20 公文書偽造は犯罪です!
「一体どういうことですか、お父様」
怒りを露わにしたアネットに対してカミーユは僅かに眉をひそめて言った。
「どうもこうもない。お前はクロエの妹なのだから同じ時期に入学できると思う方がおかしい」
本来であればそうなのだろうが、同じ時期に子供を作るような真似をしたのは父なのだ。アネットが咎められる理由はない。クロエと3ヶ月しか年齢が違わないと知った時の衝撃は今でもはっきりと覚えている。
そう告げようとしたアネットを制するかのようにカミーユは続けた。
「お前の出生情報に間違いがあったから、修正しておいた」
カミーユの言葉にシリルが一枚の紙を差し出した。公的な証明書に記されたアネットの誕生日は間違いないが、1年遅れて記載されている。
「公文書偽造なのでは?」
「滅多なことを口にするな。お前は幼かったゆえに自分の年齢を勘違いしていた。それだけだ」
話は終わったとばかりに机の上の書類に視線を走らせるカミーユに、アネットは悔しさを押し殺して執務室から出て行った。
(あのクソ親父―!!よくもやってくれたわね!!!)
部屋に戻って何もない空間をめがけて、拳を何度も繰り出す。前世で習っていたボクササイズの延長なので実戦には何も役に立たないが、ストレス解消としては役に立つ。
(大体誕生日知ってて無視するとか、普通の子供なら傷つくわ!!)
クロエの誕生日はお茶会を開催し毎年盛大に祝っていたが、アネットの誕生日には何もなかった。誕生日が発覚してからはクロエやジョゼ、そしてミリーがささやかなお茶会を開いてくれたので、そのことで不満に思うことはなかったが。
空想上の父親を殴りつけていたところ、ノックの音が聞こえてアネットは額に浮かんだ汗を拭って、淑女らしい穏やかな声で答えた。
「お姉様!!」
今年15歳になったクロエは日に日に美しくなっていくようだ。ミルクチョコレートのような腰高まである艶やかな髪、幼さを残しつつも大人びた表情と凛々しい目元、たおやかな仕草はいつ見てもうっとりしてしまう。
「学園のこと、聞いたの。アネットが落ち込んでいないかしらと思って」
心配してきてくれたのだと分かってアネットの機嫌はたちまち急上昇する。
「お姉様、お気遣いありがとうございます!お姉様と一緒に学園に通うことを楽しみにしていたのですが、公的な記録がそうなっている以上仕方ありませんね」
本当は心底悔しいし悲しくもあるのだが、そのまま表現してしまえばクロエが悲しむ。極めて冷静に、だが残念な思いをにじませながらアネットは返答した。
「…アネットは偉い子ね。私もアネットがいれば心強いと安心していたけれど、もっとしっかりしなくちゃ駄目ね」
儚い微笑みを浮かべたクロエを見たアネットのスイッチが入った。
「……お姉様は私と一緒に学園に通うことは嫌ではないですか?」
「もちろん嫌じゃないわ。貴女は私の可愛い大切な妹だもの」
にこりと微笑むクロエの表情は心からのもので、アネットは入学条件に抜け道がないか調べることにした。
「これなら問題ないわ!」
「ですがかなりの難関でしょう。そもそも旦那様の許可が下りないのではないですか?」
達成感から目を輝かせるアネットに対してジョゼは冷静な口調で指摘する。
10年近く傍に仕えているジョゼはアネットの奇抜な行動―主にクロエ関連で発揮する行動力―に驚かなくなっていた。
「優秀であることは侯爵家の評判に繋がるもの。単純に却下されないと思うわ」
アネットが見つけた抜け道は特待生枠だ。優秀な人材に教育を施し、国のためにその能力を発揮してもらうことを目的とした特別枠は貴族平民関係なく受験資格がある。そして年齢制限の上限は20歳までだが、下限はない。
「お姉様は卒業と同時に王宮で暮らすようになるのよ。一緒に過ごせる期間が限られているのに、諦めてなるものですか!」
高らかに宣言するアネットをジョゼは宥めることなく、諦めたような眼差しを送るのだった。




