33 敵か味方か
警戒しながら訪れた図書館はいつもと同じように穏やかな雰囲気で、少数の生徒が利用していた。何事もなく本を返却したアネットは少々拍子抜けしたような気分になった。
(リシャール様をここで待っていても良いけれど、保健室に行ったほうが良いかしら?)
保健室までは下手に迂回することをしなければ、途中ですれ違うことはないだろう。先ほどの少女が少し気になっていたアネットは、様子見を兼ねて保健室に向かうことにした。
「こんにちは、アネット嬢」
「……ごきげんよう、シアマ会長」
思いがけない人物と遭遇したアネットは、少しだけ警戒を強めた。学園内にいればすれ違うことがあっても不思議ではないが、このタイミングで胸の内が読めないフェルナンに遭遇したことを偶然と片付けるには躊躇いを覚える。
「フェルナンでいいよ。あまり堅苦しいのは好きじゃないんだ」
優しげな笑みと親しみやすい雰囲気に、主導権を握られた気がしてアネットは意識的に淑女の微笑みを浮かべる。もしもフェルナンが何かしら今回のことに関わっているのなら、隙を見せてはならない。
「フェルナン様は図書館にご用なのですか?」
「そのはずだったけど、君に会えたからもう済んだよ。先ほどナビエ公爵令息から君のことを託されたんだ」
(これは、どちらかしら……)
本当にリシャールから頼まれたのか、それとも油断させるための罠なのか。善意であれば失礼な話だし、警戒されていると分かれば気分が良くないだろう。一方で悪意を秘めているのならばその言葉を鵜呑みにするのは危険な状況だといえる。
「何やらお気遣いいただいたようで、ありがとうございます。もう終わりましたので大丈夫ですわ」
どちらの場合でも差しさわりがない言葉を告げると、フェルナンが感心したような声を漏らした。
「そつのない対応だね。ルヴィエ家の令嬢は社交の場に出ていないと聞いていたけど、アネット嬢は慣れているのかな?」
アネットは少し首を傾げて、肯定とも否定とも取れるように無言で笑みを浮かべるだけに留めた。不用意な発言がどう転ぶか分からない状況で、沈黙は有効な手段だ。
「一応生徒会長を務めているのだから、他の生徒に示しがつかないような真似はしないよ。だが、数回会っただけの相手を信用しろというのも無理な話だし、困ったな」
アネットの葛藤をさらりと言い当てられてばつが悪い気分になったが、幸いフェルナンは気にしていないようだ。
「フェルナン様、本当に大丈夫ですわ。これからリシャール様と合流する予定ですの。フェルナン様にご親切いただいたこと、私からきちんとお伝えいたします。ご多忙な生徒会長の時間をこれ以上奪うのは心苦しいのです」
これまでの会話の応酬でフェルナンに対する警戒は薄れていた。図書館でも何も起きなかったこともあり、少々疑心暗鬼になっていた自分が恥ずかしい。
「分かったよ。何か困った時にはいつでも相談していいから」
年長者らしく頼りがいのある言葉に、アネットは一礼して背中を向けた。
「……思った以上に稀有な令嬢のようだ。興味深いが、公爵家相手だと少々骨が折れるかな」
そう思いながらも自分の口元が緩んでいることに気づいて、フェルナンは苦笑した。
困難であればあるほど、やりがいを感じるものだ。伯爵家の三男であるフェルナンは将来独立して生計を立てなければならないが、既にいくつかの事業を手掛けている。そのため中途半端に他家と関わりを持つとそちらからの干渉が面倒だと婚約者選びを後回しにしていた。
(アネット嬢なら、事業についても面白い見識を持っていそうな気がするな)
「さて、まずは接点を増やすところから始めるとするか」
楽しくなりそうな予感を胸にフェルナンはアプローチについて考えを巡らせるのだった。




