22 照れ屋なところも可愛すぎです
ロワール王立学園は特待生などの一部の例外を除き、基本的に貴族が通う学園である。遠方から通う生徒のため、広大な学園の敷地内には貴族子女を預かる寮が完備されている。
アネットやクロエの場合、片道1時間半と通えない距離ではなかったが、アネットは通学にかかる費用と効率を理由に寮に住むことをカミーユに了承させた。出来る限り家から離れているほうが、自由が利きやすいからだ。
「お姉様、それではまた後程」
「ええ、待っているわ」
明日が入学式なので早々に部屋の片付けや明日の準備をしなければならないが、一緒に夕食を摂る約束をしたので、アネットは上機嫌で自分の寮へと向かった。
「まあ、思ったより良い部屋ね」
「アネット様……」
ジョゼが何を言いたいのかが分かったが、アネットはただ笑ってみせた。
「私が最初に侯爵家で与えられた部屋よりも日当たりが良いし、ちゃんと机も簡易キッチンもあるじゃない」
わざわざ寮を分けられたことで何かあるのだろうと思っていた。だから侯爵令嬢が使うには広さも設備も足りない部屋であること、学園から一番遠い位置にある寮だというぐらい大した問題ではない。
「あ、でもジョゼの部屋が手狭なのは申し訳ないわね。良かったらベッドはこっちを使っても―」
「アネット様!もう、分かりました。クロエ様にもミリーさんにも何も言いません」
付き合いが長いと話が早い。クロエに余計な心配を掛けるつもりはないのだ。
「ジョゼの気持ちは嬉しいのよ。いつもありがとう」
「本当にアネット様は……。お荷物を片付けますから、アネット様はご入学の準備をなさってください。明日は大切な日なのですから」
素直にお礼を言うと、ジョゼは赤くなった顔を隠すかのように急いで荷解きを始めた。大人しく小心者だったメイドも強くたくましくなったが、照れ屋なところは変わっていない。アネットにはそれが嬉しくて温かい気持ちになって見つめていたが――。
「アネット様、顔に締まりがなくて気持ち悪いです」
私の専属メイドはちょっと遠慮がなさすぎる、とアネットは思った。
翌日はクロエと待ち合わせて入学式に向かう。
「クロエ、アネット嬢」
背後から掛けられた声は馴染みのあるもので、クロエの表情が一瞬ぱっと明るくなったのが分かった。
「おはようございます、セルジュ様」
「おはようございます、殿下」
クロエに続いてアネットも簡易的な挨拶を交わす。学園内では奨励されないことを互いに分かっているからこそのやり取りだが、見知らぬ男性がセルジュの隣に立っており、どことなく冷ややかな眼差しを向けている。
「ナビエ公爵令息で私の従弟にあたるリシャールだ。リシャール、私の婚約者のクロエとその妹のアネット嬢だ」
「お初にお目にかかります、リシャール様。ルヴィエ侯爵家の長女のクロエでございます」
「次女のアネットでございます」
初対面のため、失礼にならない程度に軽く腰を落として挨拶をするクロエに倣ってアネットも続く。
(お姉様、淑女としてのそつのない振る舞い、流石ですわ!!)
クロエへの惜しみない賞賛を心の中で送りながら顔を上げると、リシャールはどこか警戒しているような、怪しむような視線をアネットに向けている。その真意を読み取ろうとするが、リシャールはさりげなく視線を逸らした。
「リシャールだ。以後よろしく」
それだけ告げるとリシャールは一人で先に行ってしまった。
「ごめんね。ちょっと素っ気ないけど、悪い奴じゃないんだ」
弁解するように告げるセルジュだが、その口調がどこか楽し気だ。
「気にしておりませんわ。わたくし達も参りましょう」
「ああ。その前にアネット嬢、特待生入学おめでとう。本当に君はすごいね、クロエと学園生活を送るためにそこまでやってのけるのは流石というか…」
クロエがどれだけ好きかということをセルジュは知っている。互いにクロエへの好意を競っていた時期もあるが、今は良き理解者であり友人だ。
「卒業後は殿下がお姉様を独り占めされるのですから、今は譲っていただきたいですわ」
「はじめのうちは公務の関係で私ではなく母上がクロエを独占することになるだろう。貴重な学園生活をクロエと過ごしたいのは私も同じなのだから、その願いは叶えてやれないな」
こんな軽口もいつものことだったが、クロエの反応は相変わらずだ。
「このような往来でお止めください。……私、先に参りますわ」
ふいと視線を逸らしたクロエの表情は固く、その美貌と切れ長の涼やかな目元と相まって冷ややかに感じられるが、僅かにのぞく耳元は真っ赤に染まっている。
「ごめんね、クロエ」
「ごめんなさい、お姉様。一緒に参りましょう」
いつまでたっても好意を伝えると照れてしまうクロエを可愛く思うセルジュとアネットだった。




