21 入学許可
「何だ、これは?!私は許可していないぞ」
アネットが差し出した入学許可書を握りつぶさんばかりに不快な表情を浮かべてカミーユが言った。
「年齢を満たしていないから入学ができないと言ったのはお父様ですわ。ですが、これは私が学園から特待生として認められた結果なのです。正当な理由なくお断りをするのは失礼かと」
扇子で口元を覆って笑みを隠すが、雰囲気が伝わっているのだろう。カミーユの眉間の皺が深くなった。それでも手元の書類を見ながら視線を彷徨わせている様を見て、入学を許可する利点と不利益を天秤にかけているのが分かる。
「……今回は特別に許可するが、今後は勝手な真似をするな」
仕方がないとでもいうような言葉だが、許可は取れた。
「ありがとうございます、お父様」
にこやかに淑女の笑みを浮かべてアネットは執務室をあとにした。
「うふふふふふふ」
「アネット様、その緩みっぱなしの表情はどうにかした方がよろしいかと思います」
ジョゼが呆れかえった声で告げるが、アネットは一向に気にならない。
「だって、本当に嬉しいんだもの」
アネットは飽きもせず昨日届いたばかりの入学許可書を見ていたが、時計を確認すると素早く立ち上がる。
「お姉様のところに行ってきます」
「クロエ様はまだお勉強の時間ではありませんか?」
「今日は先生の都合で早く終わるの。だから大丈夫よ」
アネットは専属メイドのミリーと同じぐらいクロエの予定について詳しい。姉を慕う姿は可愛らしいのだが、正直ちょっと引いてしまうぐらいの心酔ぶりだ。
がっかりさせてしまうといけないからとクロエには何も告げず通常通りに振る舞っていたが、自室では早朝から深夜まで黙々と勉強する姿は鬼気迫るものがあった。
昔からクロエが絡んだ時のアネットのやる気は並外れたものがある。
「アネット様…結婚できるのかしら?」
思わず零れたジョゼの呟きはアネットには届かなかった。
「失礼いたします、お姉様」
アネットの姿を見て僅かに口元を緩めたクロエを見て、だらしない笑みが広がりそうになりきゅっと唇を引き締める。
(淑女らしかぬ行動が過ぎれば、お姉様に呆れられてしまうわ)
「どうしたの?何か良いことでもあったのかしら?」
それでも漏れ出す雰囲気は伝わったらしく、精一杯きりっとした表情を取り繕ってアネットがクロエに報告すると、マリンブルーの瞳が大きく見開いた。
「まあ…それは大変名誉なことよ。アネットは本当にすごいわね」
感心したようにため息を漏らすクロエの賞賛に、アネットは飛び跳ねたいのをぐっと堪える。
「ありがとうございます、お姉様」
自分にしっぽがあれば千切れそうなほど激しく振っているに違いない。傍にいたミリーもお祝いの言葉を掛けてくれた。
「本当に嬉しいわ。同年代の子と過ごすことなんてあまりなかったから、少し不安だったの」
恥ずかしそうにクロエが言ったが、それは仕方がないことだとアネットは思っている。
幼い頃に第二王子であるセルジュの婚約者となったクロエを妬む者は多かった。下手に関りを持ってクロエの評判を落とすよりもと極力関わらせないように配慮した結果なのだ。
(お義母様はお義母様なりにお姉様のことを大切に想っているのよね)
多分アネットという存在がいなければ、義母の心はまだ安らかであったに違いない。そのことに多少の罪悪感はあったが、そもそもの元凶は父である。
だからこそアネットはこのまま大人しく父の言うとおりに結婚するつもりもなかった。
衣食住と教育を受けさせてもらった恩はあるが、残りの自分の人生を侯爵家のために使うなどまっぴらごめんである。
クロエと過ごすことは最優先事項だが、学園での3年間を使ってアネットは自立する術を見つけるつもりだった。
「お姉様、次のお休みの日に一緒に街にお出かけしませんか?学園で必要なものを揃えましょう」
アネットの提案に笑顔で頷くクロエを見て、アネットはこれからの学園生活に思いを馳せた。




