが、シリルの言葉に学習意欲が一気に高まった。


「よろしくお願いします、シリルさん」

「シリルとお呼びください。使用人は呼び捨てること、これも貴族として振舞うのに必要なことです」

先ほどまで忍び笑いを漏らしていたのに、冷たく窘められた。シリルのスイッチがどこにあるのか分からないが、礼儀作法をきちんと教えてくれるあたりアネットに敵意はないようだ。義母の命令よりも父の命令を優先するのであれば、アネットを貴族令嬢に育てることも彼の業務の一部なのだろう。


(あ、そうだ。いいこと考えた)

クロエに会うために勉強するのも大切だが、まずは自分の生活環境を整えることから始めよう。密かな企みごとをアネットはその日から早速実践することにした。

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