23 要注意人物
「以上、新入生代表アネット・ルヴィエ」
礼儀程度の拍手を浴びながら、本日一番の仕事を終えたアネットは席に戻った。名前を呼ばれ壇上に上がる前まではざわめきの声が上がったものの、それなりに教育を受けた貴族子女たちなのですぐに収まった。
だが内心では納得していないのだろう。今年は優秀と名高い第二王子のセルジュがいたのだ。最優秀成績者が新入生代表挨拶をするのが通例で、誰もがセルジュが行うものだと思いこんでいたので無理もない。
アネットとて目立つつもりはなかったが、クロエの傍にいるための唯一の手段だったのだ。
(さて、プライドの高い貴族のお子様達がどう出るかしらね)
多少の面倒臭さと理不尽さは甘んじようと思いつつ、不快な視線に気づかない振りをするアネットだった。
教室に着くとアネットはまっすぐにクロエの元に向かった。
「お姉様とお席が近くて嬉しいです」
クラスは成績ごとに分かれており、席もまた成績順となっていた。アネットの後ろはセルジュで、クロエの成績は7位でアネットの斜め右、セルジュの隣である。
「アネット嬢、授業中に振り向いたら駄目だよ」
揶揄うように告げるセルジュにアネットは悔しそうに言った。
「殿下こそお隣にお姉様がいらっしゃると集中できないのではありませんか?お困りでしたらいつでも代わって差し上げますわ」
「あははははは」
快活に笑うセルジュに遠巻きにしていた生徒もどことなく緊張が緩んだようだ。学園内では平等が建前ではあるが、王族と同じクラスで過ごすとなると何かと気を遣うのだろう。
何気ない会話を続けるなか、アネットはそれとなくクラスの様子を窺っていた。
だからその女子生徒が近づいてくるのも、声がかかる前に認識していた。
「失礼いたします、クロエ様。わたくしはロザリー・アルカンと申します。以後お見知りおきを」
「ロザリー様、ご挨拶ありがとうございます。クロエ・ルヴィエと申します。こちらは妹のアネットですわ」
「アネットです。よろしくお願いいたします」
にこやかな笑みを浮かべるアネットだが、ロザリーが内心苛立っていることを察している。高位であるセルジュに直接話しかけることが出来ず、クロエに紹介してもらうつもりだったのに、当てが外れたのだろう。
(お姉様はそういう部分に慣れていないのだから、私が守らなくてはね)
王族と近づきたいと思う気持ちも分からないではないが、クロエを利用するような真似はしてほしくない。
「アルカン侯爵令嬢、久しぶりだね。これからは同級生としてよろしく」
「もったいないお言葉ですわ、殿下。わたくしのほうこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
それだけ言うとロザリーはあっさりと離れていった。
短い言葉の中に含まれた意味を正しく読み取った結果なのだろう。元婚約者候補であったロザリーに対して、名を呼ばず友人ではなく敢えて同級生と言及したところで踏み込ませないようにしたのだ。
(ならばロザリー様は要注意といったところね。それにしてもさすが王子様、場数の踏み方と言葉選びが完璧だわ)
アネットと目が合ったセルジュが微かに口角を上げる。心強い味方ではあるが、少々悔しい。
「偽善者」
教師が入ってきて席に戻りかけたアネットの耳に辛うじて届くぐらいの小さな声。視界の端に捉えた黒を追いかけると、それはセルジュの後ろに腰掛けた。
(リシャール・ナビエ公爵令息……何で?)
第一印象も良くはなかったが、侮蔑に近い言葉を投げつけられるほど気に障るようなことをした覚えはない。
セルジュと親しいようだが、要注意人物リストに入れておくべきだろう。
(しばらくは人間観察で忙しくなりそうね)
真面目な表情で教師の話を聞くふりをしながら、これから想定されるいくつかの面倒事への対処方法をアネットは頭の中で組み立てていた。




