19 王子と公爵令息
「あれ、来てたの?」
セルジュが侯爵邸から戻ってくると従弟である公爵令息のリシャールがやって来た。
「ああ、遊びに来たのにお前がいないから待っていたんだ」
王族の遊び相手はどうしても限られている。幸いセルジュには政略や家柄に気を遣わなくて良い同い年のリシャールがいた。顔を合わせているうちに自然と仲良くなり、頻繁にお互いの家を行き来している間柄のため、公的な時を除いて口調も堅苦しいものではない。
「何か楽しそうだな。婚約者に会いに行ったんだろう?」
訝しむリシャールにセルジュは苦笑いを浮かべた。これまでのお茶会は儀礼的な会話ばかりでどちらかといえば退屈だったのだ。集められた候補者の中からクロエを婚約者に選んだのはセルジュだったが、隙のない様子にどう仲を深めていったらよいかと悩んでいたことをリシャールは知っている。
「うん、面白いことがあったんだ。クロエの妹に会ってね」
それを聞いたリシャールの眼差しが批判的なものに変わる。婚約者ではなく別の少女に惹かれたのかと問い詰められているようで、慌ててセルジュは言葉を継いだ。
「そういう意味じゃないよ。クロエのことが大好きすぎる子でちょっと嫉妬してしまうぐらいだったよ。でもそのおかげで普段と違うクロエが見れた」
「何だ、惚気か」
厳しい視線が弱まって、呆れたような声でリシャールが言った。
「そうなるのかな?でも僕ももっと素直に気持ちを伝えればよかったんだと反省したよ」
「それは仕方ないだろう。俺たちはどうしてもそういう教育を受けるのだから」
王族や高位貴族の家に生まれたのだから、弱点になってはならない。弱みを見せないために本音を口にすることよりも、心を隠すことを優先とするのは貴族としての嗜みでもある。
「同い年なんだろう?俺たちと同じかもな…」
平民に産ませた子供を引き取るのは珍しい話ではない。だがその子供の生まれた時期によっては余計な勘繰りをせざるを得ない。
リシャールはセルジュのスペアとしてこの世に生まれたのだ。6年振りに王妃が妊娠したが、一度目は難産だった。無事生まれるか分からないと不安に思った王と王妃のために気を回したのがリシャールの両親だった。万が一子供が無事でなかった場合に備えて献上できるように。
それがリシャールの生まれた理由だ。
何気ない呟きだったが、困ったような笑みを浮かべるセルジュを見てリシャールはすぐに謝罪した。
「悪い、失言だった」
「気にしてないよ。それよりあの子はリシャールと気が合いそうだった」
セルジュの言葉にリシャールは顔を顰める。
「俺は婚約者など要らない。そもそもルヴィエ侯爵は婿を取るために引き取ったんだろう。条件に合わない」
「一度会ってみたら?今度クロエと一緒に王宮に呼ぶからさ」
珍しく食い下がる様子のセルジュを不思議に思ったものの、リシャールにそんな気はなかった
「会わない。お前の婚約者とのお茶会に俺が行けば、邪推を抱く連中がいるだろう」
まだ6歳だから気が変わるかもしれないとセルジュの婚約者の座を狙う者たちは決して少なくない。我儘を言わず分け隔てない優しさを見せるセルジュだが、心から望んだものや事柄に対しては絶対に諦めない一途さと頑固さを併せ持つ。
初の顔合わせで婚約者を決めてしまったのは、セルジュがクロエを気に入った証拠に他ならない。
それから別の話で盛り上がる中で、すぐにクロエの妹について忘れてしまった。
リシャールがそのことを激しく後悔するのは10年後のことである。




