15 謹慎中の訪問者
『一週間の自室謹慎』
それがカミーユの下したアネットへの処分だった。
その晩シリルから伝えられたアネットは、食欲もなくそのまま眠りについたが、目が覚めると酷い頭痛と身体の節々の痛みに襲われていた。ジョゼが来るまで一人ベッドの中で震えるしかなく、その後は医者が呼ばれて疲労による風邪だと診断された。
(熱いし寒いし気持ち悪い)
薬や滋養のある食べ物を与えられ、温かいベッドに寝かされているのに何かが足りない。
前回風邪を引いた時は母が看病してくれた。寒い時期で隙間風が入り込む部屋だったのに、毛布の上から抱きしめてくれた温もりが心地よく、何の心配もいらないのだと心から安心することができたのだ。
そんな記憶が蘇って余計にたまらない気持ちになった。
ジョゼが傍で控えているが、あくまでも使用人として適切な距離を保っている。母を失ってから初めて抱く心細さにアネットは自分の身体をぎゅっと丸めることしかできなかった。
浅い眠りと覚醒を繰り返すアネットの耳に扉が開く音が聞こえた。先ほど出て行く音が聞こえたからジョゼが戻ってきたのだろうと思っていたが、そばで人の気配を感じて重い瞼を開く。
「……おねえさま?」
涼やかなマリンブルーの瞳がアネットを静かに見下ろしていた。クロエがアネットの部屋に来たことなど一度もない。
(夢なのかな。まあ、どっちでもいいや)
熱のせいで頭がまともに働かない。
「かぜ、うつるから、だめ、です」
口を開くのも億劫だったが、もしも本当にこの場にクロエがいるなら絶対に言わなければいけないことだ。
冷たいものが指先に触れて、顔を向けると細くて白い指がアネットの手に重ねられている。その感覚に現実だと理解しながらも信じられない光景に呆然としていると、か細い声が聞こえた。
「……怪我をさせてごめんなさい」
クロエの謝罪にアネットは目を見開いた。いつもは凛としたクロエがアネットから目を逸らしながらも泣きそうな表情を浮かべていたからだ。
「おねえさまの、せいじゃないです。おけががなくて、よかった」
無理やり笑みを浮かべたが、上手くいったか分からない。ますます表情をゆがめたクロエが吐き出すように言った。
「貴女が嫌な子だったら、優秀でなければ私は苦しまなくて済むのに……」
その言葉でアネットは自分の失敗にようやく気づいた。アネットが頑張れば頑張るほど、クロエを追い詰めていたことに。
侯爵令嬢として王子の婚約者としてずっと努力を重ねてきたのに、後からやってきた妹にあっさりと追い越される。それはクロエの自尊心を踏みにじる行為だったのだろう。
普通に考えればクロエは優秀なのだが、アネットは過去の記憶を持っているのでズルをしているようなものだ。勉強の仕方も知っているし、大人と同じ考え方ができる。計算方法や文法なども元の世界と類似したものもあり、そこまで難しいと感じていなかった。
「おねえさま……きらわないで」
ごめんなさいとは言えなかった。それはクロエの自尊心をさらに傷つけるからだ。
「どうしてそうなの?私は貴女に好かれるようなことをしていないわ」
「だっておねえさまだもの。きれいで、やさしくて、どりょくかで、じまんのおねえさま」
ゴホゴホと咳き込んでしまい、もっと伝えたいのに言葉にならない。ぎこちない手が背中を撫でてくれると、苦しさが和らぎ心が温まっていく。
「長居して悪かったわ。貴女のことは……嫌いになりたくないから、もう構わないで」
すぅっと冷たい風が心に吹き込むような感覚に、アネットは思わずベッドから跳ね起きた。
眩暈がしてふらつくアネットにクロエの制止する声が聞こえたが、構わず抱きついてクロエを引き留める。
「おねえさま、いかないで。なかよくなりたい。さびしいの」
熱とショックで自分でも何を言っているのか分からず、泣きながらクロエに縋りつく。この手を離せばクロエとの距離が永遠に離れてしまう、そんな気がした。
遠くからジョゼが自分の名を呼ぶ声が聞こえたかと思うと、アネットはクロエから引き離されてベッドに押し込まれた。抵抗することも出来ず涙で視界がぼやけていたため、アネットはクロエがどんな表情を浮かべているのか分からなかった。




