11 本番に強いが、好機に弱い
(これは面接試験のようなものよ)
ジョゼに身支度を整えられたアネットは、鏡の中の自分を見て笑顔を作る。子供のような無邪気な笑みではなく、目元を和らげ口角を上げる淑女の微笑みだ。
「アネット様、そろそろお時間です」
この数日、アネットの様子に戸惑いながらも見守ってくれていたジョゼの言葉に頷いて、アネットは敵地へと向かった。
「お父様、おはようございます」
お時期の角度や指先に至るまで神経を張り巡らせて、優雅なカーテシーを披露すると一瞬の間があった。
「……掛けなさい」
どうやら第一関門は突破したらしい。
カミーユの言葉に安堵しながらも、緊張を緩めないよう気を引き締める。本番はこれからなのだ。
カミーユから向かって右側を一つ空けた席に腰を下ろす。時間をおかずデルフィーヌがクロエとともにダイニングに現れると、嫌悪感を露わにして眉を顰める。
「お義母様、お姉様、おはようございます」
座ったままアネットは柔らかい笑みを浮かべて挨拶をした。デルフィーヌが不機嫌になっていくのがはっきりと分かるが、アネットは侯爵家の娘として正しい行動を取ったに過ぎない。
(立ち上がって挨拶するなど格下の相手がすること。年長者に対する敬意は必要だけど、家族の間でそのような挨拶は不要だもの)
アネットのことを平民の娘としか見ないデルフィーヌには許容できないだろう。だが当主であるカミーユが咎めないのに、デルフィーヌは声高にアネットを非難できない。
ざまぁ成功だと内心ほくそえんでいたが、クロエが隣に座ると嬉しさと緊張でそれどころではなくなった。
対面であればさり気なく視線を向けることが出来たが、隣だと不自然になってしまうし無作法だと思われるだろう。
(せっかくお姉様と一緒にいるのに!!)
朝食が運ばれてきて、アネットは自分を落ち着かせるためこっそりと深呼吸をする。これもクロエを守るためなのだと自分に言い聞かせて。
まずアネットが目標としたのは、クロエとの接触頻度を増やすことである。会えなければクロエの様子を知ることもできないし、守ることなど到底無理だ。
行動範囲を広げ交流の機会を増やすためには、父や周囲の大人たちにアネットの価値を認めさせなければならない。アネットの価値、それは立派な淑女となることである。
ルヴィエ侯爵家に優秀な婿を迎えいれるには侯爵の身分だけでなく、婚姻を結ぶアネット自身の価値も重要となる。付加価値にも不満材料にもなり得るのだから、父がアネットに価値を見出せば多少の我儘が許される可能性は高い。
気合を入れて目の前の朝食に取り掛かることにした。
自分の一挙一動に視線が注がれているのが分かる。父は確認のため、義母は難癖をつけるためだろう。普通なら緊張を強いられるところだろうが、ジョアンヌ先生の指導はかなり徹底していたので、その程度では揺らぐことはない。
食べにくいサラダや転がりやすい小さな丸い豆も背筋を伸ばしたまま、危うげなく口に運ぶ。楽しい食事ではなかったが、食べ終えた時には無事やり遂げたという達成感に満足した気持ちになった。
「これからはダイニングで食事を摂るように」
カミーユはそれだけ言うとさっさと席を立った。とりあえず食事の時間はクロエとともにいることが出来る。気になるのは食事中ずっと無言だったことだが、今日だけだと思いたい。
貴族であっても食事中は交流の場として集うはずなのだが、黙々と食べることだけに集中するのなら一緒に食事を摂る必要はないのだ。
忌々しそうな表情を隠さず、デルフィーヌが席を立つとクロエもそれに倣う。せっかくなので話をしたいが、クロエは望んでいない気がする。
だから一言だけ声を掛けようと思った。体調はどうなのか、辛いことはないのかなど聞きたいことはたくさんあるが、同情されるのは侮辱と取られるかもしれないし、質問しても答えてもらえる時間も見込みもない。
焦った結果、素直な気持ちを伝えようと思ったのだが。
「お姉様、大好きです」
突然の告白めいた言葉にクロエが困惑したように首を傾げたが、すぐに思い直したかのように表情を消して何事もなかったかのようにダイニングから出て行った。
(ううっ、やらかしたあああああ!恥ずかしすぎる!!)
何の前振りもなく好きだと言われてクロエはさぞ困ったことだろう。自分は味方だとさりげなく伝えたかったのに、事前準備がないまま口にしてしまったのだ。大丈夫だと思っていたのに、少なからず緊張が解けて気の緩んでいたせいだろう。
クッションを抱えて自室で悶えるアネットであった。




